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21 満足しよう

「まさか、そんなバカなことが……! ありえない……! 俺に限って……!」


 ウィザーは身悶える。

 羞恥のあまり身悶える。


 呆気にとられる隊長であったが、すぐにハッと気付く。

 今が千載一遇の好機であることに。


 この機を逃すまいと隊長が叫んだ。


「――今だ! フォーメーション・オメガッ!!」


 この辺りはさすが精鋭部隊である。

 部下たちは今まで動揺していたにも関わらず、隊長の号令一つですぐさま隊列を立て直した。


 “フォーメーション・オメガ”――

 それは、彼らがどうしようもない強敵と出会った時にのみ使用する“切り札”である。


「この瞬間を待っていたんだ!」


 部下の一人が、ウィザーに向かって“何か”を投げつける。

 その“何か”は空中でその身を弾けさせると、玉座の間を猛烈な光で包み込んだ。

 その正体は閃光弾だった。


 そして、もう一人の部下が今度は地面に向かって、別の“何か”を叩きつける。

 すると侵入者たちの姿が、もの凄い勢いで“何か”から噴出される煙に包まれていく。

 その正体は煙幕弾だ。


「――よし!」


 “フォーメーション・オメガ”。

 彼らの“切り札”である、その恐るべき戦術の正体とは――


「撤退だぁぁぁーーーっ!!」


 つまるところ、敵前から遁走するための戦術であった。




「――ふむ、逃げられたか。ま、存外に楽しき余興であったわ」


 まずは満足といった表情で、ウィザーは玉座にドサリと腰掛ける。


「……追撃はしないのですか?」


 ウィザーとは対照的に、姫はまったく満足がいっていないといった不満気な表情を見せていた。


「フン、俺の仕事はこの玉座の間の防衛――ただそれだけだ。それに心配せずとも“後始末”はドリィがやってくれている」


 そう言ってウィザーは不敵に笑う。

 しかし姫は、もはやウィザーたちになんの期待もしていなかった。




 ※ ※ ※




 からくもダンジョンから脱出した侵入者たちであったが、現在彼らは恐怖の真っ只中にいた。


 彼らはダンジョンから脱出すると、すぐさま入口付近で待機していた仲間たちに撤退を宣言。

 最低限の荷物のみを持って“リルガミンの迷宮”をあとにした。


 一刻も早くダンジョンから離れたいがために、馬にかなりの無茶をさせてまで撤退を急いだのだ。


 それなのに。

 それなのにである。


「――このカードを受け取りなさい。今回貴方たちが初めての侵入者ということで特別に2DPを付与してあげていますからね」


 それは真っ黒なローブをまとった少女だった。

 その少女が意味不明な言葉を並べながら、正体不明の物体を押しつけてきていたのだ。


「10DPまで貯めるとタゴサクさんちの新鮮野菜と交換できますから、これからも張り切ってダンジョンに来るのですよ?」


 その少女は、一見するとただの少女にしか見えない。

 しかし、全速力で駆ける馬と併走できる――というか空を飛んでいる――ただの少女が、この世のどこにいるというのだろうか。


「よ、寄るな! 化け物っ!!」


 隊長はその少女を化け物と呼んだ。

 その見解は正しい。


 何故なら、その少女こそがウィザーの腹心にして、リルガミンの迷宮の運営を一手に引き受ける才女。

 “エビルウィザード”のドリィ、その人だったからだ。


「近寄るなと言っているだろう!」


 思わず隊長は剣を引き抜き、ドリィに向かって振るう。

 しかし、その凶刃がドリィに届くことはなかった。


 刃がドリィに届くかに思われた瞬間、ドリィの姿が掻き消えてしまったのだ。


「おや、貴方火傷を負っていますね」


「な――っ!?」


 つい先ほどまでは隊長の左手側に居たはずのドリィは、いつの間にか隊長の右手側に移動していた。


「火傷にはこのエロアの実がよく効きます。磨り潰して患部に塗りなさい」


 そして、今度は隊長もよく知る植物を押し付けてきた。


「お、お前はいったい――!?」


 隊長はドリィに問い掛ける。

 その少女は、自分を殺そうとしていた相手を恐れることもなく、怒りを向けることもなかった。


 ただ純粋に、相手の身を案じていたのだ。


 無償の愛――いや、母性とでも言うべきか。

 不覚にも隊長は、目の前の小柄な少女に母性を感じてしまっていた。


 しかし、隊長の言葉が少女に届くことはなかった。

 またしても隊長の前から、ドリィの姿が掻き消えてしまっていたからだ。


「――貴方にもカードを差し上げますから、しっかりと貯めるのですよ」


 ドリィは後方を走る部下たちにも一度リルガミンの迷宮に挑戦するたびに1DPが貯まるという、通称“DPカード”を配っていた。


「しっかりと怪我を治して、また挑戦しに来るのですよー!」


 こうしてリルガミンの迷宮初となるダンジョン攻防戦は、侵入者たちの壊走をもって幕が下ろされたのであった。

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