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永遠の一秒  〜佐久間警部の帰郷〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
差し迫る脅威
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苛立ち(2024年編集)

 ~ 岡山理科大 ~


 吉田輝彦の情報を、裏取りするため、再度、教務課を訪れている。


「吉田さんから、『泉水教授は離婚されている』とお聞きしましたが、事実関係を確認したいのですが」


 教務課内が、少しざわつく。


「そう言われてみれば、確かに」


 電話対応した職員が、慌てて、職場の人事記録を確認し、顔をしかめた。


「……仰るとおり、泉水教授は、だいぶ前に離婚しています。何故、こんな大事なことを忘れていたのだろう」


 佐久間たちは、職員を窘める。


「起きてしまったことは、仕方がありません。例え、それが分かったとしても、泉水教授の死は避けられなかったでしょう」


 職員は、少し落ち着いたようだ。佐久間は、少し、間を置いてから、聞き込みを始める。


「電話は、発覚を遅らせることが目的だったと、想定されます。妻を演じて電話してきたのは、犯人の仲間かもしれません。声色の特徴でも、何でも良いので、思い出せませんか?」


(………)


「……声色は、落ち着いた感じで、…中年?のようでしたが。申し訳ありませんが、あまり憶えていません」


「そうですが、分かりました」


 微かな痕跡から、犯行の臭いを嗅ぎ分けられないか期待したが、それ以上の収穫は望めず、三人は、岡山理科大を後にし、岡山駅周辺の喫茶店に、移動した。


 佐久間は、持参した捜査用紙に、事実整理していく。


 ◯被害者 泉水孝太郎、五十八歳、教授

 ◯サリンにより死亡

  注射か、口内への投与か?(飛沫情報なし)

 ◯死亡推定時刻 十月十四日 二十時〜二十一時

 ◯遺体発見時刻 十月十六日、八時

 ◯遺体発見場所までの足取り、現在不明

 ◯学会資料を、吉田輝彦に準備させたが、受け取らなかった

 ◯十月十五日、早朝、妻を装って、電話あり

 ◯女性 犯人の一味とみられる

 ◯研究は、遺伝子関係

 ◯遺体発見まで、およそ三十五時間、空白期間あり

  見回り職員が発見しなかった場合は、もっと期間が

  空いた可能性あり


「簡潔に整理すると、こんなものだ」


「空白期間を設けたのは、何故でしょう」


「殺害が目的なら、直ぐに逃げれば良い。だが、事件関係者(マルタイ)は、殺害の翌朝に、妻を装って、時間を稼いだ」


「普通、出張なら、月間スケジュール的なものがないのかね?だって、前もって決まっていたのだろう?旅費だって、事前申請するのだろうし」


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。


(氏原の言うとおりだ。予定行動なら、教務課も当然把握しているし、休講だって、事前に掲示板に貼れば済むはずだ。…犯人だって、その辺のことは熟知しているはず。…学園祭の最中、誰も、泉水教授の存在に気がつかないのでは?と思うが。…危険を承知で、あえて、学会に直行すると言った。……そうする目的は何だ?…学会に直行する。…大学が、学会に問い合わせや、連絡を取らせないよう、楔を打ったのだったら…」


 氏原は、ウエイトレスに、ウインナーコーヒーを、人数分注文する。


「…単純に、遺体発見を遅らせたかった。…逃走時間を確保したかったのかな?」


「それも、少なからずあると思う。深夜に殺害したとして、何らかの事情で、逃げ切れなかったのか。学園祭が終わるまで、時間を稼ぎたかったのか。学園祭の最中、研究室から何かを盗みたかったのか。真意は分からない。だが、不審に思うことは、まだある」


 佐藤は、首を傾げた。


「不審に思うこと。……何でしょう?」


(………)


 氏原は、気がついたようだ。


「もしかして、学会か?」


「その通りだ。吉田輝彦は、泉水孝太郎から、学会資料を頼まれたと言っていた。でも、その資料は、学会当日の朝に、受け取ることを、犯人は知らなかった。もしくは、殺して盗もうとしたが、持っておらず、計画が頓挫したのではないのかな?もし、犯行の目的が、泉水孝太郎を殺すのではなく、学会資料だったら、どうだろう。もしくは、泉水孝太郎が、学会で対象論文を発表すること自体が、犯人にとってマズいものだったとしたら、どうだろう。『学会に、泉水孝太郎を行かせたくなかったのでは?』と考えると話はスマートだ。泉水孝太郎は、遺伝子関係を研究している。似たような研究をしていて、先に論文を発表したいと思う輩がいても、不思議ではないと思う」


 佐藤は、佐久間の推理に、頭が追いつかないようだ。


「私には、この先の展開が読めません」


 佐久間は、運ばれてきたコーヒーを口に含むと、仮説を立ててみた。


「この学会に参加し、似たような研究成果を発表する人間がいるとしたら?」


「先に発表したいと思うのは、当然です。では、その人間が、犯人の可能性があると仰りたいのですね?」


「まだ、仮説話だから、あり得るのかを、調べてみる価値はある。連続して発生したサリン事件は、サリンにばかり、目が行ってしまうが、あくまでも『殺害の手段』であり、犯行計画は、全く別なのかもしれない。それに気がつかないと、足元をすくわれかねない」


(………)


 氏原は、何か言いたげだ。


「学会関係の仕業だとすると、崇城大学の件はどうなる?船津大介は、講師で毒物学専攻だぞ?……いや、待てよ。出版社の人間と会っていると聞いたような…」


「二人に共通するのは、医療品メーカー、出版社、学会に関係する人間だ。そして、周囲から疎まれている点も考慮すべきだろう」


「他にも、共通点があるぞ」


「冴えてるな、氏原」


「殺害方法が分かっても、どこで殺害されたのか、どうやって、呼び出されたのか不明だ。夜中に、誰もいない雑木林なんかに、呼び出されたって行くもんか。俺だったら、絶対行かないぜ、おっかねえもん」


「金、色仕掛け、得がたい有益情報。色々とあるな」


「ほんの僅かですが、それとなく、共通点が出てきましたね」


 佐藤も、ホッとした表情で、コーヒーを口に運んだ。


「早く犯人を特定しなければ、次の被害者が出てしまうだろう。とりあえず、泉水孝太郎が出席する予定だった学会の、参加者リスト入手と、専攻分野の洗い出しを、すぐに行うことにしよう。警察庁公安部()にも連絡して、応援を求めようじゃないか」


 僅かな希望に賭け、手を打ち始めることにした。


警視庁(我々)は、泉水孝太郎の自宅を調べてみよう。学会に関するものが、まだ残っているかもしれないからね。佐藤警部は、岡山県警察本部(県警)に連絡して、何か有益な情報を、押さえていなか確認して欲しい。それと、教務課に事情を説明して、パソコン関係を洗って頂きたい」


「分かりました。岡山県警察本部(県警)には、すぐに連絡を入れましょう。泉水孝太郎の自宅は、岡山市北区、学南町三丁目です。白い五階建てのマンションは、ここだけなので、遠くからでも分かると思います。警察官二名が、常駐していますから、声を掛けてお入りください」


「では、今から二時間後に、この喫茶店で、待ち合わせしましょう」


 佐久間たちは、二手に分かれ、捜査を開始する。タクシーで、泉水孝太郎の自宅に向かうと、岡山県警察本部の家宅捜索が、まだ途中なのか、規制線が張られている。入り口の警察官に声を掛け、中にすんなりと入ることが出来た。


 男所帯らしい、殺風景な状況だ。何年も、掃除機を掛けておらず、床は塵が積もり、白く変色している。壁は、タバコのヤニで、(すす)色に変色し、高さ一メートル程の、冷蔵庫の上には、入れ歯の洗浄剤、缶切り、簡易食器かご、割り箸の袋が散乱している。


(教授の地位にいても、悲惨だな)


「随分と、荒れた生活していたんだねえ。俺とそんなに変わらんじゃないか。酒にタバコに、雑誌に新聞。カップラーメンに、レトルト食品。冷蔵庫は、……缶ビールに、茄子の漬け物か」


(………)


「氏原、やっぱり結婚だけは、した方が良いんじゃないか?…早死にするし、お前だって、孤独死はしたくないだろう?」


「我が愛しの女神(マドンナ)は、佐久間(誰かさん)に奪われたからな。まあ、孤独死はないと思うぞ。側に、佐久間家(お前ら)がいるんだ。絢花と智己もいるし、何とかなるだろう」


「確かに、大丈夫だな」


 書斎に目を移すと、薬学に関する書籍やレポートが、机の上で山積みとなっている。


(…パソコンがあるな。持ち出していないところを見ると、有力な情報は確認出来ず…か)


 パソコンの電源は入っており、研究データ、書きかけの論文らしきものが、そのままの状態で残されている。


(…犯人が、侵入し、消した形跡もなし。……これじゃないか?)


 メールの中身を確認すると、学会からの案内メールが見つかった。日時と会場が一致する。


「氏原、見つけたぞ。問い合わせすれば、リスト入手が出来そうだ」


「早速、問い合わせて、リスト者を取り寄せよう。佐藤警部にも電話してくるよ。お前は、他にも何かないか確認してくれ」


「分かった、よろしく頼むよ」


 氏原が席を外し、メールの送信者を確認中、佐久間の指が止まった。


(…中村光利?)


 はやる気持ちを抑え、メールの詳細を読んだ。


『泉水孝太郎さま。

 いつもお世話になっております。

 個人メールに、報告すること、ご容赦ください。

 研究用のA、Mは、微量ですが、ご用意出来そうです。

 いつもの口座に入金して頂いた時点で、発送もしくは直接、手渡しいたします。

 ご確認し、連絡頂けると幸いです』


 メールの日付は、今年の七月七日だ。佐久間は、すぐに手帳を開き、成分を確認する。


(Aは、アトロピン。……Mは、メチルホスニックジクロライド…の可能性があるな。…となれば、相手に回答しているメールもあるはずだ)


 送信済みのメールフォルダを開く。七月七日前後のメールを確認すると、容易く見つかった。


『(株)中村製薬 中村さま

 お世話になります。

 ご連絡ありがとうございます。

 ご好意、助かります。明日の十時に、銀行振込をしますから、すぐにでも持参ください。

 電車は、万が一を考え、避けるべきです。お手数ですが、車で来て頂きたい。

 浜松市から、岡山県までの移動時間、八時間を考慮し、往復の高速通行料金、燃料費、人件費を上積みして、色をつけておきます。

 合成方法について、少し教示(レクチャー)して頂けると助かるんですが、企業秘密なんだろうね。

 では、明日電話をください』


(-------!)


 メールの内容に、戸惑いを隠せない。


「…氏原、ちょっと来てくれ」


「どうした?」


「メチルホスニックジクロライドは、サリンの、どの工程になるのか分かるか?」


(………?)


「最終段階の一歩手前だ。フッ化水素と反応させると、確か、メチルホスホニルジフルオソドを得ることが出来る。そこから、純度を高めていけば、完成するはずだ。何か。分かったのか?」


「……ああ。このメールを見てくれ。そして、客観的な意見を頼むよ」


(珍しいな、何かあったのか?)


「……良いぜ、確認しよう」


 氏原は、メールの送受信記録を見るなり、憤る。


「…間違いない。二人は、サリンの素を売買しているぞ。AとMで暗語化しているが、アトロピンとメチルホスニックジクロライドだと、見る者が見れば分かる。この医療品メーカーは、秘密裏にサリンの素を製造している」


(……やはり、そうか)


「この段階で、罪を問えるのかな?二人とも、正式名称を出していないが?」


 氏原は、少し戸惑いを見せながらも、


「グレーだな。最終段階に辿りついていないし、製造過程で、メチルホスニックジクロライドが出来ることもあるからな。…だが、今回のケースは、サリンで殺されているから、アトロピンだと、検察官も堂々と言えるだろう。このやり取りは、どう見ても、確信犯だぞ?すぐに摘発するか、マークした方が良いだろう。この医療品メーカは、調べる価値があるぞ。船津大介とも繋がりがあるかもしれない」


 佐久間は、氏原の言葉に頷きながら、深くため息をついた。


(………?)


「お前、さっきから、どうした?いつもは、お前が言いそうな台詞だぞ?」


(………)


「同級生かもしれないんだ。浜松市、中村光利の単語(ワード)は、どちらも当てはまる。同姓同名という事ではあるまい」


(------!)


「身内であっても、私情は捨てろ。それは、お前が、一番分かっているはずだ」


 佐久間は、しばらくの間、目を閉じ、気持ちを入れ替える。


「氏原、ありがとう。せっかく得られた手掛かりだ。『事件に関与はしていない』と信じたいが、避けられまい。止めなければならない、……せめて自分の手で」


 佐久間は、直ぐに佐藤警部に電話を入れ、岡山県警察本部にて、徹底的に、個人パソコンの保存データやメールなど、解析するよう依頼した。


「少なくとも、これで、捜査は前に進むな」


「ああ、友人が一人減ってしまうのが、残念だがね」



 ~ 二時間後 ~ 


 再び喫茶店で、佐藤警部と合流した佐久間たちは、捜査結果について、話合った。佐藤は、驚きを隠せない。


「…因果な商売だな。が、率直な意見です」


「もう割り切りました。ところで、佐藤警部の方は、何か分かりましたか?」


「教務課さんにお願いして、泉水孝太郎が参加した、過去一年間に絞って、情報を収集中です。数日で、集まります」


「優秀ですね、それは助かります。では、一度、東京に帰ります。何かあれは、直ぐに連絡を取り合いましょう」


「私も、直ぐに捜査結果を、岡山警察本部()に報告します。ありがとうございました」



 ~ 帰宅の途 ~


 上空の景色を、静かに眺める佐久間に、氏原が小声で尋ねる。


「一人きりで、行くのか?」


「……間違った道を選ぶのなら、正しい道に戻すのが、友人の役目だ。子供の頃から、高校まで一緒だった。ナンパするのも、タバコを覚えるのもだ。高校時代、世間の目を盗んで、田舎の帰り道に、自転車に乗りながら、安いタバコを吸ったもんだ。…もう時効だがね」


「今の佐久間警部(お前)からは、想像も出来んよ。やめておけとは言わん、行ってこい」


警察庁公安部()に、事情を説明してからだ。留守中、頼むぞ」


 富士市上空だ。


 眼下に広がる、青木ヶ原樹海を見ながら、色々と思いを馳せる。


(もうすぐ、羽田空港だな。……とりあえず、一度仮眠して、熱い風呂に入って。…また、浜松市(故郷)に行くことになるとは。……中村光利(ミツ)に会うのも、二十年ぶりか。……久しぶりだ、この後がない感覚は…)


 ブレーキの衝撃が、深く胸に突き刺さる。

 

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