29 第一王子
ザッザッと規則的な音を奏でながら、大勢の兵士たちがとある平原を行軍していく。
その数は千をゆうに超え、万に届こうかというほどの数にのぼるが、誰一人として無駄口を叩く者はいない。
そんな中、隊列の中央辺りでしきりに何かを叫ぶ者がいた。
「ミルディン様っ、危のぅございますから兜をお被りになってください!」
そう叫んでいるのは老兵である。
馬に乗り、他の兵士たちとは違う意匠の凝った鎧を着こんでいることから、かなりの地位にいる人物であることが推定される。
にも関わらずその老兵は、自分よりも一回り、いや二回り以上も歳が離れていそうな若者に『どうか』と懇願していた。
確かにミルディンと呼ばれた若者は、老兵と同じく馬に乗っており、老兵の鎧以上に意匠が凝らされた鎧を着込んでいることから、それなりの地位にはいるのだろう。
しかしそれでも、まだ成人しているかも怪しい若者に、老兵が頭を下げるなど通常であれば考えられない光景であった。
当のミルディンは、鬱陶しそうに老兵を見やったあと。
「断る」
――と、老兵の懇願を、にべもなく一蹴した。
「兜は好かん。暑いし重いし、何より蒸れる」
なんとも身勝手な理由である。
通常であれば行軍中に、そんな我が儘が許されるはずもない……のだが、この若者に限っては全てが例外的に許される。
何故ならこの若者こそが、姫やセリアスたちの祖国を滅亡に追いやった隣国――その第一王子であるからだ。
「その程度のことは我慢してくだされ! この付近に敗残兵が潜伏しているとの報告も入ってきております。御身に何かあってからでは遅いのですぞ!」
懇願を一蹴されたにも関わらず、なおも老兵は食い下がる。
しかし――
「……くどい。それ以上言うようであれば、いかな貴様とてその素っ首を叩き斬るぞ」
ミルディンは馬を止めると剣を抜き、老兵の首筋に刃を添える。
老兵の首筋からタラリと血が流れ、一筋の赤い跡を作り出した。
ともすれば、次の瞬間にも首と胴体とが泣き別れてしまう危機的状況だが、老兵は自分の意見を曲げる気はないようで、ミルディンの目を真っ直ぐ見据えた。
周囲にピリピリとした空気が流れる。
その剣呑な雰囲気を感じ取った兵士たちは、何事かと行軍の足を止めた。
暫しの間、老兵とミルディンの息の詰まるようなにらみ合いが続いたが――
「……分かりました、今回は諦めましょう」
先に折れたのは老兵の方であった。
ミルディンの教育係でもあった老兵は、この男が自分から折れるような男ではないことを知っていたからだ。
「ですが! 戦が始まれば必ず被っていただきますぞ」
そう言うと老兵は、周囲の兵士たちを一喝して行軍を再開させる。
「フン、戦か。この大軍勢を前に、“戦”と呼べるほどの戦いになれば良いがな」
つまらなさそうにミルディンは呟いた。
これから向かう小さな村――つまりはクチカ村にはろくな戦力もないとの報告を受けている。
そんな村に、過剰という言葉すら生温いほどの戦力を投入しようというのだ。
対抗どころか抵抗すら叶わずに制圧されるは必定であった。
では何故そんな無駄なことをするのか?
その答えは――
(魔王ウィザーとやら……貴様は失望させてくれるなよ)
ミルディンはまだ見ぬ相手に想いを馳せる。
そう、クチカ村の制圧はあくまでついでに過ぎない。
この大軍勢の真の目的地、それは――“魔王ウィザー”が住まうというダンジョンであった。




