16 姿を現そう
侵入者たちは、ある扉の前で立ち止まっていた。
「ついに、ここまでやってきたか……」
隊長である男が、ポツリと呟く。
幾多の試練を乗り越えた末、ようやく彼らはダンジョンの最奥まで辿り着いていた。
この扉を開けた先に姫が居るのかは分からない。
しかし、少なくともこのダンジョンの主は居る――男はそう確信していた。
何故なら、扉に取り付けられているプレートに“ラスボス部屋”と書かれているからだ。
そう書かれているからには“ラスボス”、つまりダンジョンの主がこの先に居るに違いない。
歴戦の猛者である男の勘がそう告げていた。
ここに来るまでに様々な試練があった。
回転する床や、たいまつの光すら闇で塗りつぶしてしまうダークゾーン。
そして、ゆくてを阻む強力無比な魔物たち。
幸いなことに死傷者こそ出ていないものの、多くの者が負傷により離脱。
部隊は今や当初の半分以下である四人にまで、その人数を減らしていた。
(俺がもっと上手く部下を導いてやっていれば……)
男は悔恨の念に囚われる。
今ここで悔やんでもどうしようもないことだと頭では理解していたが、悔やまずにはいられなかった。
特に自身の副官である女兵士だ。
彼女には、詫びの言葉すら見つからない、そんな凄惨な目に遭わせてしまっていた。
メルの襲撃により、一度は離脱した女兵士だが、彼女は気丈にも予備の鎧を身に纏い、彼らとの再合流を果たしていたのだ。
しかし、そんな彼女を再度メルが襲撃する。
しかも今度はメルだけではなく、触手の魔物である“ローパー”も一緒に、だ。
スライムと触手。
この黄金コンビの襲撃により、女兵士はとてもここでは表現できないような目に遭った。
あえて言うなれば、にゅるんにゅるんのぐっちょんぐっちょんだ。
例のごとく、その様子をモニターで観戦していたウィザーは、メルたちの活躍ぶりに大興奮。
……ウィザーの名誉のために再度記そう。
あくまで、メルたちの活躍ぶりに興奮していたのだ。
しかし、他の女性陣は(ドリィでさえも)、そんなウィザーを冷ややかな目で見つめていた。
何故今回に限って、ドリィはウィザーと一緒になって騒がなかったのか?
それは、ドリィがローパーのことを、『触手が生理的に受け付けない』と嫌っていたからだ。
まったくもって酷い話である。
触手差別も甚だしく、断固抗議したいところだが、おそらく『セクハラ』の一言で一蹴されるだろう。
寒い時代だと思わんかね。
ともあれ話を女兵士に戻そう。
彼女はメルたちから解放されたあと、泣いた。
貞操こそ無事ではあったが、一度ならず二度までも男たちの前で痴態を晒すことになってしまったのだ。
貞操観念の強い彼女には、それは耐え難いものであり、『もうお嫁に行けない』――そう言ってしんしんと泣いた。
その姿は、勝ち気で気丈で男勝り。
そんな普段の彼女からは想像もできないような姿だった。
男は彼女に何も声をかけてやることが出来なかったが、代わりにある決心をする。
(このダンジョンから帰ったら、彼女に結婚を申し込もう)
奇しくもそれは“リルガミンの迷宮”が紡いだ、男女の縁だった。
しかし――
(俺、帰ったら副隊長と結婚するんだ……)
(副隊長は俺が幸せにしてみせる……!)
部隊の男たち全員が似たような決心をしていたので、競争率は高そうだった。
「――準備はいいな、行くぞっ!」
新たな決意を胸に秘め、男たちは目の前の扉を開け放つ。
扉を開けたその先は大広間――いや、玉座の間だった。
「ふははははっ! よくぞここまで来たな、人間ども!」
男たちが玉座の間に侵入した途端、そんな声が部屋中に響く。
声の主はもちろんウィザーだ。
ウィザーは玉座にふんぞり返ったまま、侵入者たちを愉快そうに見つめていた。
そんなウィザーの姿を見て、侵入者たちは拍子抜けしてしまう。
どんな化け物が待ち受けていようとも大丈夫なように心構えをしていたが、そこに居たのは一見普通の人間のように見える男であったからだ。
しかし、侵入者たちはすぐさま緩みかけた心を叩き直す。
姿形はどうあれ、こんなところに居る男が、ただの人間であるはずがないのだ。
「た、隊長! あのお方は――っ!?」
侵入者の一人が叫ぶ。
この男はウィザーに見覚えがあるのだろうか?
いいや、違う。
何故なら男の視線はウィザーではなく、その隣にいる人物に注がれていたからだ。
その人物こそが侵入者たちの目的であり標的――
そう、ウィザーの隣には姫がそっと佇んでいた。