24 静寂と喧騒
「……姫様、お食事をお持ちしました」
女騎士は遠慮がちに姫の部屋の扉をノックして来訪目的を告げる。
しかし、姫からの返事はない。
今日こそはと期待して暫く待ってはみたが、やはり結果はいつもと同じだ。
今日も姫からの返事が返ってくることはなかった。
「……入ります」
女騎士は『やはりダメか』と、ため息をついて姫の部屋へと入室する。
最初こそ、食事を届けるためとはいえ、姫の許可なく無断で入室するわけには――と女騎士は抵抗を示していた。
しかし、現在は慣れたものだ。
姫の部屋に無断で入ることに、なんの抵抗も感じなくなってしまっている。
つまり、それほどまでに何度も同じことを繰り返していたのだ。
当然ながら“姫の部屋”といっても、王都にある彼女本来の部屋のことではない。
この部屋は、ウィザーが姫に失礼のないようにと特別にあてがった貴賓用の一室だ。
広く、そしてこれでもかとばかりに様々な調度品が散りばめられた豪勢な部屋だった。
一見そこに姫の姿はないように思える。
しかし、女騎士はすぐに姫の姿を捉えた。
何故なら、あの日からそこが姫の定位置で、彼女はそこから動かないからだ。
今日も変わらず、姫は部屋の端に設置されているベッドで横になっていた。
「姫様……お食事、ここに置いておきますね……」
女騎士は手に持っていたトレイを小さなテーブルの上に置く。
カチャリという音が静寂に包まれた部屋の中に響いた。
やはり姫からの返事はない。
眠っているのだろうか、姫は女騎士に背を向けたままだ。
いや、仮に姫が起きていたとしても結果は同じだろう。
あの日を境に、姫は女騎士と顔を合わせることをしなくなったのだから。
これほど近くにいるのに女騎士は、もう何日も姫の顔を見ていない。
声すら聞いていない。
今そこにいるのは、本当に姫なのだろうかと思わず錯覚してしまうほどだ。
「では私はこれで……」
いたたまれなくなった女騎士は早々に部屋を出る。
あの日、ウィザーに指摘されたことが余程堪えたのか、あれから姫はずっとこのような状態だ。
まるで生きる気力を失ってしまったかのように塞ぎこんでしまっていた。
“姫の責務”とはなんと重いものなのだろう、と女騎士は思う。
王族たる者、自身の感情より“国”を優先して然るべき、というウィザーの言葉は分かる。
しかし、姫はまだ若い。
まだ成人もしていない少女なのだ。
そんな彼女が親を殺され、国を奪われた末に復讐へと走ってしまったとて、いったい誰が責められようか。
現に女騎士は姫の本性を知ったあとも、彼女を軽蔑することはなかった。
驚きはしたものの、それだけである。
ましてや、責めるなどもってのほかだ。
しかし、姫はそうは思わなかった。
姫を誰より責め、誰よりも許さなかったのは他ならぬ彼女自身だったのだ。
ゆえに彼女は心を閉ざした。
現実から、罪の意識から逃れるために。
そして、これ以上醜悪な自身の姿を見ないですむように。
「くそ――っ!」
女騎士は、苦しんでいる姫に対して何も出来ない自分に腹をたて、叫ぶ。
そんな彼女の声に答えるものは誰もおらず、ダンジョン内に空しく響くばかりであった。
一方、その頃のウィザーたちの様子といえば――。
「ウィザー様、新しいトラップを作成してみました」
「うむ、採用! どんなトラップか知らないが、ともかく採用!」
あれから新たに侵入者が現れることはなかったが、ウィザーたちはまったく気落ちしていない。
何故なら知っているからだ。
先の侵入者たちを逃したことで、次は彼らの本隊が押し寄せて来るであろうことを。
ゆえに今はただ、準備をして待っていればいいだけであることを。
「次は何人来るかなー? 五十人くらいか? いや、百人くらいだったりしてな!」
「いえ、ウィザー様。夢は大きく、千人でいきましょう」
「せ、千人っ!? お前、そんなにやってきたらダンジョンに入りきらないのではないか?」
「問題ありません。我らの“リルガミンの迷宮”は、あの有名メーカーであるイナバ製です。つまり――やっぱりイナバ! 千人入っても大丈夫!」
「おぉ、頼もしいぞドリィ! そして、素晴らしきかなイナバ!」
とまあ、だいたい毎日こんな感じの浮かれた様子であった。




