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48 幼年期の終わり

『セリアス――貴方、私の“お友達”になりなさい』


 これは、まだ姫たちの国が隣国に侵略されるずっと前の話。

 姫とセリアスが出会って間もない頃の話である。


『ええっ!? 私如きが姫様の“お友達”などと、そんな畏れおおい……!』


 姫と同世代の少女でありながら、剣の腕を買われ姫の近衛に抜擢されたセリアス。

 姫はそんな彼女に興味を持ち、人生初となる友人を作るべく、そんな提案を持ちかけたのであった。


『私がいいと言っているからいいのです! あとその堅苦しい言葉使いもなんとかしなさい。“お友達”同士はもっと気安い態度で話し合うものだとお母様から聞いています』


『そんな……姫様に対しそのような態度を取るわけには……』


『だから私が許可すると言っているでしょう!』


『は、はぁ、では失礼して……』


 セリアスはコホンと咳払いをして姫を見据える。

 そして――


『姫様、ちょり~ッス!』


 彼女が思い付く最大限の気安い挨拶を繰り出した。


『……は?』


『いや、姫様とマブダチとかマジ上がるっつか、マジ光栄の極みっすわ! つかやっべぇ、マジやばたにえん!!』


 セリアス渾身の気安い挨拶が炸裂。

 効果は抜群だ! 姫は真顔になった!


『……こ、こんな感じで良かったでしょうか、姫様?』


『セリアス、貴方その言葉使いはどこで……?』


『え、いや私の後輩がいつもこんな感じで、その真似をしてみたのですが……』


『そう、後輩の真似を……ところで、その後輩とやらの名前を教えてもらえるかしら?』


『え、え? な、何故ですか……? というか、なんか怒ってます?』


『フ、フフ……怒ってなんかないわよ? ただ、その後輩には私の“お友達”にキテレツな言葉使いを教え込んだ報いを受けてもらわないとね……!』


『いや、怒り心頭じゃないですか!? というか、教え込まれてませんから! 私が勝手に彼女の真似をしただけですからっ!!』


『ええいっ、離しなさいセリアス! 私はその女の天誅を下しにいくのですっ!!』


『ちょまっ!? 姫様待って! 確かにあの娘は言動こそ軽いですが、寂しい中年男性の悩みを率先して解決してまわるような優しい娘なんですっ!!』


『貴方ねぇ! それはフォローになってないというか、余計に放置できなくなったんですけどぉ!?』


『えぇっ、何故ですか!?』


 ――これは姫の、騒々しくも幸福であった在りし日の記憶。


 この頃の姫は、少々独占欲が強い面が見られるものの喜怒哀楽の激しい、とりわけよく笑う少女であった。

 この時の彼女は、笑い方すら忘れてしまうような辛いな未来が待ち受けていようとは、夢にも思っていなかったのだ。




 ※ ※ ※




「……は?」


 目の前で繰り広げられる光景に姫は唖然とする。

 それは完全に想像の埒外、まさしく理解不能な光景であった。


 なにせ突如戦場に現れた十二人の老人たちが、一万からなる大軍勢に向けて石を投げつけているのだ。

 それはまさに、空を駆る戦闘機を竹槍で撃墜せしめんとするがごとき無意味な所業。


 だが、それでも老人たちは懸命に石を投げ続けていた。


 姫の瞳から涙が流れる。

 それは先ほどの比ではない。

 次から次へと、止めどなく溢れ出すかのような滂沱ぼうだの涙であった。


 端から見れば無意味極まる彼らの行動、しかし姫はそれを『無駄なことを』と否定しなかった。

 何故ならば、意味や理屈を乗り越えて、ただ“友を救う”その一点のみにおいて行われるその行動は――

 そう、それこそがまさに、姫が行いたくとも行えなかった行動に他ならなかったからだ。


 あの老人たちと自分、いったい何が違うのかと姫は自分の心に問いかける。

 いや、問いかけるまでもなく、彼女はその答えを知っていた。


 老人たちと姫、両者の違いはただ一点のみ。

 それは必要な時に行動できたかどうか、それだけの違いでしかない。


 思えば今回のことのみならず、姫には今までに何度も行動を起こす機会はあった。

 それこそセリアスが別れを告げに来た時などがまさにそれだ。

 そうでなくとも、その後すぐに行動していればこんなことにはならなかったのかもしれない。


()()立ち上がらなくては――っ!!)


 姫は涙を拭って意を決する。

 理性と理屈が揃って邪魔をしようとするが、姫はそれを『だからどうした』と跳ね除けた。


(姫としての“責務”の果たし方は何一つ分からない私だけど、それでも取るべき“責任”くらいは分かる……!)


 目を閉じる。

 深呼吸を数回行ったのち刮目。


(助けに行かないと! セリアスを……“お友達”を戦場に追いやってしまったのは私なのだから……!)


 顔を上げる。

 かくして、俯いて泣くばかりであった少女は、ようやく自分の足で歩み出すことを決意した。


 タゴサクが友の声を受けて立ち上がったように、姫もまた友のために立ち上がることを決めたのだ。


 ベッドから降りる。

 途端激しい立ちくらみが姫を襲ったが、それでも彼女はフラフラとした足取りで前へと進んだ。


 部屋のドアを開け放つ。

 するとそこには――


「どこへ行こうというのだ、姫よ?」


 まるで待ち構えていたように……えぇと、ウェ、ウェザー? ウォイザー? タンホイザー?


 あ、そうそう――ウィザーが佇んでいたのであった。

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