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47 くらやみの速さはどれくらい

 セリアスたちの身に奇跡が宿ったあの瞬間から、時は少しさかのぼる。


 とある暗闇に包まれた一室。

 そこに虚ろな目で、ある一点をじっと見続けている少女がいた。

 誰あろう姫である。


 姫の視線の先、そこにはある映像が投影されていた。

 それは空中に遠方の様子を映し出すことが出来るもので、ウィザーやドリィたちがダンジョン内部の様子を窺うために利用していたものと同じものである。


 そしてそこには、セリアスたちが奮闘している様子が映し出されているのであった。

 これはセリアスの様子が気になるだろうからと、ドリィが特別に用意したものだ。


 いったいなんの目論みがあってこんなことをするのかと姫は訝しんだが、さりとてセリアスの様子が分かるとあれば無視することも出来ない。

 ゆえに姫は生気を失った虚ろな目で、じっとその映像を眺めていた。


「いくら抵抗をしたところで無駄だというのに……」


 ぼそりと姫は呟く。

 映像には戦が始まったばかりの頃の、セリアスたちがまだ快進撃を保っていられた頃の光景が映し出されていた。


 セリアスと名も知らぬ老人 (タゴサクのこと)が如何に強かろうが所詮は人間、限界がある。

 それこそ二人が一騎当千のつわものであったとしても、一万からなる大軍勢を相手にするにはまだ不足。

 その程度の強さでは文字通り一人で千人の兵を仕留めたとしても、相手の兵力を二割しか減らせていないのだから。


 ゆえに無駄。

 そんな必死に抵抗したところで勝ち目などなく、全ては無駄に終わるのだ。


「無駄なのに……無駄、無駄無駄無駄無駄……」


 まるで自分に言い聞かせるようにして、姫は同じ言葉を何度も呟く。

 しかして姫の呪いが通じたのか、セリアスたちは徐々に当初の勢いを失っていった。


「フ……フフ……」


 その様子を、セリアスたちが窮地に陥っていく様を見て、姫はほの暗い笑みを浮かべる。

 “笑う”など、いったいいつぶりのことだろうか――なんてことを姫は思った。


「だから無駄だと言ったのに……!」


 姫の言葉通り、ついにセリアスたちは包囲網を形成されてしまい、決して脱出することの叶わぬ檻の中へと閉じ込められてしまう。

 その後のセリアスたちは当初の勢いはどこへやら、前後左右から絶え間なく襲いくる兵士たちに対し防戦一方の展開が続くこととなった。


「フフフ……アハハハハハハハハハッ!!」


 そんなセリアスたちの姿を見て、姫は込み上げてくる感情を抑えることが出来なかった。


「――ほら見なさい! 私の許しなく私のもとを離れたりするからそんな目に遭うのです、セリアス――ッ!!」


 姫は叫ぶ。

 その言葉が画面の向こうにいるセリアスに届くことはないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。


「ハ……ハハ…………ハ?」


 ふと姫は、自分の頬に何か暖かいものが流れていることに気付く。

 それが自分の涙だと気付くのに暫しの時間を要した。


 そう、姫は泣いていた。

 彼女は理解していたのだ。

 いくらセリアスの行動を無謀だ愚かだとののしろうとも、結局のところそれは羨望の裏返しに過ぎないということを。


 どれほど無謀であったとしても、彼女は一人の騎士として守るべき民のために戦っている。

 その是非はともかくとして、少なくともその行動は罵倒されるようなものではなく、そしてそれは姫には決して取ることの出来ない行動であった。


 戦う力の有り無しが問題ではない。

 彼女の場合は、どうしても理性が邪魔をしてしまい、命を投げ捨てるような真似が出来ないのだ。


 姫がセリアスに対し心無い言葉を投げかけるのは、我が身の危険をかえりみることなく行動できる彼女に“嫉妬”してのことであった。

 セリアスがその身を犠牲にすればするほどに、ただ見ているだけの“怠惰”な自分の惨めさが強調されていくようで堪らなかったのだ。


 しかし、だからと言って友が傷つく姿を見て平静を保とうとしてしまっている自分を正当化出来るはずもない。

 その涙は、友の窮地を喜んでしまうような、どうしようもなく醜い自分に心の底から嫌気がさしたがゆえのものであった。


「……う……ああ…………っ!!」


 姫は声を押し殺してむせび泣く。


 罪悪感、焦燥感、無力感。

 様々な感情が姫の体内を駆け巡るが、その中でもひときわ大きかったのが悔恨の情であった。


 あの日、セリアスが“リルガミンの迷宮”を立ち去った日のこと。


 本当はあの時、姫はセリアスを引き留めたかった。

 自分のもとから去っていこうとするセリアスに『バカなことはやめなさい』と引き留めたかったのだ。

 しかし、それは出来なかった。


 セリアスは頭こそ良くないものの、その純心さ(あるいは単純さ)ゆえに事の本質を見極めることに長けていた。

 その事を知っていた姫は、自身の本性を彼女に知られてからというもの、セリアスに顔を見せることに恐怖心を覚えるようになってしまっていたのだ。


 セリアスと顔を合わせると、それだけで自分の中にあるドロドロとした醜い部分をセリアスに看過されてしまうような気がしたのである。


 ゆえにあの日、姫はセリアスに顔を向けることが出来なかった。

 声をかけることすら出来なかったのだ。


「私があの時、ほんの少しでも勇気を出していれば……!」


 そう思ったところで時既に遅し。

 もはや全ては後の祭りなのだ。


 しかし、それでもまだセリアスは生きている。

 今ならまだ間に合う、まだ助けることが出来るのだ。


 本心では今すぐにでもセリアスのもとへと駆けつけたいところであったが、やはりここでも姫の理性が邪魔をした。


 無力な自分があの場所に立ったとして、いったい何が出来るというのか?

 セリアスを助けるどころか、無用な死体を一つ増やすだけではないか。

 そもそも今から向かったとして、到底間に合うわけがない――


 ――そんな理屈ばった考えばかりが浮かび上がり、姫の足を止める。

 それらが正論であることに間違いはないだろう。


 しかし、それらが自身の“怠惰”を正当化するための言い訳に過ぎないことを、他ならぬ姫自身がはっきりと理解していた。


 そんな時である。

 姫が視線を映像に戻すと、そこには信じられない光景が映し出されていた。


 それはとても理屈では考えられない、いっそ異常とも言うべき光景であった。

 その光景とは――


『タゴサクどん、今助けてやっからなぁ!!』


 突如戦場に現れた十二人の老人たちが、一万からなる大軍勢に向けて石を投げつける――

 そんな無理・無茶・無謀の三重奏。

 愚者の祭典、まさにここに開催せんと言わんばかりの光景であった。

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