26 想定外
「ドリィ! その数に間違いはないのか!?」
「はい! 計算し直してみましたが間違いありません!」
「なんということだ……!」
総数一万もの大軍勢が押し寄せてくる。
その報を聞いてウィザーたちは大わらわだった。
ウィザーたちが慌てるのも無理はない。
なにせ、先日の侵入者たちは十人であったが、今度はその千倍となる一万人もの侵入者が現れたのだ。
次は五十人か百人か、などと言っていたところにこの数である。
さすがにこれは完全に想定外の出来事であった。
「だ、大丈夫なのか!? 一万人もの人数がダンジョンに押し寄せたらすし詰め状態にならないか!? 一人がこけたら皆こける、そんな危険な状態にならないか!? “おかド”の周知徹底は充分か!?」
“おかド”とは、緊急時における三つの心構えの頭文字を繋げた造語だ。
なお、その三つの心構えとは、押さない、駆けない、ドラゲナイのことである。
「大丈夫です、ウィザー様。問題はありません」
「おお! それでは――」
「はい、整理券を配って入場制限を設けましょう」
「お、おう……」
さすがのイナバ製ダンジョンでも、一万人の収容は無理らしかった。
「――ん? ちょっと待ってください、これは……」
「ど、どうした? 今度はなんだ?」
「ウィザー様、奴らが向かっているのは、この“リルガミンの迷宮”ではありません――クチカ村です!」
「クチカ村だとっ!?」
その驚愕の声をあげたのはウィザーではなく、女騎士だった。
今まで事の推移を見守っていた彼女が、沈黙を破りウィザーたちの会話に乱入してきたのだ。
「何故だ!? 何故奴らはここではなくクチカ村に向かっているのだ!?」
「そんなことは知らん。が、おおかた我がダンジョンを攻略するための前線基地にでもするつもりなのだろう」
「もしくは、奴らの大将がどんな辺境であっても支配しておかないと気が済まないタイプの人間か、ですね」
「おお、その気持ちはよく分かるぞ」
ウィザーは、“ナガノブの野望”で過半数の城を支配したら惣無事令をさっさと発令してクリアしてしまえばいいのに、全国制覇するまで延々とプレイし続けてしまうタイプであった。
「何を呑気なことを! ウィザー殿、早くクチカ村の皆を助けに行かなければっ!!」
女騎士は一刻でも惜しいといった面持ちで行動に移そうとするが――
「は? 何故俺が奴らを助けに行かなければならないのだ?」
対してウィザーは『何をバカなこと』といった表情を浮かべて、一歩も動こうとはしなかった。
「何故って――あの村の者たちは仲間ではなかったのか!? いや、仲間ではなくとも交流があったのではないのか!?」
女騎士は声を荒げながらウィザーに詰め寄る。
しかし、それでもウィザーはあくまで冷静に言葉を紡ぐ。
「仲間だなんだと、人の理屈を俺たちに押し付けるな。奴らを助けに行きたいのであれば一人で勝手に行くがいい」
「な――っ!?」
「良い機会だからはっきりと言っておく。俺はお前たちに無償で奉仕する便利な存在ではない。助けてほしくば相応の対価を示せ」
ウィザーの言葉に、女騎士は二の句を継げることが出来なかった。
その言葉が、あまりにも正論であったからだ。
「――くっ! もういいっ!!」
反論の出来なくなった女騎士は、その場から逃れるようにして作戦会議室を出て行く。
彼女の“試練”は、今この時より始まったのであった。




