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永遠の一秒  〜佐久間警部の帰郷〜(2024年編集)  作者: 佐久間 元三
思いの交錯
12/26

師走の訪問(2024年編集)

 ~ 東京都、警視庁 ~ 


 十二月に入った。


 佐藤圭一の身柄を確保して以来、犯人の動きが、ピタリと止まり、捜査一課では、安藤と佐久間が、今後の捜査方針について、意見交換をしている。


「佐藤圭一は、順調に、回復しているようだな」


「普通に、会話出来る程度には、戻ってきています。そろそろ、事情聴取をとろうかと」


「佐藤圭一は、口をすんなり、割ると思うかね?」


(………)


「正直、分かりません。佐藤圭一は、何かを、知っているはずです。かつての同僚が、二人も殺され、自分も殺されかけた。人には言えない事情があり、狙われた。だが、警察はもちろん、他人にも、知られたくない。そんなところでしょうか?」


 安藤は、佐久間を近くに呼ぶと、小声で、


「時に、内部はどうだ?警察関係者(身内)に、疑わしい者(イヌ)はいそうか?」


「いえ、今のところは。捜査中に覚えた違和感は、ありません。盗撮と盗聴も、日本大学で、途切れています」


 安藤は、もやっとした表情で、溜息をついた。


「スピード解決かと思ったが、アテが外れたな」


「サリンについては、中村光利の死とともに、動きが止まりましたので、やはり、浜松市の工場か、隠しプラントで製造していたと、考えるべきだと思います。中村光利の妻、中村真央については、静岡県警察本部(県警)で監視しているため、中村真央が、犯人の一味とすれば、今は動けないでしょう」


「それでは、膠着状態のまま、何の解決にも、ならんのではないかね?」


 佐久間が、そっと、耳打ちする。


「課長、それで良いのですよ。犯人は、動こうにも動けない。だが、暗殺計画は、続けないとダメ。すると、次は、どう動くか?」


「その顔は、何か、企んでいるな?」


 佐久間は、ほくそ笑んだ。


「私の見立てですが、犯人は、偽情報を流してくるかもしれません。陽動作戦と言いますか」


「それは、いつだ?」


「まだ分かりません。ただ、何と無く分かるんです。犯人は、知力が高い。そして、警察の出方を窺い、空振りしたタイミングで、本当の対象者を殺す」


「だが、学会リストには、もう該当者がいないんだぞ?」


 佐久間は、首を横に振った。


「いえ、まだ、一人おります」


「誰だね?」


「佐藤圭一ですよ。犯人は、もう一度、試みるでしょう。簡単には、諦めないはずです」


 安藤は、目を、パチクリさせた。


「それほど、憎い。ということか」


「その通りです。なので、ごく少数にしか、分からない場所に、匿う必要があります」


(………)


「好きに、したまえ。警視総監(うえ)に聞かれても、知らん振りしておく」


 佐久間は、無言で、頭を下げた。



 ~ 東京都中野区 警察病院 ~


「順調に、回復しているようですね、教授」


 佐久間は、単身、佐藤圭一のもとを訪れていた。


「…佐久間警部か。まだ、そんなに回復しとらんよ。身体の節々が痛くてね」


「今日は、少しだけ、お話を伺いに来ました。お分かりですよね?」


(………)


「襲われた時の状況について、どの捜査官が尋ねても、教授は、お答えにならない。元同僚である、船津大介と泉水孝太郎が、殺されたことは、ご存知のはずだ。しかし、教授(あなた)は、何も語らない」


 佐藤は、無言で、ソッポを向いた。


「当てて、みせましょうか?」


 佐久間は、椅子に座ると、佐藤の背中に向かって、静かに、考えを話し始めた。


「あなたは、犯人を知っている。しかし、警察には話せない。このことから、おそらく、あなたは、過去に違法行為をした。そして、犯人には、そのことを知られている。金銭の要求はない。何故なら、犯人は、生命をもって償わそうとしているからです」


(------!)


 佐藤の身体が、一瞬、大きく動揺を見せ、佐久間の方を見た。


「…図星のようですね。良いですか?犯人は、あなたの生命を絶つまで、何度でも来ますよ?」


「そ、そんな。儂はどうしたら?」


「白状することです。今なら、間に合うでしょう。警察組織(うちら)の中であれば、身を守れます」


(もう一息か?)


「まだ、話は続きます。あなたを含め、三人は、かつて法政大学で働いていた。しかし、ある日を境に、三人とも、他所の大学に移った。何かに、後ろ髪引かれてです。それは、おそらく、二十年前に『何かがあった』からです。時効を狙っているのでしょうが、全力で阻止します」


 佐藤は、動揺を隠せず、顔も青ざめていく。


「罪は、出来るだけ、軽い方が良いですよ。出頭と逮捕では、刑罰の量が、全く違います」


「じっ、実は………。いや、何でもない」


 佐藤は、何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ。


「なっ、何を言われても、知らないものは知らない。屋上で、たまたま休憩していたら、いきなり襲われたんだ。気がついたら、警察病院(ここ)だった。犯人の顔は、見ておらん」


(………)


 佐久間は、あえて、溜息をついた。


「…そうですか。では、仕方ありません。この話は、また次回にしましょう。お身体を、早く治してください。それと、刺客には、十分気をつけてください。警察病院といっても、犯人は、何に扮装して、いつ来るか、全く分からないのですから」


 佐久間は、椅子を片付け、部屋から立ち去る、仕草を見せた。


「ちっ、ちょっと待って。それは、ないだろう?今のは、脅しじゃないか!警備は、してくれんのか?」


(………)


「佐藤教授。善良な都民を守るため、血税が、警察組織(我々)に支払われています。私の推理では、あなたは、重要参考人(クロ)だ。身の潔白を証明しようともしない、あなたを守る、筋合いはない。善良な都民から、叱られてしまいますよ」


(------!)


「分かった、分かったから。時が来たら、ちゃんと話します。でも、今は、話せない。これだけは、分かってくれ」


「時間稼ぎは、認めません。自供するなら、今、吐きなさい」


(………)


「……言えません、どうしても」


(これ以上追い込むと、意固地になるな)


「分かりました。今のやり取りは、このボイスレコーダーで、録音していますから、今後、言い逃れは出来ません。落ち着いたら、話しますね?」


 佐藤は、黙って頷くと、佐久間は、その場で、山川に電話を入れた。


「山さんか?実は、山さんに頼みがあるんだ。他の者には、内緒で、佐藤圭一の病室まで、至急来てくれ。…ああ、そうだ。秘密裏に、佐藤圭一の身柄を隠したい」


 三十分後、山川が到着すると、山川に佐藤圭一の護衛を託し、医局に向かった。



 ~ 警察病院内 医局 ~


「捜査一課の佐久間ですが」


「どうされました?」


「佐藤圭一に関してですが、折り入って、頼みがあります」


 佐久間の様子から、担当職員は、すぐに察したようだ。


「訳ありのようですね、こちらにどうぞ」


 佐久間は、患者説明に使用される、小部屋に通された。


「ここでなら、周囲には聞こえませんよ」


「ご配慮、感謝します。では、本題のお願いです。佐藤圭一を、この警察病院から、外に移送したいのですが」


(………)


「それは、どこかに匿いたい。の意味でしょうか?」


「お察しのとおりです。まだ、被疑者という訳ではありませんが、一連の事件の、鍵になる人物なので、万が一を想定し、犯人たちから隠したいのです」


(………)


「患者は、ほぼ回復し、予後も問題ないので、警察病院(うち)としては、全責任を捜査一課(そちら)で、負って頂けるのならば、構いませんよ」


「助かります」


「それで、いつの移送を希望されますか?候補の病院なら、いくつか紹介出来ますが?」


「全てを秘密裏に行いたいので、今すぐにでも、移送出来れば、助かります」


「今すぐ、ですか?」


「今、すぐです」


(………)


(………まあ、普通に歩けるし、大丈夫だろう)


「普通に移送する場合でも、救急車の手配やら、何やら、時間がかかります。でも、まあ、佐久間警部の頼みなら、仕方が無いですね。いっそ、死んだことにしましょうか?」


「死んだことですか?」


「ええ、容体が急変し、死んだことにするのです。これなら、堂々と遺体安置室に運べて、裏口から外へ出ることが可能です。あまり、使いたくない手では、ありますが」


「それで、結構です。病院手配も、こちらで考えます」


「では、その段取りでいきましょう。口の堅い看護師がいるので、協力を仰いで、助力するよう手配しておきますので、後は、お願いします。医局は、申し訳ないですが、知らん振りさせて貰います」


「十分です、ありがとうございます」



 ~ 警察病院内 病室 ~


「山さん、待たせたね。話がついたぞ」


(話?)


「佐藤圭一を、警察病院から、移送する算段がついた」


「それは、一体、どう……」


「コン、コン」


 佐久間が、山川に説明する前に、早速、看護師が、ストレッチャーをもって、入室してきた。


「看護師の佐倉です。今から、『遺体安置室』へ行きますので、こちらにどうぞ」


(------!)

(------!)


 佐久間が、慌てて、説明する。


「時間を掛けたくないので、手短に話す。今から、『佐藤圭一は、急変し、死亡した』ことにする。そして、遺体安置室へ向かい、裏口から、病院の外へ出る。顔は、布で隠すが、決して声を出さないでくれ」


 突然に出来事に、山川はもちろん、佐藤圭一も、苦笑いするしかないようだ。


「ええと、儂は、死んだ振りをすれば、良いんだな?」


「他の患者さんに、感づかれるので、口呼吸はダメです。鼻で、ゆっくり、静かにです。腹式呼吸されると、シートが上下し、バレてしまうので、絶対にやめてくださいね。人が側に来た時は、『ン・ンン』と合図するので、呼吸は止めるよう、お願いします」


「はい、分かりました」


「という訳で、山さん。捜査車両を裏口へ回しておいてくれ」


「分かりました、では、後ほど」


 山川が、慌てて、病室を出て行く。



 ~ 十分後 ~


「そろそろ、行くか。皆、頼むぞ」


「エレベータに乗れれば、大丈夫です。それまでが、勝負です。気を引き締めてください」


 病室から廊下へ出ると、何名かの患者はいるが、遠くから、こちらを見るだけで、問題ない。『誰かが、亡くなったのだろう』と分かっても、近づくことはなく、佐久間は、安堵しながら、エレベータを目指した。


(良いぞ、これなら、うまくいきそうだ)


 その時である。


「あれっ、佐倉?」

「どこの患者さん?」


(------!)

(------!)

(------!)


 エレベーターまで、あと5メールの距離で、他の看護師たちが、ストレッチャーに気がつき、佐倉に寄ってくる。


(まずいな)


「えーと、安置室への移動(それ)って?急患のこと、何も知らないんだけど?」

「おかしいわね、ナースコールも、鳴ってなかったよね?」


(………)


「ン・ンン」「ン・ンン」


 佐倉は、合図をすると、神妙な面持ちで、話し始める。


「先程、303号室の、佐藤さんが亡くなったの。菊池先生が診てくれたんだけど、ダメだった」


「303って、あの、患者(クランケ)さん?…そう、ダメだったの……。そちらの方は、お身内の方?」


「警視庁捜査一課の者です。『容体が急変した』と、聞いて駆けつけたんですが、間に合いませんでした。せめて、遺体安置室で、ご家族と、お話をしようと思いましてね。無理を言って、同席させて頂いています」


「そう……なんですか?佐倉、手伝う?」


「大丈夫よ、菊池先生からも、『忙しいけれど、一人で頼めるかい?』って、お願いされたし、二人は、別の患者さんを手伝ってあげて」


「でも…」


「ほら、あそこの患者さん、何か困った顔して、こっちを見ているよ」


 二十メートル程、離れたところで、松葉杖をついた男性が、うまく歩けず、困っている。同時に、ナースコールも入ったようだ。


「私が、行くわ。あんたは、202号のナースコール対応をお願い」

「分かった、じゃあ、任せるわ。刑事さん、失礼します」


「ええ、お構いなく」


 二人の看護師は、慌てて、その場から去っていく。


 何とか、無事にエレベータに乗ると、全員が、大きく溜息をついた。


「佐藤さん、呼吸して良いですよ」

「はあ、はあ、死ぬかと思った。はあ、はあ」

「ダメかと思いましたよ」


 何とか、遺体安置室へ入ると、佐藤圭一は、身支度を整える。呼吸が落ち着くのを待って、裏口へ回り、山川の車に、佐藤圭一が乗り込んだ。


「では、山さん。後は、頼んだぞ。匿ったら、当面の間、少数で監視するんだ」


「承知しました、お任せください」


(当面は、これで大丈夫だろう。さあ、これで、犯人はどう出るか、見物だな)


 佐久間と佐倉は、捜査車両が上り坂から消えるまで、見送った。



 ~ 警視庁捜査一課 ~


「ただいま、戻りました」


「佐久間警部、お客さんです。応接室にお願いします」


(客?)


「誰かな?アポイントは、なかったはずだが?」


 応接室に顔を出すと、見知った男が、腰掛けている。村松泰成である。


「おお、佐久間。急にすまないな」


「驚いたぞ、どうしたんだ?」


「光利の葬式、来なかっただろう?ちょうど、東京都内(こっち)で、会合があってね。みんなの集合写真を、届けに来たんだ」


「それは、申し訳なかった。もう、業務終了(あがり)の時間だから、一杯どうだ?今夜は、静岡県()に帰らないんだろう?」


「ああ、品川のホテルを予約しているからな。そのつもりだよ」



 ~ 文京区お茶ノ水 居酒屋 〜


「いやあ、ビックリしたよ。警視庁って聞いていたから、総務課に行って、尋ねてみたら、佐久間(お前)の名前を出した途端に、VIP扱いされたよ。警視庁(ここ)で、有名な警部だってな。何故、あの時、教えてくれなかった?」


「自慢することではないし、別に、大したことでもないよ」


 佐久間は、集合写真を眺めて、頬を緩める。


「みんな、老けたな。櫻井先生は、元気そうで、嬉しいよ」


「櫻井先生、お前に、とても会いたがっていたよ」


「…そうか。なあ、泰ちゃん。あれから、光利の自宅に行ったか?真央ちゃんが、心配でね」


「何度か、様子は見に行った。…お前、光利の工場を調べたんだって?」


「別件での、捜査でな」


「あまり、真央ちゃんを、悲しませるなよ?光利の工場が、何かあったのか?殺されたのも、経営に絡んでなのか?」


(………)


「うーん、話したいのは山々だが、守秘義務があるからな、申し訳ない」


 佐久間は、申し訳なさそうに、日本酒をすすめる。


「守秘義務じゃ、仕方が無いな。でも、何か、疲れた顔をしているぞ?捜査一課は、そんなに忙しいのか?」


「事件があると、どうしてもな。泰ちゃんだって、司法書士(本業)、忙しいだろう?」


「俺は、自由奔放主義(マイペース)だからね、そうでもないさ。でもよ、もう、お互い若くない。健康には、気をつけようぜ」


「そうだな」


 二人は、改めて、乾杯する。


「光利、今頃、どこら辺に、いるのかな?」


「きっと、楽しく、サッカーしてるさ」


「…良い奴だったな」


「…良い奴だった」


 中村光利の思い出話で、二人は、その後も、しみじみと、酒を酌み交わす。


 せっかくの酒であったが、中村光利のことを思うと、いくら飲んでも、酔えなかった。


 

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