17 入念な準備をしよう
それは侵入者たちが玉座の間に到達する少し前のこと。
「どうだ、ドリィ。格好におかしなところはないか?」
「大丈夫ですよ、ウィザー様はいつも見目麗しく、おかしなところなど微塵もない完璧なお姿でいらっしゃいます」
「う、うむ……」
褒められるのはありがたいのだが……なんか重いし怖い。
そう思わずにはいられないウィザーだった。
現在ウィザーたちは、侵入者たちがもうすぐダンジョンの最奥。
つまりはウィザーが鎮座する玉座の間まで到達しそうだということで、一世一代の晴れ舞台に備えるために、入念な準備を行っていた。
「カァッカッカ! うーん……? ふぅわっはっは! むぅ、どの笑い方がより威厳が溢れているように感じられるのだろうか……」
なにせ侵入者と直接対峙するなど、ウィザーにとっても初めての経験なのだ。
どれだけ準備しようともし足りないくらいなのである。
「いつもの『ふはははは!』で良いと私は思うがな」
そう答えたのは女騎士だ。
彼女は“ムラサメブレード、ポイ捨て事件”からこっち、なんだかんだでウィザーたちと仲良くなっていた。
「サキュバス騎士の意見は求めていませんので、向こうに行ってください」
「だ、誰がサキュバス騎士だ!? この貧乳黒ローブがっ」
「なっ!? 戦争でしょうが! それを言ったら戦争でしょうがぁ!!」
……仲良くなっていた?
まあ、いわゆる“喧嘩するほど”というやつであろう。
多分、きっと……。
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるドリィと女騎士をよそに、少し離れた場所で物思いに耽っている者がいる。
姫だ。
「ぼーっと突っ立ってないで、お前も向こうの会話に参加してきたらどうだ?」
ウィザーが姫に話しかける。
しかし、姫は黙りこんだまま、ウィザーに一瞥すらくれない。
無視されたウィザーは、少しショックを受けた。
いじめ、かっこ悪い。
その時、姫は悩んでいた。
目の前の男――自身を魔王と称するこのウィザーという男はいったい何者で、この地で何をしようとしているのだろうか、と。
摩訶不思議な空間であるダンジョンを所持していることや、強力な魔物たちを従えていることから、巨大な力を持っていることは間違いない。
しかし、その目的が分からないのだ。
冒険者などをダンジョンに誘い込みたいとは聞いた。
それを聞いて姫は、侵入者をダンジョン内に設置した様々な罠にかけて惨殺するのが目的だと思っていたのだ。
悪魔らしい、なんと陰湿で残虐な手口だろうかと、当初の姫の心は震えたものだ。
しかし、実際に用意されていた罠は生温いものばかりだった。
回転床?
床を回転させて方向感覚を狂わせたからなんだと言うのだ。
ダークゾーン?
暗闇にしたところで、そこを襲わないと意味がないだろう。
いや、この程度ならまだいい方だ。
中にはふざけているとしか思えない、説明するのも馬鹿馬鹿しい罠も数多くあった。
対して魔物たちは強力なものたちが揃っているようで、侵入者たちを負傷させたのは殆どが彼らの功績だ。
それでも負傷止まりで、侵入者たちに死傷者はいまだ一人も出ていない。
侵入者たちが手練れ揃いというのもある。
しかし、やはり一番の原因はウィザー側にあるように思えた。
なにせ魔物たちは死傷者が出ないようにと、わざと手を抜いているふしが見受けられたからだ。
(何故……何故殺さないのです、ウィザー……お前がそんな体たらくでは私は……)
姫がそう思い悩んでいる時だった。
「ウィザー様、そろそろ出番です!」
侵入者たちがすぐ近くまで来ていることをドリィが告げる。
「ふはははは! 待ちわびたぞ、この時を!」
ウィザーはこの後、玉座の間という場所で侵入者たちを迎え撃つらしい。
“見極める”ならここしかない――そう思った姫は叫んだ。
「お待ちください、ウィザー様! 私も共に連れていってください!」