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永遠の一秒  〜佐久間警部の帰郷〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
差し迫る脅威
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痕跡(2024年編集)

 ~ 熊本県宇土市三角町 ~


 三角港付近の名店で、馬刺しを堪能した佐久間たちは、空路を取らず、九州新幹線で博多駅まで行き、博多駅からは、山陽新幹線で、岡山駅を目指すことにした。


 熊本駅での、乗車の待ち時間に、上妻教授が、佐久間に助言する。


「岡山理科大学は、崇城大学よりも、敷地面積が広く、面食らうはず。大元は、加計学園だ。サリンに関係しているかは、不明だが、着いたら、化学科を目指すと良い。確か、『生体高分子や、分析を行う研究室がある』と学会で耳にしたことがある。道中、気を付けてな」


「参考にさせて頂きます」



 〜 新幹線車内 〜


「なあ、氏原。さっきの『生体高分子』っていうのは、どんな研究なのかな?」


「おそらく、DNAやキトサン、コラーゲンといったところだろう。まあ、行けば分かるさ。それよりも、もう公務は終わりで良いだろう。退庁時間は、とっくに過ぎたし」


「大丈夫だ」


 氏原は、『待ってました』と言わんばかりに、車内販売のビールを購入すると、佐久間と乾杯した。


「佐久間、岡山理科大学は、位置的にどの辺りにあるんだ?耳にはするが、場所が全く分からん」


「倉敷市と瀬戸内市の中間地点だ。岡山県も広いからな。日本海側と瀬戸内海側の、どちらかで応えるのならば、瀬戸内海側だ」


「何故、岡山理科大学を選んだのだろう?そりゃ、事件に関係した、何かがあるってのは、想像は出来るが」


「地形に、特徴があるからだろう。大きな山を背負っているんだ。確か、陸上自衛隊の駐屯地が、裏の敷地にあった気がする。それと、逃亡する時は、瀬戸中央道か瀬戸大橋線で、県外の香川県に、逃げることが可能だからだろう。地理的には、入りやすく、脱出もしやすい、適した所だと思う」


「動機と、学校関係者の関わり具合だな」


(………)


「崇城大学のように、うまくいけば良いがね」


 山陽新幹線は、定刻通り、岡山駅に到着した。西口から出た佐久間たちは、バスセンターの前で、最寄りのバス停を調べた。岡電バス・理大線(岡山駅西口-理大)で、理大町で降りれば、徒歩一分で着くらしい。


「バスなら、すぐだな。どうする?」


「犯人の逃走経路を、ある程度、見ておきたいな。電車は、どうだろう?」


 二人のやりとりを見ていた、近くの老婆が、親切に話しかけてくる。


「あんた達、理科大に行きたいんだったら、バスが楽だよ。電車なら、JR津山線ってのがあるから、津山行きに乗んなさい。1駅先に、法界院っていう駅があるから、そこで降りな。でも、徒歩で、二十分くらい掛かるから、よく考えなさい」


 佐久間たちは、目で合図し、老婆に深々と頭を下げ、お礼を言った。


「助かります、初めてなので、土地勘がなくて困っていました。参考にします」


 気を良くした老婆は、満足そうに、ロータリーへ消えていく。


「決まりだな」


「そうだな、まずは、電車で目指そう」


 法界院駅で、下車したまでは良かったが、駅前に出た途端、二人で顔を見合わせた。駅前から、大学の道程は、容易く追えるだろうと、思っていただけに、完全に、当てが外れたのだ。 


「…佐久間くん、住宅地だよ」


「…完全に住宅地だな。建物以外、何も見えんな」


「理科大は、どっちだ?左は、どうみても住宅の路地っぽいぞ。吸い込まれそうな、曲がり角だ」


「右の方は、開けているから、感覚的に右かな?…確か、開札のところに、地図が貼ってあったぞ」


 すぐに、構内の地図で、目的地の方向を確認する。路地を左に進んでいくと、岡山大学。右の方に、進んでいくと、岡山理科大らしい。


「もう、こんな時間か。そこらで、晩飯を食べがてら、宿を探そうぜ」


「そうだな。知らない土地は、やっかいだ。明日のためにも、色々と勉強しておこう」


 佐久間は、駅前から、数百メートル離れた三叉路に、やっとコンビニエンスストアを見つけ、ガイドブックを購入した。


 二人は、早速、ガイドブックの地図を頼りに、三叉路の県道386号線を、真っ直ぐ北へ進む。程なくして、岡山理科大の行き先を示す、案内標識を見つけ、安堵した。


「合ってて良かったな、あと、二キロメートルもないぞ」


「地図通りに、もう少しだけ、行ってみないか?」


「ああ、良いぞ。飯屋もあるかもしれないからな」


 二人は、気を良くして、大学を目指すが、すぐに後悔した。県道386号線の左手は、殆ど住宅地で、右側は、線路沿いであったからだ。食事はおろか、店舗もない。岡山理科大の行き先を示す、次の案内標識に辿りついてしまった。


「佐久間くん、困ったね。この案内標識の小ささは、多分、正門じゃないぞ。二キロメートルは、とうに過ぎたんじゃないのか?」


「…多分、裏門だろう。正門は、バスが通るから、その路地を行くとは思えない。地図では、墓地に面している。おそらく、墓地の真横を通っていくルートで、戻るだけになるかもしれない」


「じゃあ、真っ直ぐ、このまま、もう少し進むか?」


 佐久間は、ガイドブックの地図を見ながら、首を横に振った。


「…それらしい情報はないな。この辺りで、宿を探すのも苦労しそうだ。岡山駅に戻って、明日、出直そう」


「明日も、電車にするのか?」


「いや、バスにしよう。やはり、勝手が分からないと、ダメだと思ったよ」


岡山県警察本部(県警)から、誰か来るのか?」


「捜査一課の佐藤という警部が、九時に来てくれると聞いている。東門守衛室というところで、待ち合わせだ」


「正門じゃないのか?」


「それが、さっぱり分からん。宿で調べておくよ。この分だと、バスセンターで調べた理大町も、別の場所かもしれない。位置情報を正しく把握しないと、東門守衛室に辿り着けないからな」


 這々(ほうほう)の体で、岡山駅に戻った二人は、夕食を近くの定食屋で済ませ、事情を聞いた女将が、自分が営んでいるカプセルホテルに、二人を案内してくれた。こうして、運良く、ベッドに入ることが出来たのである。


 身体を休めながら、ガイドブックを眺めていると、ふと、ある疑問が生じる。


(思ったよりも、学生数が多いな。校舎も、かなりの数あるぞ。…附属中学と附属高校が、同敷地にあるからか。……山林の中にあるといっても、本当に、サリンを使用したのだろうか?)


 さらに、地図を見ながら、海側に位置する、岡山大学にも目が行く。


(…岡山大学にも、薬学部があるんだな。構造生物薬学、生体物理化学、精密有機合成化学か。サリンに関する研究が、出来なくはない環境だ。犯人が、岡山大学ではなく、岡山理科大学にした理由は何だ?四国に逃げられる点では、両校条件は同じ。目立たないように、雑木林で殺害する点も同じ。…この論点すら、違うのか?)


 いくら考えても、見当もつかない。現地を見てから判断しようと、ガイドブックを枕元に置いた。


 長旅の疲れが、深い眠りへと誘った。



 〜 翌朝、岡山理科大学 〜


 予習のおかげで、無事に、東門守衛室に到着した二人は、別の意味で、溜息をついた。


 崇城大学の上妻教授から、事前に情報を得ていたとはいえ、大学の施設規模に驚愕する。


 丘の上にあるからだろうか、桁違いの広さである。


「驚いたなあ。都内の大学とは、比べものにならんぞ」


「学校施設というよりは、一つの街だな」


 守衛室で貰った、校内の案内図で、自分たちの位置を確認し、そこでもため息をついた。


「上妻教授に言われた通り、案内図を見ながらでないと、迷子になりそうだ」


「本当だな。ところで、佐藤警部はまだか?」


 噂をしているところに、佐藤警部が、到着する。


「おはようございます、佐久間警部。岡山県警察本部(県警)、捜査一課の佐藤です」


「警視庁捜査一課の佐久間と科捜研第二化学科(科研)の氏原です」


「早速ですが、事件現場に案内します。その後、教務課へ案内しようと思いますが、よろしいですか?」


「もちろんです、よろしくお願いします」


「では、Bブロックと呼ばれる、エリアに向かいます。校内とはいえ、結構、歩きますよ」


 佐藤は、慣れた様子で、案内し始めた。何度も来ているのだろう。


 三人は、真っ直ぐ坂道を上り、技術科学研究所を通過。


(変わった建物だ。何の研究をしているのか、興味が湧くな)


「佐藤さん、今の研究室は、事件に関係が?」


「いえ、あの施設は、授業の一環で、実験する施設らしいです。水質関係だとか」


「そうなんですか」


 そのまま、坂道を上っていくと、白い七階建ての校舎が目に入る。佐藤がすぐに解説する。


「この校舎、大きいでしょう?これだけで、小学校くらいあります。ここは、総合情報学部・生物地球学部と呼ばれています。恐竜学博物館があるらしいですよ」


「スケールが、違いますな」


「この先は、車道を進みます。私道ですが、関係車両が頻繁に通りますので、注意してください」


 三人は、ひたすら道なりに、坂道を上る。私道とはいえ、言われなければ、一般道と変わらない。


「このT字を右に曲がります。左に上ると、Aエリアです。加計学園法人本部があります。我々は、Cエリアを抜けて、Bエリアの突き当たりまで行きます」


(突き当たりか)


 標高が少し高いせいか、瀬戸内海からの、吹きっさらしの風が、肌に刺さる。


「隙間風というか、いつもこんなにも、風が吹くのですか?」


「ええ、岡山県は広いですから。日本海側と瀬戸内海側では、風の質も違います」


 氏原は、ブルッと震えながら、佐久間にある疑問をぶつけた。


「なあ、佐久間。素朴な疑問なんだが、サリンを、この強風の中で撒けば、少なからず、気化したものが、飛散するはずだよな?本当に、被害者は、一人なのか?例えば、超微量の、気化したサリンを吸い込んだだけで、自覚症状が出なかったとか。どうも、腑に落ちないんだが」


 佐藤も、その意見に、賛同する。


「仰る通りです。岡山県警察本部(我々)は、被害者(ホトケ)の司法解剖と、事件現場の周囲を、念入りに調べました。熊本県の事象は、内密ですが、情報を得ていたので」


「念入りに捜査した。…しかし、飛散した形跡は、追えなかったと?」


「はい。司法解剖で、体内から検出された程度です。本来なら、防護服を着て、捜査しないと感染するおそれがありますが、測定しても検出されず、全く必要ありませんでした。……あそこが、遺体発見現場となります」


「第一発見者は、どなたが?」


岡山理科大(この学校)の臨時職員です。当時、学園祭が催されていて、学園祭終了の翌日、敷地全体の安全確認をした時に、校舎の片隅に、倒れている被害者を発見し、110通報した。これが、発端でした」


(………)


「では、初動捜査の状況を、簡潔に教えてください」


「被害者の身体に、目立った外傷はありませんでしたが、失禁、苦悶の表情、口元から薬物のような臭いがしたため、熊本県の事象と同じような展開になりました。チョークサインを出しており、首に両手で締め付けたような、痕跡があったことから、余程、苦しかったものと推察されます」


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。


「氏原、崇城大学の件と、類似しているな。ということは、確率が上がったと思わないか?」


「…ああ、間違いないだろう」


(………?)


「間違いない?」


犯人(ホシ)は、サリンを撒いたんじゃない。口の中に入れたか、注射器で、直接、体内に入れたんですよ」


(------!)


「だから、外部に、影響が出ないのか」


「どうしても、サリン独特の、臭いだけは消せません。口臭がするのは、そのためだと思います。現地を確認しないと分からなかった。これだけでも、収穫がありましたよ」


 遺体現場だ。


被害者(ガイシャ)は、どんな方ですか?」


「泉水孝太郎、五十八歳。この大学で、遺伝子力学の教授をしておりました」


(…講師の次は、教授か)


「ここは、…バイオ・応用化学科…か。死角とはいえ、奥の雑木林に遺棄すれば、もっと発見まで、時間が掛かっただろうに。見つけた方も、驚いたに違いない」


「発見を遅らせるというよりかは、隠すのだけれど、見つけて貰わないと困る。の感じがします。これは、私個人だけではなく、岡山県警察本部(県警)としての、意見です」


「同感ですな」


 遺体発見場所の北側は、自衛隊エリア、東側、南東側は、私有地の雑木林が広がっている。官民境界沿いに、立入防止用のフェンスが、隙間無く設置され、簡単には侵入できない仕組みとなっている。


「この場所に来るには、通ってきたルート以外に、抜け道は、ありますか?雑木林は、除きます。裏門や守衛の目を掻い潜って、陸上自衛隊の敷地も、視野に入れてください」


「通常時であれば、厳しいでしょう。外部から入る場合、守衛室の前を、通過しなければなりません。ただ、事件当日は、学園祭で、不特定多数が出入りしていました。守衛室の空白時間があっても、おかしくありません。犯人は、このタイミングで、入り込んだのかもしれません」


(………?)


「ちょっと、待ってください。死亡推定時刻は、いつですか?」


 佐藤は、メモを取り出した。


「えーと、死亡推定時刻は、…十月十四日の二十時から二十一時です」


(十月十四日?)


「学園祭は、いつですか?」


「十月十五日です」


「遺体発見は、十月十六日。話を整理すると、泉水孝太郎(ガイシャ)は、学園祭の前夜、十月十四日に殺害され、発見されるまでの、一日半程度、時間が経過していた。犯人は、外部からの業者に扮して、潜り込んだかもしれません。そして、犯行後、学園祭の人混みに乗じて、堂々と脱出。あり得なくないでしょう」


 氏原は、周囲を見回した。


「防犯カメラなどは?」


「あるにはありますが、守衛室などです。死角となる場所も多く、有力なものは、ありませんでした」


(………)


「人海戦術でいくしかあるまい。確率は低いが、この学校にある、防犯カメラのデータ、県道386号線上に設置されている、防犯カメラのデータ、駅前の防犯カメラのデータを取り寄せてください。崇城大学近郊の、防犯カメラのデータと比較検証してみて、類似の人物像が浮かび上がれば、御の字だ」


「すぐに手配します」


 見る限り、確かに死角が多い。雑木林の中を移動されたら、全く行方が追えなくなる。学園祭の前夜、この場所に、人がいたのかは不明だが、この場所で犯行に及んだ証拠もなく、また、犯行を目撃した人物がいるとは思えない。


(完全に、犯人の思う壺だな)


「佐藤警部、実は、少し引っかかる点があるんです。扱う学科、地理的条件で、岡山理科大学と岡山大学は、そこまで差異がありません。何故、泉水孝太郎(このガイシャ)なのか?何故、人目にはつきにくいが、探せば見つかる場所に、あえて遺棄したのか。非常に、疑問が残ります」


「仰る通りです」


「崇城大学の件と、一緒なのは、大学の関係者であること。毒物や、遺伝子に関係する研究をしていること。それだけしか、分かっていません。殺害された被害者が、二人とも教授であれば、学会関係者の中に、犯人がいるかもしれないと、思考を巡らせますが、崇城大学の方は、講師でした。私怨にしては、殺害方法が限定されすぎです。テロと断定出来る程、社会に影響を与えている訳でもない」


「崇城大学の船津大介と、まだ何か、『同じ共通点がある』と言いたげだな?」


 佐久間は、静かに頷いた。


「何か、出てくると思う。佐藤警部、泉水孝太郎(ガイシャ)のアパートは、検証しましたか?」


「はい。岡山市北区のマンションを捜査しましたが、未だ、事件に結びつく手掛かりは、得られていません」


「自宅以外もあるかもしれません。愛人、友人、貸金庫など、捜査の網を拡げてください。それと、被害者二人が、互いに連絡を取り合ったりしていなかったかも、調べてみてください。もしかすると、接点があったのかもしれません。両者の共通点を、徹底的に洗い直しましょう。おそらく、それが近道です」


「分かりました。教務課で、参考になる話を聞けるかもしれません。ご案内します」


 〜 教務課 〜


「警視庁捜査一課の佐久間と申します。現在、泉水孝太郎さんの死について、捜査をしている段階です。研究室を拝見したいのですが」


「学長からの了承は得ていますので、自由にご覧ください」


 教務課の職員たちは、捜査過程に興味があるのか、佐久間の出方を伺っている。それを察した佐久間は、捜査の前に、いくつか聞いてみることにした。


泉水孝太郎(被害者)の去就について、教務課さんで、ご存じでしたらお聞きしたい。事件当日、何か変わったことは、ありませんでしたか?例えば、来客があったとか?急遽、どこかに出かけたとか?」


(………)


 事件当日のことを、思い出したのか、別の職員が駆け寄ってきた。


「そういえば、一件ありました。早朝に、泉水教授の奥さまから、教授の伝言で、『三限目の講義を休講にしたい』と連絡がありました」


「奥さんから電話が?」


「ええ、泉水教授は、学園祭の日、石川県に出張する予定でした。直行すると、確か言っていたような。…忙しかったんじゃありませんか?」


(………)


 職員は、話しながら、もう一つ思い出したようだ。


「関係あるか分かりませんが、学生から、『泉水教授と連絡がつかない』と、教務課へ内線が来ましたね」


(………ほう?)


「それは、誰からか分かりますか?」


「泉水教授の教え子で、四年生の吉田という生徒です。凄く慌てていて、『学会用の資料は、研究室(ここ)にあるんですよ』って騒いでいましたね」


「…吉田さんの名前は、分かりますか?」


 職員は、学生名簿で所属を追った。


「…吉田、…吉田と。……ああ、ありました。氏名は、吉田輝彦です。この時間なら、研究室にいるはずです。四年生は、卒業研究で忙しいですから」


「ありがとうございます。早速、訪ねてみます。吉田輝彦()の研究室は、どこですか?」


「B2号館の五階になります」


「それと、ついでに伺いたい。生体高分子や、分析を行う研究室があると聞いたことがあって、興味があるんです」


「ああ、それなら、丁度良いです。吉田輝彦()の所属するところが、生体高分子を研究する、化学科になりますから」


(……該当(ヒット)だ)


「ありがとうございます。佐藤警部、氏原。すぐに、行ってみよう」


 佐久間たちは、丁寧に礼を告げ、その場を後にした。



 ~ 泉水研究室 ~


(……ここだな?)


 研究室のドアを二度軽く叩き、静かに入室した佐久間は、研究に差し障りのない程度に、声のトーンを落として、言葉を掛けた。


「研究中、申し訳ありません。この中に、吉田輝彦さんは、おられますか?」


(………)

(………)

(………)


 最奥で作業している生徒が、呼びかけに反応して、佐久間の元へやってきた。


「はい、僕が吉田ですが?」


「警視庁捜査一課の佐久間と申します。少しだけ、話を伺いたいんですが?」


 佐久間は、警察手帳を見せた。


(------!)

(------!)

(------!)


 周囲がざわつく。警視庁という単語(フレーズ)が、拍車を掛けたようだ。


「…事件の件だとは、思いますが、研究室(ここ)では、ちょっと。外で、話しませんか?」


 吉田は、周囲を気にしてか、B2号館の外まで出ると、広場のベンチに案内した。


休憩エリア(ここ)でなら、大丈夫です」


「教務課で聞いたんですが、学園祭の朝に、泉水教授の所在を、探していたと?まず、それは事実ですか?」


 吉田は、佐久間の目を、真っ直ぐに見ながら、即答するように頷く。


「ええ、事実です。泉水教授が、学会で発表するための資料を、徹夜で準備したんです。前日の夜に、『朝七時に手渡す』と約束をしていました。時間厳守の泉水教授が、八時を過ぎても、一向に現れないので、『流石におかしい』って、教務課に問い合わせました」


(嘘を言っている目ではないな)


「前日の夜は、何時のことか憶えていますか?」


「十九時を過ぎていたと思います。研究室の時計を見ましたから」


(…泉水孝太郎の死亡推定時刻は、…十月十四日の二十時から二十一時。すると、このやり取りをした後、すぐに殺されたということか)


「そうですか。では、その時、教務課はどのような感じでしたか?」


「泉水教授の奥さまから、連絡が入って、…確か、…三時限目の休講がどうのこうのとか、説明されたような。あと、泉水教授との約束話が違うと訴えましたが、『そんなの、教務課の知ったことではない』と一蹴されちゃいました。……まあ、教務課の言うことが正しいんですけれど。結局、泉水教授には、永遠に会えずじまいだし、僕の努力は、無になりました」


「無になる?それは、どういう意味ですか?」


 吉田輝彦は、力なく笑ったかと思うと、下唇を巻き込んで、噛むような仕草を見せる。


「大学院に進んで、博士号を取るために、どれ程、身を犠牲にして、媚びを売ったか。学会(この)世界では、教授に嫌われたら、そこで終わりです。他人を蹴り落としてでも、日頃から、身の回りの世話や、学会用資料の助力は勿論、研究成果も全て捧げ、尽くしました。発表する論文なんですが、いつも泉水教授は、『論文は、発表者の氏名を、連名で載せる』と、僕を(そそのか)しては、発表の準備を丸投げして、蓋を開けると、泉水教授の氏名しか載っていない。いつもいつも、裏切られました。……全く、汚い人でしたよ」


 佐久間は、苦笑いする。


「相当、根に持っていますね」


 吉田輝彦は、なおも、怒りを露わにする。


「ええ、ずっと、根に持ちますよ。研究室は、同期からのやっかみが凄いですから。博士号を取得出来る枠は、決まっているんです。誰かが推薦されれば、誰かが落ちる。世の常じゃないですか?楽しみにしていた、年に一回の学園祭も、泉水教授のせいで、土壇場で諦めたし、徹夜で仕上げた学会資料も、日の目を見なくなったし。彼女も出来ない、博士にもなれない。……僕にとって、メリットは、何もないです」


(………)


「よく分かりました。…これ以上は、研究の妨げになります。お戻りになって、結構ですよ。ご協力ありがとうございます」


「分かりました。では、これで」


 吉田は、研究室に帰っていったが、すぐに、慌てて戻ってきた。


「言い忘れていたことが、あるんです」


(………?)


「泉水教授には、奥さんがいません」


(------!)

(------!)

(------!)


「正確には、奥さんとは、離婚していたはずです。何か、違和感があるなって、あの日から思っていたのですが、刑事さんと話して、思い出しました」


 佐久間は、僅かに、眉根を寄せる。


(事実だとすると、教務課に電話してきたのは、犯人(ホシ)もしくは事件関係者(マルタイ)だ」


「思い出せて、良かった。犯人、絶対見つけてくださいね」


 吉田は、すっきりした表情で、去って行った。


「……佐久間」


「…ああ。…少しだけ、痕跡を見つけたな」


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