35 真実
「く――っ!?」
不意討ち気味に放たれた一撃を、セリアスはすんでのところで避けることに成功する。
まさか避けられるとは思っていなかったのか、ミルディンは『ほう』と息を漏らした。
「い、いきなり何を――っ!?」
セリアスは抗議の声をあげるが、ミルディンに悪びれた様子はいっさい見られない。
それどころか――
「フン、貴様が見当違いも甚だしい戯れ言をペラペラと喋っているからだ」
あくまで責任はセリアスにあるとでも言わんばかりの言動を放つ有り様であった。
「それにしても、言うに事欠いて『ここに貴国を脅かす脅威はない』だと? 笑わせてくれる。まさか我らが本気で“魔王”などという世迷い言を信じていると思ったのか?」
「……え?」
「ハッ、どうやらそのまさかのようだな。ここまで愚かだといっそ哀れにすら思えてくる。何が脅威だ、亡国の姫も、魔王を騙る男のことも、我らは欠片も脅威だなどと思っておらんわ」
ミルディンの言葉にセリアスは混乱する。
彼らは魔王の存在を信じていないと言う。
ならば目の前の大軍勢は、いったいなんのために派兵されたというのか。
「しかし、だからと言って貴様たちを見逃してやる道理はない。特に魔王を騙る男は必ず殺す――いや、この場合は討伐と言った方がしっくり来るか。そのために、わざわざこの俺が出向いてやったのだからな」
魔王の存在を信じていないのに、魔王の討伐が目的だとミルディンは言う。
その明らかに矛盾している言動に、セリアスの頭はさらに混迷の度を深めた。
「い、意味が分からない! 魔王を脅威として感じず、そもそも“彼”を魔王とすら思っていないのなら、何故討伐する必要が――っ」
そこまで言ってセリアスは、ある一つの可能性に思い至る。
それはセリアスにとっては真にくだらないことであったが、しかし――
「フン、その顔は気付いたか? そうだ、その“彼”とやらが本物の魔王であるかどうかなどは重要ではない。重要なのは、この俺が大軍を率いて魔王と名乗った男を討伐する――ただその一点のみなのだ!」
「魔王討伐の名誉――ただそれを得たいがためだけに“彼”を殺すと……?」
「何を言う。魔王討伐など武人として最高の誉れではないか。なに、吟遊詩人どもに亡国の姫の怨讐が魔王を現世に呼び寄せた、などと吟わせれば民どもは容易に騙せよう。そして俺の名は、歴史に、後世に永遠に刻まれることになるのだ!」
ミルディンは再び大声を張り上げて笑い出す。
事ここに至りセリアスは理解した。
この世には、どうあっても理解しあえない人間が、確かにいるということを。
セリアスは基本的に、人間の善性を信じている人間である。
それこそ魔族であるウィザーたちとだって分かりあえたのだ。
ならば同じ人間同士、理と誠と、そして情熱をもって話し合えば、きっと最後には分かりあえる、理解しあえる。
そう、信じていた。
しかし、この男だけは別だ。
話せば分かる。
そんな理屈はこの男には通用しない。
何故ならこの男、ミルディンは、自身の欲望を満たすことにしか興味がない。
そして彼は、自分以外の全てを塵芥程度にしか思っていないのだから。
セリアスの心にふつふつと怒りが込み上げてくる。
まだ時期尚早とは思いながら、しかしもはや我慢の限界であった。
「――では、そろそろ決着をつけるとするか!」
再びミルディンの凶刃がセリアスに向かって振るわれる。
――が、セリアスはこれをなんなく避けた。
振るう、避ける。
振るう、避ける。
振るう、避ける。
幾度となく繰り出されるミルディンの斬撃。
しかし、それいずれもがセリアスに届くことはない。
セリアスの様子は、先ほどのミルディンの斬撃を必死に防いだいた頃とはうってかわり、今はその全てを剣で防ぐことなく紙一重で避けていた。
「――おのれ、ちょこまかとっ!!」
「最初から思っていたのですが、貴方の攻撃は大振りすぎる。威力を追及するのも結構ですが、そんなことでは一生をかけても私に当てることは出来ませんよ」
「なぁ――っ!?」
怒りのあまりミルディンの顔が赤黒く染まっていく。
対してセリアスは、ずっと言いたかったことをようやく言えたので少し溜飲が下がった。
しかし、まだまだこの程度で済ますつもりは毛頭ない。
「くだらぬ茶番に付き合わせて悪かったな、ムラサメブレード」
セリアスは己の相棒に声をかける。
すると、刀身からリンと音が鳴った。
それはまるで、ムラサメブレードが『気にするな』と言っているように感じられて、セリアスは静かに笑う。
「き、貴様ぁぁぁ――っ!!」
セリアスの笑みを自分への嘲笑と受け取ったのか、ミルディンは怒りに任せて剣を振るう。
大上段からの振り下ろし。
それは先ほどまでのもの以上に大振りな一撃であった。
(学習能力がないのか、この男は……)
そう呆れながらもセリアスは剣を構える。
そして、紫電一閃とも言うべき一太刀を、ミルディンに向かって放つのであった。




