13 歓迎しよう③
一人の兵士が頭部を除いた全てを、赤い“何か”でスッポリと覆われている。
モニターには、そんな異様な光景が映し出されていた。
赤い何か――その正体はスライムだ。
彼こそが、この部屋の主であるメルトスライムの“メル”であった。
『このっ! 離れろっ!!』
周囲の兵士たちが、仲間の体からメルを引き剥がそうと奮闘するも上手くいかない。
メルの体に触れた途端、その手がツプリとメルに体内に侵入してしまうのだ。
突然だが、桶に水が貯まっているところを想像してもらいたい。
彼らが今懸命に行っている作業。
それは桶の中の水を、直接手で掴み上げるが如しものだ。
そんなことが上手くいくはずもない。
しかし、彼らはその無駄な作業を必死に、何度も繰り返し行っていた。
「メルさーん! その調子ですよー!」
「輝いてる! お前は今最高に輝いているぞ、メルゥゥゥッ!!」
一方その頃。
ウィザーとドリィは、あらん限りの声を張り上げてメルに声援を送っていた。
「ウィザー殿……あのメルというスライムは、敵に取り付いていったい何をやっているのだ……?」
状況を理解できていない女騎士が、ウィザーに質問する。
彼女が疑問に思うのも無理はない。
頭部を包み込み、窒息死させようというのならまだ分かる。
しかし、あのスライムはまったくの逆。
頭部を除いた部分を自身の体で包み込んでいるのだ。
スライムに体を包み込まれたからなんだというのか。
確かに不快ではあるだろうが、それだけの話だ。
――と、事情を知らない者が見れば、そんな風に思ってしまうのも無理からぬことだろう。
「はぁ? 何をやってるってお前……やれやれ、これだから人間は……」
ウィザーは大きなため息をつく。
女騎士はイラッとしたが、文句を言うこともできないので我慢した。
その代わりに心の中で『うっさい、ばーか』と毒づく。
女騎士は少しすっとした。
「メルさん――メルトスライムという種族は体内に、それはもう強力な酸を内包しているのですよ」
「さ、酸!?」
「そうだ、そしてその酸で取り付いた敵のすべてを、鎧だろうがなんだろうが問答無用で溶かしてしまうのだ!」
その言葉を聞いて、女騎士はゾッとする。
先ほどの『スライムに体を包み込まれたからなんだというのだ』という考えがいかに浅はかだったかを思い知った。
鉄の鎧を溶かすほどの強力な酸を持つスライム。
そんなものに体を包み込まれてしまったら……。
鎧を肌を、そして骨までをもジワリと溶かされいく様を想像して、女騎士は恐怖で体を震わせた。
(素晴らしい……!)
そんな女騎士とは対照的に、喜びで体をうち震わせた者がいる。
そう、姫だ。
(そうだ、やってしまえ! 穢らわしい蛮族など、髪の毛一本たりとも残さず溶かしてしまえ!)
姫はモニターを凝視する。
その時を、今か今かと待ちわびる。
そして――
“仕事”を終えたメルは、ダンジョンの地面にべチャリと着地。
そして、そのまま体を地面に染み込ませるようにして消えていった。
『守ってやれなかった……』
侵入者の悔恨の声がモニター越しに聞こえてくる。
その言葉通り、先ほどまでは確かにそこに居たはずの女兵士の姿は既にない。
今ここに居るのは鎧を溶かされ、衣服さえも溶かされ一糸纏わぬ姿に変わり果てた――ただの女だった。
『イヤァァァーーーッ!!』
モニター越しであっても耳をつんざくような女の悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴を聞いた姫は、体面を保つことも忘れて鬼のような形相を見せた。