永遠の一秒(2024年編集)
「佐久間くーん、こっち、こっち!」
浜松市浜北区の出身小学校で、クラス合同での、同窓会が開かれていた。
この地域では、昔から、卒業式が終わると、タイムカプセルを、校庭に埋めて、三十一年後の同窓会で、中身を確認する習わしが、今でも残っている。二ヶ月前、三十歳以上年の離れた後輩が、タイムカプセルを、埋めたばかりだ。
毎年、この小学校では、黄金週間に限り、小学校出身者に同窓会、校内見学、給食の配給が行われ、卒業生にとっては、至高のイベントとなっている。
佐久間は、旧友たちとの再会を、心から楽しみ、他界した友に対しては、哀悼の意を捧げた。
「昔から思うのだが、何故、三十年の節目で、このイベントをやらないのかな?」
「そう、それは、私も思っていたわ。ウチの息子も、同じこと言ってたな」
給食を楽しみながら、当時と同じ座席に座り、会話も弾む。
当時と同じ座席、同じ隣人である。
違うのは、身体が大きくなったため、当時の座席が、窮屈に感じることや、年齢を重ねたことであるが、それがまた、たまらない。
「佐久間くんの質問だがね、三十年目に行うと、二十九年しか経過していないから、三十年という時が過ぎてから、行った方が良いだろうと、当時の校長が、決めたからだよ」
(……櫻井先生)
「よく、お越しくださいました」
佐久間は、喜び勇んで、櫻井の元へ駆け寄ると、両手を握りしめた。
「うん、うん。元気そうで、なによりだ。報道で、君の訃報を聞いても、私は信じなかった。どこかで、生きていると」
「……櫻井先生」
「少し、話さないか?二人きりで、話せる場所で」
(………)
「私も、櫻井先生と、話がしたいと、思っておりました。ぜひ、ご一緒いたします」
~ 小学校 屋上 ~
「…屋上から、見える景色も変わった。君の家は、住宅地から、老人ホームに、変わってしまったようだね」
「少し残念ですが、時代の流れなのでしょう」
「今日、三十一年振りに集まった生徒は、皆、様々な人生を歩いてきた。結婚した者、離婚した者、幸せな者、不幸な者、そして、他界した者に、逮捕された者」
「光利は、この同窓会に、参加させたかったです」
「…他の者は、救えなかったか?」
「深見和生は、妹の仇を、討ちました。江戸時代であれば、誉と称されますが、今の法律では、救えません。中村真央は、残念ですが、思想が危険すぎることから、国家が、決して、許さないでしょう」
櫻井は、深い溜息をついた。
「皆、良い子たちだった。学校には、内緒で、キャンプにも、行ったな。あの頃、儂は、…確か、結婚前だったな」
「そうでしたね。今でも、当時、皆で食べた、レトルトカレーが忘れられません。朝食で、シーフードのカップ麺を食べたことまで、覚えています」
(………)
「あの時代は、あれで、完結したんだな」
(………)
「…はい。…なので、櫻井先生も、退官を機に、終わりにしましょう。子供たちへの、危険思想の洗脳は」
(------!)
生暖かい風が、屋上を吹き抜け、佐久間たちを遮る。
「……昔から、勘の良い子だった。いつ、そう思った?」
「光利が、殺害された時です。二十年振りに、この学校を訪れた時に、村松泰成と再会しました。その時、『光利が、佐久間と連絡を取りたがっている、村松泰成から、光利に伝える』と言っていましたが、光利から、連絡が来ませんでした。まず、それに、違和感を覚えたんです。ある捜査で、私が、関与した途端、光利が殺された。この時点で、村松泰成に、嫌疑を掛けました」
(………)
「櫻井先生は、道徳の授業と称して、丸一日、ある映画を、六年二組の教室で、見せてくれました。思い返しても、あれは、特異だった。他の科目授業を、全て取りやめたうえでの、上映でしたから」
「…二百三高地か」
「あの映画は、感受性が豊かな小学生に、深い印象を残しました。大人になってから、色々と調べたんですよ」
佐久間は、捜査メモを読んだ。
【日露戦争 二百三高地】
『日本がロシアへ、戦争を仕掛けておきながら、どんなに犠牲が出ようと、自衛のため、開戦はやむを得なかった、悲惨な戦争になったが、勝利で終わって良かった、という内容であったため、『戦争肯定映画である』という風評が強いが、主人公の、政府や高官に抗う姿勢と、戦争に参加するまでの葛藤が、見どころである。戦地で、傍若無人に振る舞う兵から、密かに、敵の民間人を匿う、主人公の姿勢に、賛否が分かれるところではあるが、命の尊厳を考えさせられる、内容となっている』
「あの映画が、社会に与えた影響は、とても大きなものでした。当時の私には、難しい部分もありましたが、大人になってから、見直すと、戦争の肯定派、否定派、国家に対する軋轢が、よく分かります」
「そんな古い話を、よく覚えていたね」
「映画を見終えた後、櫻井先生は、涙ながらに、私見を述べられました。それを、今でも、鮮明に覚えています。それを覚えているのは、私だけではなく、六年二組の大半になるでしょう。その中でも、櫻井先生の意見を、真摯に受け止めた者こそが、村松泰成と中村真央であったと、確信したんです。そして、櫻井先生は、二人の卒業後も、何かと接点を持ち、生きるための、指南を果たしたのではありませんか?」
(………)
櫻井は、タバコに火をつける。
「…私を、逮捕するかね?」
佐久間は、やんわりと、首を横に振った。
「生きるための、指南をしただけで、逮捕など、あり得ません。村松泰成と中村真央は、櫻井先生の指南を、自分に置き換えて、自らの信念に基づき、行動した。あの、二百三高地のように」
佐久間も、タバコに火をつけた。
二人は、タバコを吸いながら、空を仰ぐ。
床に映る、二つの影の大きさが、当時と逆転し、世代交代を物語っている。
(………)
「…本当に、立派な刑事になった。あの時の、誰よりも、落ち着きのない、子どもがな」
「櫻井先生の、お陰です。仰る通り、落ち着きがなく、嘘もつきました。家の手伝いをしても、誰からも褒められない、どこか、卑屈で、心根が、貧しい子どもでした。小学一年生から小学四年生までは、どの担任教師からも、嫌われ、認められず、距離を取られました。だから、当時の私も、教師に対して、見えない壁を作り、疎外感の中で、生きていました。ですが、小学五年生になる前の、春休みに、櫻井先生に、出会えたんです。家の前で、側溝の掃き掃除をする私に、『いつも、やってるの?君は、偉いな。親孝行だね』と、櫻井先生が、褒めてくれたのです。私には、あの瞬間、…いや、…あの、『永遠の一秒』が、人生そのものを変えた、と思っています」
「……永遠の一秒か。良い響きだ、教師冥利に尽きるな」
「櫻井先生、六年二組の生徒だけではなく、今まで、指導を受けた者は、全員が、一期一会の、大事な教え子です。櫻井先生が、教え子を思う気持ちと同じくらい、全員が、生涯、櫻井先生を慕うでしょう。どうか、穏やかな、第二の人生をお過ごしください」
「……ありがとう」
屋上のドアが開き、同窓生が、佐久間たちを呼びに来る。
「佐久間、櫻井先生の独り占めは、卑怯だぞ」
「ああ、ごめん」
「いよいよ、メインイベントの、タイムカプセル掘りが、始まるぞ。校庭に、集合だ」
「ああ、直ぐに、行くよ」
佐久間たちは、互いに微笑むと、校庭へと急いだ。
校庭では、百六十名もの生徒が、一心に、タイムカプセルを探している。
割り当てられた区域を、当時の記憶を頼りに、探すこと、二十分。
「あった、あったぞ〜!!」
(------!)
「こっちも、出てきたぞ、集まってくれ!」
「見つけたよ、みんな!」
佐久間の六年二組も、タイムカプセルが見つかり、大騒ぎである。
「誰だよ、キン消しを、入れたの?」
「指を擦ると、出る煙、…懐かしいなあ」
「綿飴のガムがあるぞ、…湿気で、原形がない」
「チョロQだ、懐かしいね」
当時流行った、食品玩具やお菓子、将来の自分への手紙が入っている。佐久間は、懐かしいそうに、自分宛の封筒を見つけ、感極まりながら、読み返した。
【三十年後の僕へ】
『三十年後、君は、結婚して、子供がいて、幸せな生活を送っていると信じてます。光利、泰ちゃん、深ちゃん、栄ちゃん、耕ちゃんと一緒に、大人になっても、仲良しで、遊んでいると信じてます。今は、櫻井先生みたいな教師になりたいけど、もしかしたら、西部警察みたいな、刑事になってたりして。…今の気持ちが、三十年経っても、残っていますように』
(……残っているよ)
手紙を抜いた封筒から、一枚の写真が、地面に落ちた。
(何か、写真を入れていたのか?)
(------!)
思わず、涙が溢れる。
(…思い出したよ。皆、明るい未来しか、想像出来なかったよな。いつまでも、友情は無くならないと信じて、疑わなかったよ)
そこには、佐久間と中村光利、村松泰成、深見和生が、四人で仲良く、肩を組んで微笑んでいた。
希望に溢れた、明るい未来のみを信じて。
~ 浜松市北区細江町 ~
同窓会後、佐久間は、中村光利の墓前に、挨拶に来ている。
(今日、同窓会があって、光利の手紙を預かってきた。これは、勿論、読んでいないし、誰の目にも、触れさせないよ。真央のものは、刑務官へ送付しておくから、安心してくれ)
佐久間は、先程の写真と、手紙を一緒に供えてから、その上に、火のついた、タバコを置いた。
やがて、写真と手紙は、白い灰になりながら、天空へと昇っていく。
(………)
陽射しが、浜名湖に反射し、眩しい。
(……もう、こんな季節か)
初夏の足音が、聞こえる。
今年は、暑くなりそうだ。