表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の一秒  〜佐久間警部の帰郷〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
思いの交錯
13/26

二人の中村光利(2024年編集)

 ~ 東京都、警視庁 ~


 師走に入って、七日目。


 捜査一課の佐久間宛に、差出人不明の手紙が届いた。


「警部、何か嫌な予感がします」


 捜査一課内では、皆が、手紙の前に、集まっている。


「では、読み上げるぞ。……と、その前に」


(こんな、(トラップ)に掛かる訳にもいかないからな)


 念のため、手袋を装着してから、中身を読み上げる。


『警視庁捜査一課、佐久間殿。

 貴殿が、佐藤圭一を救ったせいで、犯行計画が、頓挫してしまった。

 他にも、順番に殺す予定の人間が、大勢いるが、今日は、貴殿に警告しよう。

 警視庁の威信にかけて、サリンを止めたと思ったら、大間違いだ。

 東北大学、北海道工業大学にも、目を向けた方が良いぞ。サリンは、今も製造中であり、

 これからも、継続して、関係者を殺していく。これから先も、気を抜かないことだ。

 最後に、私の仲間は、お前たちの中で、常に見張っているぞ。気をつけた方が良いぞ』


 手紙は、ここで終わっていた。


「…消印は、大阪か。日下、この手紙を、鑑識に回して、付着物を調べるんだ。但し、毒が付着している可能性が高い。()()、それをまず、伝えてくれ」


「は、はい。分かりました」


 日下は、手袋を装着してから、手紙を封筒に戻すと、慎重に持って行った。


「警部、新たな犯行予告ですね」


(………)

(………)


 佐久間と安藤は、無言で、首を横に振った。


「おそらく、偽情報(ガセ)だろう。皆、決して、慌てるなよ。犯人は、痺れを切らしてきたと考るんだ。だが、犯行声明が出た以上、看過も出来まい。万が一に備え、東北大学と北海道工業大学に、捜査員を二名ずつ派遣、アトロピンも持参するんだ。誰か、両大学の、対象者(ターゲット)がいるか、絞り込んでくれ。毒物学の関係者で、該当しそうな者がいれば、共通点と、出張履歴も洗って欲しい。では、解散!」


 安藤が、佐久間に、耳打ちした。


「前に、言ったことは、このことか?」


 佐久間は、無言で頷き、

「ええ、私が犯人(ホシ)なら、動揺作戦を執り、その隙に乗じて、佐藤圭一を抹殺します。具体的な大学名を出した=目を向けさせるのが目的です」


「標的の大学を、どう見る?」


(………)


 佐久間は、予め想定していた、仮説を答えた。


「おそらく、実在する人間が、該当(ヒット)します。もしかすると、この二名は、熊本県と岡山県に、出張していたかもしれません。無論、警察組織(我々)が、現場不在証明(アリバイ)を調べるために、労力を使うことも、想定してです」


「その仮説が正しいならば、相当、事件を練り込んでいるな」


「そうなります。熊本県と岡山県で犯行を実行しつつ、第三者を、万が一の時は、変わり身とすることまで視野に入れ、実行したとすれば、この殺人計画(計略)は、恐ろしく深い。犯人は、何手も先読みが出来る人物で、相当な知能犯でしょう」


「手紙には、何か、証拠が残っていると思うかね?」


「毒薬が塗ってあるかもしれません。見抜かれることが、前提だと思いますが」

 

 

 ~ 三時間後 ~


「警部、鑑識官からの、報告を読み上げます」


『手紙からは、犯人に結びつく、衣類関係の繊維類は現認出来ない。但し、手紙の裏面に、微量ではあるが、ラクトニトリルを検出。触れるだけで、数時間後に、死に至る猛毒である』


(やはりな)


「課長、犯人は、私の性格を読んでいます。試されているようで、少しだけ感に触りますが。先ほどの仮説ですが、成立する確率が、高くなりました」


「そうだな、捜査結果を期待しよう」



 ~ 数日後 ~


 捜査の結果、東北大学の薬学部教授、遠藤省一は、十月十日に熊本県へ出張し、北海道工業大学の微生物化学教授、荒井重信は、十月十五日に、岡山県に出張していたことが判明。佐久間の推理通りである。


(あからさまだな。現場不在証明を、時間を掛けて、確認しろと言わんばかりだ。…仕方があるまい)


 佐久間は、犯人の思惑通りに動くことにした。捜査員を、追加派遣して、二人の教授に対して、現場不在証明を確認するよう指示したのだ。


「警部、二人とも、現場不在証明(アリバイ)をきちんと、話せるでしょうか?」


(………)


現場不在証明(アリバイ)は、出てくるだろうが、元々、犯人(ホシ)に、目を付けられた連中だ。()()()、何かが出てくるさ。犯人の意図は、この二人を、捜査させ、時間を稼ぐことにある。任意聴取のうえ、怪しければ、身柄を確保してくれ。話は、後で、ゆっくり聞く」


(時間稼ぎで、犯人は、何をするつもりだ?東京都内で、サリンを撒くとも思えない。…やはり、その隙に、佐藤圭一を殺そうとしているのか。だが、警察病院の佐藤圭一は、死んだことになっている。情報が、どこまで漏れているかだな。…いっそのこと、佐藤圭一が死んでいなかったことにして、警察病院で、罠を仕掛けるべきか。……いや、ダメだ。リスクが高すぎる。ここは、辛抱するしかない)


 派遣された捜査員で、それぞれ、任意聴取を行なった結果、佐久間の予想通り、二人とも、当日の現場不在証明が、曖昧な点と、買春していたことが発覚し、その場で、身柄が一拘束された。ただし、佐久間の配慮で、学校関係者には、『身柄を拘束するのではなく、犯罪に巻き込まれる危険性が生じたため、身柄を確保し、保護をする』と告げたのであった。


(あくまでも、犯罪情報を、警察組織(我々)に流すか。犯人に、何のメリットがあるのかは、不明だが、拘留時間内に、決着をつけなければなるまい。逮捕までには、至らぬだろうから、猶予は、72時間か。時間を掛ける程、警察組織(我々)が不利だ。……少々、荒っぽいが、あの手を使おう)


 佐久間は、身柄を確保した荒井たちが、過去の事件と、どのような繋がりがあるのかを調べるよう、山川へ指示すると、自ら、取調べを行うことにした。


 〜 警視庁取調べ室 〜


 取調べ室に入ると、遠藤は、一瞬、佐久間を見たが、すぐに下を向いた。佐久間は、いつも心掛けている、相手を重んじる姿勢とは違い、嫌みな言動で、取調べを始めることにした。


「警視庁へ、ようこそ。東北大学薬学部教授、遠藤省一さん。どうしても、直接、話がしたくて、同席したまでです。詳細な取調べは、部下が行いますが、時間を掛けるつもりはない。あなたも、早く、大学に戻りたいはずだ。言うべきことを話して、楽になろうじゃ、ありませんか?」


 遠藤は、下を向いたままだ。


「まず、あなたは、何故十月十日、熊本県へ出張したんですか?調べたんですが、学会の予定は、特に入っていませんね?」


(………)


「黙秘ですか。では、次の質問です。あなたは、十月十日、阿蘇山麓にある、火の鳥温泉に宿泊され、そこで、未成年者を買春した。間違いありませんか?」


(………)


「実は、十月十日なんですが、崇城大学の講師が、何者かにサリンを使って殺されましてね。警察組織(我々)は、テロ対策特別チームを編成したんです。遠藤教授、あなたを『テロ首謀者』と疑っております。児童買春・児童ポルノ禁止禁止法なんかでは、ありません」


(------!)


「国家反逆罪は、どの国でも、重罪です。何せ、国家転覆の罪ですからね。どんなに軽くても、二桁は、刑務所(ムショ)の中です」


「そんな、馬鹿な。刑事さんは、何を言っている?私には、全く分かりません」


 佐久間は、聞く耳を持たない姿勢を崩さない。


「証拠は、揃っています。おとぼけは、やめた方が良い。早く吐いて、一秒でも早く、娑婆に出られるように、罪を軽くすることです。でないと、寂しく、残りの人生を、刑務所で終わらせることに、成りかねない」


「私は、国家反逆罪(テロ)など、していない!」


 遠藤は、気持ちが高ぶったまま、机を叩き、立ち上がろうとしたため、二人掛かりで、抑えつけられた。


「遠藤教授。ここには、あなたの威信が通る要素は、一ミリもありません。警察組織(我々)は、早くテロ首謀者として、あなたを、逮捕し、検察へ送致したいのですよ。国民にも、発表しなければなりませんからね」


(------!)


「ばっ、馬鹿な。そんな事、神に誓って、やってない!」


(そろそろ、半落ちか)


 佐久間は、見下すように、あざけ笑う。


「神?神も、こんな時に、誓われても、困るでしょうな。普通の質問には、黙秘しておきながら、都合が悪いことには、全力で拒絶するんですね。…日下、面倒だ。遠藤容疑者は、『テロ首謀者と認めた』と調書に記載し、終わりにしよう。これで、この事件は、完了だ。送致準備を急ぐんだ」


(------!)


「ちっ、ちょっと、待ってくれ。話す!話しますから、勝手に、テロ首謀者に仕立てないでくれ」


(………)


(完落ちだ)


 佐久間は、遠藤と向かいあって、深く腰掛けた。


「……遠藤教授。十月十日、あなたは、何故、熊本県へ行ったのですか?」


「…接待を受けた。表向きは、熊本大学と、熊本商科大学との意見交換会に出席することになっていたが、単純に、慰安旅行だった」


「どこの接待ですか?」


「知り合いの、薬品メーカーだ」


「薬品メーカー?どこの、薬品メーカーですか?」


(………)


「吐けええ---!!」


 佐久間の気迫に、遠藤は、完全に萎縮し、涙を流す。


「なっ、中村製薬です。はっ、浜松市の」


(繋がったな)


「なるほどね。遠藤教授、あなたは、その中村製薬と懇意に付き合い、接待を受け、熊本県での旅行を楽しんだ。そして、火の鳥温泉で買春した。そういう事ですか?」


「事実だが、私からお願いした訳じゃない。宿に着いたら、中村製薬(むこう)が用意してくれていたんだ。…未成年者とは、知らなかった」


「本当ですか?」


「……はい」


(………)


 取調べ室のドアが開き、捜査員が耳打ちする。


「佐久間警部、火の鳥温泉に、裏付け()が取れました」


(………)


 佐久間は、渡されたメモを確認すると、遠藤に微笑んだ。


「良かったですな、買春は事実でも、未成年者ではなかったようです。あなたは、嫌疑不十分で、拘留が解かれますよ」


「本当ですか!」


 佐久間は、静かに頷く。


「ですが、まだ、現場不在証明(アリバイ)が成立しないことには、十分ではありません。先ほど申した通り、サリンで人が死んでいます。このサリンは、中村製薬が関係していると思われ、あなたは、事件の重要参考人のままです」


「……そんなあ。どうしたら、疑いが晴れますか?」


(………)


「全てを洗いざらい、話して貰うしかありません。そもそも、どうして接待を受けたのですか?」


(………)


 遠藤は、観念して、語り始めた。


「どうもこうも、中村製薬が、一週間くらい前に、大学(うち)に来たんです。『どうしても、お近づきになりたいから、接待させてくれ』と。自社の試作薬品を、臨床データでも良いから、使って欲しい。この薬は、絶対、世界を変える力があるからと、土下座して、頼まれたんです」


「それは、どんな薬ですか?」


「アルツハイマーの特効薬です。社運をかけた薬品らしいですが、実際は、まだ使用していません」


「熱意に負けて、甘い汁を吸ってしまったと」


「……面目、ございません」


「火の鳥温泉へは、中村製薬の誰と行ったのですか?この写真の男ですか?」


 遠藤は、中村光利の写真を見ると、首を横に振り、

「女性でした。阿蘇くまもと空港で、出迎えて貰い、現地まで、案内してくれました。温泉につくと、女将に、その後の対応を依頼し、『自分がいたのでは、楽しめないだろうから』と、引き上げてしまいましたが」


「名前は、聞いていませんか?」


「聞いたかもしれないですが、覚えていません。ただ、歳の割りには、綺麗な方でした」


(………)


 佐久間は、ポケットから、中村夫妻の写真を取り出すと、女性を指さした。


「…この女性では、ありませんか?」


 遠藤は、写真を見るなり、迷わず、首を縦に振る。


「はい、間違いありません。この女性()です」


(…半信半疑だったが。…やはり、中村真央は、事件関係者(クロ)だ)


「もう一つ、教えてください。この中村光利(男性)が、あなたの元に訪れ、土下座し、接待を持ちかけた。そうですね?」


 遠藤は、はっきりと、首を横に振った。


「いいえ、初めて見ます。どこの、どなたです?」


(------!)


「中村製薬の社長です、中村光利です。覚えていないのですか?」


 遠藤は、語気を強め、否定する。


「馬鹿な、受け取った名刺は、確かに『代表取締役 中村光利』と書いてましたが、全くの別人です」


(……どういうことだ?)


「遠藤教授、もう少し、付き合ってください。あなたの元を訪れた男性は、どんな容姿でしたか?出来るだけ、詳しく、聞かせて頂けませんか?」


 遠藤は、目を瞑り、懸命に記憶を辿った。


「身長は、…一メートル八十センチくらい。少しぽっちゃりで、目つきは、…鋭い方かな。でも、物腰が低く、製薬に賭ける、情熱というか、夢を感じられましたよ」


(光利は、一メートル六十センチ、体型はやせ型で、目つきも鋭くない。……全くの別人だ)


「…そうですか。火の鳥温泉(現地)には、何時に?」


「九時に、着きました」


「随分と、早い到着ですね。観光名所は、沢山あったと思いますが、回らなかったんですか?」


「翌日に、早朝からゴルフをしました。十月十日は、温泉に着くや否や、美女がいたので。……その、つまり」


「翌朝まで、ゆっくり、愉しく、過ごしました。…と」


「…はい。年甲斐もなく、愉しみました」


「…まあ、男なら、分からないでもありません。因みに、ゴルフの同伴者は、先ほど話した、中村光利の偽物で、間違いありませんか?」


「はい。翌日のゴルフ場で、待ち合わせしておりまして、ゴルフを楽しみました。ゴルフ後、偽の中村光利()に、阿蘇くまもと空港まで、送迎して貰いました」


(これが、事実であれば、崇城大学の犯行時刻には、中村真央たちは、火の鳥温泉ではなく、崇城大学にいたことを、証明出来るかもしれないな)


「事情は、分かりました。遠藤教授は、テロ犯罪者でも、児童買春・児童ポルノ禁止禁止法の容疑者でもありません。不愉快な思いをさせてしまい、誠に、申し訳ありませんでした。ここに、深く、謝罪するとともに、私の権限で、あなたを解放いたします」


(------!)


 遠藤は、満面の笑みを浮かべ、佐久間に握手を求めた。


「ああ、ありがとうございます。…あの、…買春(この)のことは、大学には?」


「もちろん、口外は、いたしません。遠藤教授は、熊本県に旅行に行っただけのこと。あなたの身柄を拘束した時も、大学関係者には、『身柄を拘束するのではなく、犯罪に巻き込まれる危険性が生じたため、身柄を確保し、保護をする』と、話を付けております。あなたの生活は、これまでと、何も変わりませんよ、ご安心ください」


 身柄を確保された時には、『人生が終わってしまった』と、体裁ばかり考え、半ば諦めていた遠藤は、心底安堵し、大粒の涙を流した。


「遠藤教授、これからは、甘い汁には、十分に、気を付けてください。…家族のため、にもね」


「…はい。……はい、ありがとう。…ありがとうございます」


「最後の質問なのですが、北海道工業大学の荒井教授とは、面識はありませんか?」


(荒井教授?……はて?)


「学会での論文は、拝見したことがあったと思いますが、話したことも、お会いしたことも、ありませんよ」


「…そうですか。では、手続きが済んだら、東京駅まで、送迎します。帰宅旅費も、警視庁で負担しますので、ご安心ください。また、何かあれば、お力をお貸しください」


「こちらこそ、佐久間警部(あなた様)には、助けられました。どうも、ありがとう」


 佐久間は、事後処理を、日下に任せ、取調べ室を後にする。


(暗躍していたのは、中村光利(ミツ)かと思ったが、そうではなかった。中村真央は、やはり事件関係者(クロ)だが、別の男(偽物)と、手を組んでいるようだ。光利は、何も知らなかった?それとも、真実を知って、真央に殺された?…思ったよりも、厄介な展開になってきたぞ)


 深刻な事態だと判断した佐久間は、北海道工業大学教授の荒井重信に対しても、同様な手口で、荒井より事情を聞き出し、全てを把握した。


 荒井重信も、遠藤省一と同様に、無事に解放となったが、またしても、中村真央と、中村光利に扮した男性の影が、見え隠れしたのである。


 違和感を覚え、佐藤圭一に会いに行った佐久間は、中村製薬の面識を確認したところ、今度は、『中村光利本人と商談した』と、答えが返ってきたのである。


(一体、全体、どういうことだ?)


 一連の事件に、複数の中村光利。


 一体、どこからどこまでが、事件と関係しているのか。謎が謎を呼ぶ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ