36 ミルディン
キンッという静かな、それでいて鋭い音が戦場に響く。
その場にいる誰もが、その音を奏でた張本人であるセリアスでさえ、耳にした類いのないような音であった。
「……あ?」
ミルディンは自分の身に何が起こったのかが分からず、呆けた声を出す。
それと時を同じくして、今度はザクッという音が戦場に響いた。
ミルディンは音がした方向に目を向ける。
すると、地面に剣が突き刺さっているのが確認できた。
それはさながら、エ○スカリバーや、マ○ターソードの如し刺さり具合であった。
ただし、その剣には柄の部分が存在せず、剣身のみである。
また、その剣身も随分と短く、まるでなんらかの力によって真っ二つに叩き折られたかのような――
と、そこまで考えて、ミルディンはようやく自身の身に何が起こったのかを認識する。
あの地面に突き刺さった剣は、今まで自分が振り回していたものの成れの果てであること。
今、自分が持っているのは刀身を半分以下にされてしまった無様な剣であること。
そして、それら全ては目の前の女、セリアスによって成されたのだということを、ミルディンはようやく認識したのである。
「……私の勝利、ということでよろしいか?」
セリアスは、ムラサメブレードの切っ先をミルディンに向けて勝敗の確認を行う。
その光景を見て周囲の敵兵たちの間に動揺が走るが、ミルディンを助けるべく動き出そうとする者は誰一人としていなかった。
いくら第一王子が危機にさらされているとはいえ、これが決闘である以上、彼らが下手に手を出すことは出来なかったからだ。
「うおー! 嬢ちゃん凄ぇべーっ!!」
そんな中にあって、タゴサクのみがセリアスの勝利を無邪気に喜んでいた。
そして、当のミルディンはというと――
「バカな……ありえない……まさかそんな……最強の戦士たるこの俺が……こんな女なんかに……っ」
突きつけられた切っ先と現実を受け入れられずに、まるで呪詛を唱えるかの如くぶつぶつと独り言を呟いている有り様であった。
なお、今しがたミルディンが呟いた、自身が最強の戦士であるという言。
これは決して彼の妄言などでは断じてなく、紛れもない真実であることをここに明記しておく。
ただ、それは真実の一側面でしかないのだが。
何故なら彼の国には、彼より強い戦士など、ごまんといる。
しかしながらミルディンは、どんなに強い相手であろうとも、それこそ自分よりはるかに格上の戦士を相手どろうとも、ただの一度も敗北をきっしたことはなかった。
それは何故か?
答えは単純、今までミルディンと相対してきた者たちの全員が、彼の立場と気性を考慮したうえで、充分な配慮を行ってきたからである。
つまりは、ミルディンが誰かと対峙する際はいつも、良く言えば接待が、悪く言えば八百長が行われていたのだ。
なにせ、ミルディンに勝利したところで得るものは何もなく、逆にろくなことにならないであろうことは容易に想像できてしまう。
最悪、命だって失いかねないとなれば、八百長だろうがなんだろうが、ミルディンに気持ち良く勝利してもらって、平穏無事に事を済ませようと皆が画策するのも無理からぬことであろう。
ただ、それがミルディンが増長する原因の一端となったことは疑いようもないことであった。
かくして、虚飾にまみれた最強(笑)の戦士ミルディンが誕生したわけであるが、ここにきて問題が発生する。
どこぞの女騎士が、空気を読まずにミルディンを打ち負かしてしまったのだ。
まったく、困ったセリアスである。
敗残兵――しかも女に敗北をきっした。
これはミルディンにとって到底許容できることではない。
まさに屈辱の極みミルディンであった。
よって彼は――
「……バカなっ、バッバッバッ、バカなっ、バカなっ、バカなっ……!!」
現実を受け入れることが出来ずに、ひたすら『バカな』のリズムを陰気に刻むのであった。




