46 奇跡
「オオオオオオォォォーーーっ!!」
タゴサクは吠える。
其は己が意思の表明にして、仲間を、友を必ず守りぬくと張り上げられる決意の咆吼。
そう、タゴサクは戦場の中心で愛を叫んだのだ。
「立ったぁ! タゴサクどんが立ったべーっ!!」
タゴサクの咆吼を受けて、十二人の老人たちは歓喜の声をあげる。
その様はまるでアルプスに在住している少女のようであった。
「タゴサク殿……!」
セリアスもこんな状況だというのに顔を綻ばせる。
彼女は理解していた。
現実というものは弱者に対して、どこまでも残酷に出来ているということを。
確かにタゴサクは立ち上がった。
――が、それだけだ。
彼女らを取り巻く状況は、依然として窮地のままであることに変わりはない。
しかしセリアスは、その事を充分に理解したうえで、それでも顔を綻ばせたのだ。
「クハハハハハハ! くたばりぞこないめが、よくも立ち上がったものだ!」
ミルディンは笑う。
彼も同様に、タゴサクが立ち上がったところで、状況は何も変わりはしないということを充分に理解していた。
「いいぞ、実に感動的な光景ではないか!」
そのうえでミルディンは笑う。
全ては無駄な努力であると嘲笑い、そして――
「――だが死ね」
死の宣告を、セリアスとタゴサクに突きつけた。
現実は残酷だ。
いかなる決意を持ったとしても、相応の力がなければあっさりと打ち砕かれてしまう。
では、このままセリアスとタゴサクは、何も出来ずにその命を散らしてしまうのか?
クチカ村の老人たちが、友のために危険極まりない戦場へと駆けつけたことは無駄なのか?
タゴサクが友の声を受けて立ち上がったことは無駄であったのだろうか?
――否。
その答えは断じて否である。
何故なら、既にお膳立ては整っている。
この世界に神――もしくはそれに近しい力を持った存在がいるとして。
そんな存在が、健気にも運命に抗う二人に、気まぐれで力を貸してやることがあるとすれば、それはどんな時か。
「な、なんだべ――っ!?」
それはきっと、こんな時なのだろう。
タゴサクの体が淡い光に包まれる。
それと同時に、彼の体に刻まれていたおびただしいまでの傷がみるみる内に塞がれていった。
“そいつ”は言う。
彼らの勇気ある行動が無駄であったなどと、そんなことがあっていいはずがない、と。
“そいつ”は言う。
つーか、この展開で何もしないとか、マジありえないっしょ、と。
ゆえに“そいつ”は奇跡を起こす。
現実がどうとか、運命、常識、ご都合主義――そんなことは知ったことかと再び奇跡を起こすのだ。
そして、その奇跡はセリアスにも等しく与えられた。
「わ、私もかっ!?」
セリアスの体も同様に淡い光に包まれる。
失われていた体力が一瞬にして回復し、体の奥底から新たな力がわき上がっていくのをセリアスは感じた。
突然の出来事に戸惑うセリアスであったが、不思議と不快感は感じない。
その力は暖かく、不快感どころか、むしろ懐かしさすら覚えるほどであった。
そう、懐かしい。
彼女はこの力を、いつかどこかで感じたことがあった。
(いったいどこで……)
暫しの間思考を巡らせ、そして彼女は思い出す。
(そうか、そういうことだったのか……!)
その瞬間、セリアスは全てを理解した。
与えられた力の意味。
そして、自分が如何なる奇跡によって守られているのかということを。
「ならば簡単に死んでやるわけにはいかないな……!」
「ああ、必ず生きてみんなのとこさ帰んべっ!!」
セリアスとタゴサクは頷きあう。
そこには死を覚悟した戦士の姿は既になく、ただ生きるために懸命に足掻こうとする戦士の姿だけがあった。
とはいえ、敵は未だ九千人以上の兵力を残している。
せっかくのところに水を差すようで大変申し訳ないのだが、この程度の奇跡ではまだ足りない、足りないのだ。
セリアスたちが真に逆転するには、ある一人の少女の“目覚め”を待つ必要があった。
しかし、その少女は未だ暗闇の中で、自身の殻に閉じこもったままである。
その少女とはセリアスの主にして、この国の姫。
かつては権謀術数を弄して、ウィザーをも影から操らんと画策した未だ名を語られぬ少女。
そう、姫のことであった。




