25 始まり
女騎士はこれからのことを考える。
生来頭を使うことを大の苦手とする彼女だ。
しかし、それでも姫のために、今自分が出来ることはいったい何かと必死に考えた。
やはりまずは、ここ“リルガミンの迷宮”を脱出するべきかどうかについてだ。
正直、ここからの脱出自体はそう難しくないだろう。
というか、出ていきたい旨をウィザーたちに伝えれば、二つ返事で了承される可能性は高いと女騎士は予想する。
『ウィザー殿、そろそろ姫を連れて出ていきたいのだが』
『ああ、いいぞ。達者でなー』
『これを餞別として差し上げますから、持っていきなさい』
――とまあ、そんな風に見送りと餞別付きで送り出されるであろう様子が、ありありと想像出来た。
何故なら姫は、もはや彼らにとってさほど利用価値のない存在になってしまっているからだ。
先の侵入者たちは、このダンジョンに姫が存在したことを本隊に伝えただろう。
魔王ウィザーという脅威と共に。
となれば、もはやこのダンジョンに姫が存在しなければならない理由はない。
亡国の姫と魔王。
どちらがより脅威なのかは火を見るよりも明らかで、隣国は姫の存在いかんに関わらず攻めこんでくるであろうからだ。
よってダンジョンを脱出すること自体は難しくない。
問題はそれからだ。
女騎士はその後の生活に思いを馳せる。
姫と二人でどこか遠くへ、誰も二人のことを知らない場所へと逃げるのだ。
幸い腕には自信がある。
傭兵稼業などで稼ぐのもいいだろう。
酒場の用心棒などでもそれなりに稼げそうだ。
この際、仕事はなんでもいい。
忌まわしき過去など捨てて、慎ましくも穏やかな生活を姫と二人で送ることが出来るのなら――
――と、そこまで考えて女騎士は『夢物語だな』と自嘲した。
追っ手の追及を逃れながらの逃亡生活が、そんなに甘いものではないことを彼女は知っているのだ。
当然彼女が望む穏やかな生活はおろか、まともな生活など望むべくもない。
それにである。
そもそもの話として、仮に女騎士が“リルガミンの迷宮”を脱出すると決めたとしても、それに姫が追従するかどうかは別問題なのだ。
今の姫を見ている限りでは、ここから脱出する旨を伝えても承諾どころか返事をされるのかすら怪しい。
となれば必然的にここに留まるしか選択肢がないのだが、それはそれで一抹の不安が残る。
先に述べたように、ウィザーたちにとって既に姫の利用価値は殆どないと言っていい。
さらに姫がウィザーたちを利用しようと企んでいたことが露呈した、さきの一件のこともある。
これではいつ追い出されるか分かったものではないのだが……。
しかし、あれから十日以上が経った今でも、彼女たちは追い出されることなく今まで通りの待遇を受けていた。
魔王ウィザー。
彼の意図が読めず、女騎士は不気味に思う。
(今のところ敵ではないようだが……)
少なくとも今のところは、危害を加えるようなそぶりはまったく見せていない。
姫に暴言を吐いたこと自体は許せるものではないが、それでも女騎士がウィザーを憎みきれないのは――
「ドリィ、俺も新しいトラップを考えたぞ! 落とし穴に落ちると触手の群れが――」
「却下です」
「何故だぁー!?」
彼らの悪意なき無邪気さゆえか、それとも――
「――っ!? レーダーに感あり!」
突如ドリィが声を荒げる。
それにより女騎士の思考はそこで中断された。
「おお、ついに来たか! それで数はどのくらいだ!?」
「ま、待ってください! 百――千――万! 一万です! 敵は総数一万もの大軍です!!」
「い、一万だとぉ!?」
戦いが始まる。
この戦いにより、ウィザーたちの運命が大きく変わることになるのだが、神ならぬ身であるところの彼らはまだそのことを知る由もないのであった。




