10 幕を切って落とそう
「敵分隊、ダンジョン入口前に布陣しました!」
「フッ、ようやくか。この時を待ちわびていたぞ人間ども!」
作戦会議室――いつもはウィザーたちが無意味な作戦を呑気に考えているだけの場所である。
しかし、今日この時に限っては、室内に異様な緊張感が漂っていた。
それもそのはず、姫以外では初めてとなる侵入者がついに現れたのだ。
しかも、総数十名からなる分隊規模の人数で、である。
ダンジョン入口付近の様子を一望できるモニターには、敵分隊が今まさにダンジョンへと突入せんとしている姿が映し出されていた。
聡明な読者諸君ならば、この状況を『どうせそういう遊びってオチなんだろ?』と予想されるかもしれない。
しかし、残念ながらその予想はハズレである。
これは演習ではない。
繰り返す、これは演習ではない。
「姫様、本当に大丈夫なのでしょうか……」
女騎士が心配そうに姫に語りかける。
ウィザーに命を助けられてからというもの、彼女もダンジョンで働くハメになっていた。
「分かりません。ですが信じましょう、私たちを助けてくださったウィザー様のお力を……」
姫は胸の前で手を組み、神に祈りを捧げ――ようとして止めた。
いくら女騎士の命を助けるためとはいえ、神の天敵である悪魔、それも“魔王”の力を借りてしまったことを思い出したからだ。
しかもそれだけではない。
姫は自身のドス黒い感情を満たすため、今まさに魔王すらも利用せんとしているのだ。
そんな自分が神に祈りを捧げるなど、冗談にしてもたちが悪い。
ウィザーと自分、果たしていったいどちらが魔王なのだか――と姫は自嘲めいた笑みをこぼした。
さて、そろそろ事の経緯を説明しよう。
始まりはやはり“姫”であった。
『――ダンジョンに人を呼ぶなど簡単です。私がここにいることを喧伝すれば、それだけで隣国の兵士が大挙して押し寄せてくるでしょう』
その鶴の一声ならぬ、姫の一声でウィザーはすぐさま実行に移した。
以前やったように、王都の上空に姫が生きていること、そしてリルガミンの迷宮の最奥に潜伏していることを宣伝したのだ。
そしてその結果はご覧の通りである。
今やってきているのは、あくまで事の真偽を調査するための先遣隊だ。
しかし、この者たちが帰らないとなれば、今度は本格的に大部隊が送り込まれてくることになるであろうことは想像に難くない。
すべてはウィザーの――そしてウィザーを利用して隣国への復讐を企てる姫の思い通りに事は進んでいた。
そして――
「――っ!? ウィザー様、敵に動きがありました!」
「さあ来い人間どもっ! 存分にもてなしてやろうではないか!」
今ここに、リルガミンの迷宮初となる、ダンジョン攻防戦の幕が切って落とされたのである。