01 ダンジョン作ったけど誰も来ないんだが
「では、報告を聞かせてもらおうか」
「はっ!」
“作戦会議室”と命名された六畳一間ほどの空間に、二人の男女が真剣な表情で向かい合っていた。
真っ赤なマントを羽織った男の名は“ウィザー”。
一見、ただの人間にしか見えないこの男は、その実“魔王”と呼称されるほどの力を持った高位魔族であった。
「まず、本日の戦果ですが……」
そう言って、真っ黒なローブをまとった女が手を掲げる。
すると、ブォンと音をたて、何もなかったはずの空間にスクリーンのようなものが映し出された。
彼女の名は“ドリィ”。
彼女もまた、姿かたちこそ人間と大差ないが、“エビルウィザード”という種族の魔族であった。
「残念ながら、本日もダンジョンへの侵入者はゼロ。よって戦果もありません」
「そうか……これでまる一年の間、我がダンジョンには誰も侵入してこなかったことになるな……」
ウィザーはため息をつく。
彼の言う通り、このダンジョンを“作って”から今日で丁度一年となるが、侵入者たる冒険者たちは誰一人として現れなかった。
「一攫千金なんて言葉に踊らされて人間界までやってきたが、ままならないものだな」
今、ウィザーたちの住む魔界では、“ダンジョン”が一大ムーブメントを巻き起こしていた。
人間界にダンジョンを作り、冒険者と呼ばれる者たちに探索させるように仕向ける。
そうすることで、ダンジョン内で使用された魔力や、人間たちの感情が昂った際に発生する余剰エネルギーをダンジョンが吸い上げ、“マナ”と呼ばれる物質に変換する仕組みとなっていた。
上手くやれば何もせずとも自動的にマナが溜まっていく仕組みを構築することが可能で、一攫千金も夢ではないとの触れ込みだったのだが……。
「ちゃんと説明書通り作ったのに、何が悪いのかなぁ……」
この通り、彼らのダンジョンに限っては、一攫千金どころか毎日が開店休業状態で、常に赤字を垂れ流し続けているような有り様だった。
「やはり、立地ではないかと」
「立地なぁ」
ドリィの言う通り、このダンジョンは経済の中心部である王都から、馬車で十日ほどの距離に存在している。
まさに辺境のダンジョンと言っても差し支えない。
「そりゃ街に近いほど人が来やすいってのは分かるが、そういうところは土地代が洒落にならないくらい高いんだよなぁ」
事実、このダンジョンを購入する際に、王都にほど近い場所にダンジョンを構築する場合の見積りも一緒に出してもらっていた。
しかし、桁が二つほど違っており、とてもじゃないが手が出ないと購入を断念していた。
「へんぴな場所にあるのは仕方ないとして、代わりに赤字覚悟で大々的に宣伝もしたのになぁ」
「そうですね、あれは手痛い出費でした」
その言葉の通り、ウィザーたちはダンジョンを構築した初日に、王都にて大々的な宣伝活動を行っていた。
その宣伝方法とは、王都の空に魔力で文字を描き、ダンジョンが出現した旨を伝えるというものだ。
「このダンジョン、分かりづらい場所にあるから、みんな迷子になっちゃってるんだろうか……」
「そうですね、道しるべを立てておくべきだったかもしれません」
「道しるべ!? お前、頭良いなー! そうだ、道しるべは絶対必要だな!」
「ありがとうございます。今からでも立てておきましょうか?」
「うむ、頼む。いやー、しかし、その的確な判断力、サポート役はサキュバスとどっちにしようか迷ってたんだが、やはりお前を選んで正解だったな!」
「ふふん、当然です。あんな身体だけしか能のない奴等とは違うんですよ」
「頼もしい! 今はその貧相な身体がとても大きく見えるぞ、ドリィ!」
この時の彼らはまだ知らない。
冒険者たちがやってこない原因が、そんなことではないことを。
この世界の人間の識字率はおそろしく低い。
さらに対象を冒険者に限定した場合は、もはや壊滅的と言ってもいいだろう。
つまり、空に描いた宣伝文句を、冒険者たちは誰一人として読めていなかったのである。
あとは真偽の調査のためと、軍隊が派遣されてくることを期待するしかないが、これも『こんな絵空事を王の耳に入れられるか』と大臣たちに握りつぶされていた。
そうして、一年経った今では、あの日の出来事を覚えているものは既にいない。
「これで明日から冒険者たちが迷子にならずに済むから、ドンドンやって来てくれるかもしれないぞ!」
「楽しみですね、ウィザー様!」
しかし、そのことを知るすべは、今の彼らには無かった。