11 歓迎しよう
ダンジョンに突入した侵入者たちは、慎重に歩を進めていく。
未知のダンジョンほど恐ろしいものはない。
そのことを彼らは知っていたからだ。
特にこのダンジョンは何かがおかしい――
部隊の隊長である男は、長年の経験からこのダンジョンの異質さを肌で感じ取っていた。
いや、長年の経験など必要ない。
たとえ突入したのが彼らのような軍人ではなく、ただの村人であったとしてもこのダンジョンの異質さを敏感に感じ取っていたであろう。
なにせダンジョンが光ったのだ。
突入前までは暗闇に包まれていたはずのダンジョン内部だが、彼らが突入したと同時に周囲から光が溢れ出した。
そして、今やダンジョンのはるか先まで見通せるほどに明るくなっていたのだ。
光るダンジョン?
何故突入と同時に?
自分たちのため?
歓迎されている?
男は自身の不合理な思考を、すぐに『バカな』と打ち消す。
このダンジョンに例の姫が本当に居るのかは分からない。
しかし、真実はどうであれ、間違いなく自分たちは“招かれざる客”なのだ。
戦争だから――などという言葉は言い訳にもならない。
姫だけではなく、この国にとって自分たちは、唾を吐きかけられ、石を投げられることはあろうとも、歓迎されることだけは絶対にない“侵略者”の立場であることを男は理解していた。
(何を考えているのだ、俺は……)
久方ぶりにダンジョンなんてものに入ってしまったせいか、それとも先の戦争のせいなのか。
男はナーバスになっていた自身の心を一喝して、気合いを入れ直す。
その直後のことだ。
突如周囲の壁からプシューという音が聞こえたかと思うと、煙のようなものが勢いよく噴き出してくる。
「しまっ――!?」
『しまった』――男がそう言い終わる前に、部隊の全員が正体不明の煙に包まれていた。
※ ※ ※
作戦会議室――その名の通り本来は会議の場として使用されるはずの場所で、ウィザーたちは侵入者たちの行動を監視していた。
「ふははははっ! 人間どもめ、さっそく我がダンジョンの洗礼を受けたようだな!」
ウィザーの言う通り、モニターには煙に包まれて慌てふためく侵入者たちの姿が映し出されていた。
「ウィ、ウィザー殿! あの煙はまさか毒煙か!?」
「な、なんと惨いことを……!」
こんな惨い光景は見ていられないとばかりに、姫は両手で顔を覆う。
その姿を見た者は、誰もが姫に同情の念を抱いたに違いない。
誰が想像できようか。
言葉とはうらはらに、両手で隠された姫の口元が醜く歪んでいるなどと。
誰もが想像するような姫。
虫も殺せぬような清廉で優しい心を持った姫はここにはいない。
(――死ね! 死ね死ね死ね、蛮族ども! そのまま悪魔の手にかかり醜く朽ちて死んでゆけ!)
ここにいるのは憎悪と復讐の念に取り憑かれた、一匹の“鬼”であった。
しかし――
『……あれ? なんともないぞ……』
侵入者たちは、哀れにも毒煙を吸い込んでしまい、全員がその場で絶命したはずである。
少なくとも姫自身はそう思い込んでいた。
しかし、モニターにはその哀れな侵入者たちが、次々と起き上がってくる姿が映し出されていた。