27 決意
「――くそっ! 何故なんだ!!」
“リルガミンの迷宮”を飛び出した女騎士。
彼女は、クチカ村の住人たちに危機が迫っていることを伝えるのだが、その結果は芳しいものではなかった。
『いきなりそっだらこと言われてもなー』
『んだんだ、それに逃げるつーても、どこさ行くべか。オラたちの居場所はこの村しかねーべよ』
『んだなー、この村が無くなるつーなら、そん時はオラたちも一緒だべなー』
――といったように、女騎士の言葉に従い、避難しようとする者は皆無だった。
これは女騎士の言葉が妄言だと取られていたわけではない。
彼らは諦めていたのだ。
ある村人は言った。
『どーせこんな年寄りだらけの村に未来なんてねーんだ。んなら滅ぶのが早いか遅いかの違いでしかねー』
その言葉が、女騎士の脳裏にこびりついて離れない。
そう、彼らは“未来”を諦めていたのだ。
それは生きることを諦めているに等しい。
だから彼らは、クチカ村から動こうとはしない。
愛着のある自身の村を捨ててまで、生き延びる理由がないのだから。
村が滅びるその時は自身も共に――
そんな、覚悟にも似た諦観の念を、この村の住人たちは抱いていたのだ。
「私はいったいどうすれば……!」
村のはずれで女騎士は天を仰ぎ見る。
彼女が洩らした嘆きの声は誰にも届かず、ただ月夜に溶けていくばかり――かに思われた。
「――人間とは難儀なものだな」
突如暗闇から姿を現し、女騎士に声をかけた者がいる。
「……ウィザー殿か」
女騎士は、突然現れたウィザーにさして驚いた様子もなく、覇気のない声で問いかけた。
「どうした? 何も成し遂げられない私を笑いにきたのか……?」
「ふん、そうだとでも言えば気が済むのか? まあいい、用が済んだのなら帰るぞ。お前がいなくなったせいで、俺が姫に食事を届けるハメになっているのだ」
『まったく、何故俺が』と、ぶつくさ文句を言いながらウィザーは転移魔法を使用しようとする。
「――待て! 待ってくれ!!」
しかし、女騎士がそれに“待った”をかけた。
「なんだ? まだ何かこの村に用があるのか?」
用があるどころではない。
彼女はまだ目的を何も果たしていない。
この村で何も成し遂げていないのだ。
「そ、それは……」
女騎士は口ごもる。
果たしたい目的はあるのだが、その方法が彼女には分からなかったからだ。
村人たちの避難場所については、ウィザーに頭を下げればなんとかなるかもしれない。
しかし、それだけではダメなのだ。
村人たちは自身の村から動こうとしないのだから。
ならば残された道は、押し寄せてくる大軍勢を撃退するしかないのだが……。
一万もの軍勢を、たった一人で撃退するなど愚かにもほどがある話だ。
(いや、ウィザー殿ならもしや……)
女騎士は、ふとそんなことを思う。
侵入者たちとの戦いでウィザーが見せた、あの強大な力。
しかも、アレでまだ小手調べの状態でしかなかったという。
ウィザーならば一万もの軍勢にも引けをとらないのではないか――と、そこまで考えたところで女騎士は自嘲する。
何をするにもウィザー、ウィザーと。
結局自身一人の力では何も成せないことに気付いたからだ。
思えばそれは今回だけに限った話ではない。
姫と共にクチカ村に落ちのびたあの日だってそうだ。
重症を負っていた女騎士を助けるために、姫は慣れない馬に乗って単身ウィザーのもとへと向かった。
本来姫を護るべき立場にある女騎士が、姫を危険な目に遭わせてしまっていたのだ。
護るべき対象を危険な目に遭わせ、あろうことか命までをも救われる。
これではどちらが護衛なのだか分かったものではない。
「は、はは……」
女騎士は笑った。
乾いた声を出して笑った。
『責務を果たしていない』――それはウィザーが姫に向けて放った言葉だ。
しかし、本当に責務を果たしていなかったのは姫ではない。
自分だ。
あの言葉を本当に向けられるべきだったのは、自分であったことに女騎士は気付いたのだ。
「いきなり笑いだしてどうした?」
突然笑いだした女騎士を、ウィザーが怪訝な表情で見やる。
「……いや、なんでもない。気にしないでくれ」
女騎士はそう言うが、ウィザーは彼女の瞳から迷いが消え、代わりに確固たる意思が宿っていることを感じ取っていた。
「ふむ? まあいい、帰るぞ」
そうしてウィザーと女騎士は、“リルガミンの迷宮”へと帰還する。
ウィザーは、女騎士への小さな疑念を。
そして女騎士は、大きな決意を胸に秘めての帰還であった。




