帰郷(2024年編集)
久しぶりに書きたくなったので、少しだけ加筆修正します。
タイトルロゴに、(2024年編集)と書いてあるものが、加筆修正が済んだものです。
物語自体の改変は、あまりしないので、先が気になる方は、ご自由にどうぞ。
静岡県浜松市浜北区。
かつては、浜北市であったが、2005年の市町村編入によって、合併された地である。
佐久間は幼少時代、この地で育ち、いつか戻ってきたいと思っていた。捜査が一区切りしたことを機に、英気を養おうと、家族に声を掛けた。日頃から、家に殆どいない、佐久間の提案に、家族は大いに驚き、そして、素直に喜んだ。子供たちは、「お父さんの気が変わらないうちに、早く行こうよ」と母の千春にせがんだが、千春は「静岡は、逃げません」と一蹴した。
(まいったな)
佐久間も、家族サービスが出来ていないことを、重々分かっていて、「寂しい思いをさせて、ごめんな。せめて、おいしい食べ物を、たらふく食わるから」と苦笑いするしかなく、それを見た子供たちは、「絶対、約束だよ。僕、クラスで、旅行のこと自慢するからね」と足早に、部屋に戻っていく。
「あらあら、もう旅行準備するのかしら?あの行動力は、…あなたに、似たのかもね」
千春も、まんざらでもないらしく、子供たちの後を追った。
(………)
佐久間は、縁側で、タバコに火をつけると、静岡の夜空を探した。
~ 東京駅 ~
「ねえ、お父さん。駅弁を二つ、買っても良い?」
「もちろんだ。駅弁を食べるのが、新幹線の醍醐味だからな」
駅弁は、子供の目線高さに、陳列しており、自ら、選べるのが嬉しい。目移りしながらも、子供たちは、釜飯と焼売弁当を手にとり、千春に手渡すと、さっさと、店外へ出て行く。
(…即決か。誰に似たのだろう)
「あの子たちをお願い」と、目で合図された佐久間は、慌てて、後を追う。
「幕の内弁当を頼む、絶対だぞ」と言い残して。
(あらあら)
普段とは違う亭主の姿に、思わず、微笑む千春であった。
~ 浜北区の小学校 ~
澄み切った、そして、少しだけ、初秋の懐かしい風が、肌に触れる。
昔、佐久間を育んだ建物は、色褪せたとはいえ、当時の面影のままだ。
(校歌の記念碑も、敷き詰めている丸い石も、日が当たらない玄関も、体育館の通路も、風化したとはいえ、他には、何も変わっていない。…昔のままで、嬉しいな)
校庭に造成された、小盛りの丘に、競い合って、駆け上がった。ジャングルジムの天辺で、周囲の景色を確かめている、子供たちの姿が、何よりも嬉しい。
(ささやかな希望が、叶ったな)
子供のように、はしゃぐ佐久間を、千春は、『珍しいわ』と、シャッターを切った。いつもの佐久間といえば、昼夜問わず、誰かと電話するか、すぐに、呼び出されてしまう。夫婦の会話は、普通にあるが、目の奥では、『事件を追いかけているな』と、時折、感じることがある。普段から、言葉使いがきれいな佐久間からは、想像もつかない。
(これは、中々、貴重ですな、後で、氏原くんに見せよっと)
一通り、遊具を満喫した佐久間は、しみじみと、子どもたちに語りかける。
「パパは、昔、母さんに叱られて、あの家から、追い出されたことがある。それで、この場所で、同じように三角座りして、あの家を眺めた。しばらくすると、母さんや兄貴が、パパの名前を呼びながら、真っ暗なあぜ道を、懐中電灯で照らしながら、探していたな。『お前は、もう家の子じゃない、出て行け』と言われたものだから、パパも、意地を張って、この場所に蹲ってさ、『寂しさで、押し潰れそうになる気持ち』と、『帰ってやるもんかっていう、意地っぱりの気持ち』が混ざって、一人切りで、オンオンと泣いていたな。お前たちには、分からないかもしれんがな」
「……あなたも人の子ね。山川さん、今のあなたを見たら『ほおぉ』って顔するわね」
無邪気に、丘を駆け下りる佐久間。
「良いんだよ、たまには。戦士にも、休息は必要だ。なぁ、絢花、智己!」
「まあね。でもパパ、はしゃぎ過ぎじゃない?ママのあの顔、どう見ても、引いてるんじゃない?」
「故郷とは、こうまで人を変貌させるのね。…びっくりだわ」
「君だって、はしゃぐことはないのかい?」
「故郷って、言われても。だって、千葉県で、電車で、30分で行けるし」
「まあ、そうだな。……そうだ、あそこに、タイヤの跳び箱があるだろう?パパさ、小学生の頃、あの跳び箱で、ふざけて片手飛びしたんだけれど、全体重が左手に掛かってさ、骨にヒビが入って、のたうち回ったんだ。…ということで、今度は、タイヤの跳び箱で、記念撮影だ!」
一目散に駆けていく、そして、初めて垣間見る、無邪気な父親の背中。
絢花と智己は、互いに顔を見やると、夢中で背中を追った。
「すまないが、ここでも、写真を撮ってくれないか?」
「はいはい、分かりました。何枚でも、お撮りしますわ」
校庭を走り回る、子供たちを横目に、ブランコに腰掛け、佐久間は思いを馳せる。
「……故郷って、ありがたいなあ。日頃のストレスが、嘘みたいだ」
千春は、秋風で乱れた髪を、そっと直しながら、微笑んだ。
「今までが、忙し過ぎたのよ、きっと。だから、あなたも帰郷したくなった。……二人とも、パパと並んで、ブランコに乗りなさい。写真を撮るわよ」
「はーーい」
「分かった」
その時である。
「あの、失礼ですが。…もしかすると、佐久間さん?」
(------!)
足で、地面に「ズズズッ」とブレーキを掛け、思わず後ろを振り向く。自分と同い年位だろうか?一人の中年男性が、恐る恐る、こちらを窺っている。
「そうですが?」
(…どこかで見たような)
「やっぱり!俺だよ、俺。泰成だよ、分かんないかな?」
(------!)
「泰ちゃん?本当に?あの村松泰成?」
「その通りだ!いやー、久しぶりだなー!びっくりしたぜ」
「私もだ!」
佐久間は、熱い抱擁を交わすと、家族を紹介した。
「泰ちゃん、妻の千春に、長女の絢花、それと長男の智己だ。千春、こちらは、村松泰成さん。昔、サッカーしたり、ファミコンやったり、缶蹴りしたり。…とにかく、日が昇って、日が落ちるまで、毎日のように遊んだ仲間さ」
「初めまして、妻の千春です。主人がお世話になってます。さあ、あなた達も挨拶しなさい」
「初めまして、絢花です」
「…智己です。パパ、ファミコンって何?」
「昔、流行ったゲーム機の呼び名さ」
「パパが、ゲームする姿ってさ、想像出来ないんだけど。お姉ちゃんどう?」
「うーん、全く、分かんない」
絢花も、同意見だ。
「どうも初めまして、村松です」
村松泰成は、子供たちの頭を撫でながら、
「なあ、佐久間。一体、何年ぶりぐらいだ?」
「…二十年ぶり?……くらいかな?」
「ふた昔か。時が経つとは、このことだ。…どうだ、故郷の空気は?」
「格別だよ。…それより、泰ちゃん。何故、小学校に?」
村松泰成は、ほくそ笑む。
「お前と、一緒だ」
(……?)
「ほれ、あそこのウサギ小屋に、子供がいるだろう?…俺の、息子さ」
「お互い、年取るわけだ」
「どうしても、自分と、同じ小学校に通わせたくてな?…思い切って、東京からUターンしたんだ。今は、小林に住んでいるんだ」
(------!)
「東京にいたのか。どこに住んでいた?」
「下北沢だよ」
「私も、下北沢に住んでいたぞ。どの大学に?」
「明治大学の、法学部だ」
「泰ちゃんは、昔から、賢かったからな」
村松泰成は、少し照れ臭い表情で、
「辞めてくれよ。今は、実家を改装して、司法書士をしている。…お前は?」
「警視庁に、進んだよ」
(警視庁…警察官か?)
「高校から別々だったから、全然分からなかったよ。それにしても、まさか、警視庁とはね」
二人は、大笑いしながら、再び抱擁をする。家族は、普段とは違う佐久間の姿に、目を見張った。
「なんか凄いね、あの二人。ねっ、ママ?」
「…そうね。でも、何だか、私たちも嬉しいね。パパのあんな顔、初めて見るものね?」
「うん。いつもは、冷静で静かなパパだもん。こっちのパパも、中々良いよ!」
「あなた、ウサギ小屋見てくるわ。ほら、行きましょう」
懐かしそうに、会話を弾ませる佐久間を気遣い、千春たちは、席を外した。
佐久間は、千春の気遣いに感謝しつつ、他のクラスメイトについて、近況を聞きたくなった。
「静岡県を出てから、クラスメイトの情報がないんだ。中村、深見、櫻井先生は、どうしているかな?」
「中村光利は、昔、住んでいた道本から、浜名湖の畔の、細江町に移り住んでいる。親父さんの工場を継いで、医療品関係だったかな?奥さんは、何と、真央ちゃんだ」
(真央?)
「真央って、あの真央ちゃんか?…確か、ずっと、お前が好きだった?」
「ああ、光利の野郎に、取られちまった。……まあ、それは良いさ。今の妻とでないと、息子は産まれて来なかったわけだから。…どこまで、話したっけ。……ああ、深見ね。深見和生は、都内の大学で、確か准教授していたな。大学名は、確か……。忘れたよ」
「櫻井先生は?」
「櫻井先生は、隣の磐田市で、ずっと教鞭取られていたな。今は、確か教頭で、来年の3月で定年だよ。同窓会を開いたら、来てくれるか?」
「ああ、もちろん。みんなに会いたいな」
「じゃあ、絶対に連絡するから、住所を教えてくれ。光利のやつ、喜ぶぞ。何せ、結婚式の当日まで、お前の行方を捜していたからな。『佐久間の居所だけが、分からない』ってさ」
「……それは、悪いことしたな。こちらからも、連絡とってみるよ」
「そうしてやってくれ。……今日は、お前に会えて良かった、じゃあな」
「ああ、またな」
村松泰成は、佐久間の肩をポンと叩くと、千春たちと挨拶を交わして、去っていく。
佐久間は、時代の経過を噛みしめながら、去りゆく旧友を見送ると、
「昼ご飯は、ここから少し遠いが、うなぎを食べに行くぞ。天龍市内に、昔ながらの名店があるんだ。浜名湖で獲れた天然のうなぎは、びっくりする程、美味しいぞ。何と、二重底のうな重だ」
うなぎが大好物の子どもたちは、『キャッ、キャッ』とはしゃぐと、千春の手を取り、駆け出そうとする。
「早く食べに行こうよ、お腹減ったよ」
「はいはい、分かりました。……あなた、小学校は、もう良いの?」
「…ああ、十分すぎる程、嬉しかったよ。午後からは、子供たちが、楽しめる所を案内するよ。私本位で、申し訳ないがね」
「あら、いつもの佐久間に戻ったわ。捜査一課は、今頃、クシャミしてるわよ」
~ 東京都、府中市山中 ~
「へー、くしょん」
「風邪ですか、山川さん」
「……いや。多分、誰かが噂してるんだ。ところで、機動捜査隊は、まだか?」
捜査要請を受けた山川たちは、東京都府中市の、とある山中に来ている。
現場は、道中から外れたところで、一筋縄ではいかず、難儀している。
沢をくだることになった山川たちは、苦悶の表情で、木の枝を払い、蜘蛛の巣を避け、堆積した落ち葉に、足を取られながら、慎重に歩を進める。
歩を進める度に、足が埋まり、靴に腐った落ち葉が入る。
(くそっ)
「何で、こんなに辺鄙な場所で、被害者が出て来るんだ。どうみても、長靴がいるぞ」
日下が窘める。
「仕方がないですよ。簡単に見つかる所には、人は埋まっていませんから。…それより、あと少しです。ほら、あそこに、機動捜査隊が見えますよ」
山川と日下は、やっとの思いで、人なき道を下り、川沿いに着いた。開けた場所で捜査している、機動捜査隊に合流した。
「お疲れ様です。第二機動捜査隊所属、橘です」
山川は、苦労した顔を見られたくないのか、ハンカチで汗を軽く拭うと、威厳を見せる面持ちで、橘に答えた。
「ああ、お疲れ様。お前たちも、苦労したな?…ところで、被害者は?」
周辺を見渡し、ふと、警察犬がいる所に目を向けた。
警察犬がしきりに吠え、六名の機動捜査隊員と、所轄署の警察官たちが、懸命に、地面を掘り起こしている。
(…あそこか?)
「はっ。本日、七時二十分頃。110番通報で、こちらに駆けつけたところ、身元不明の、白骨化死体を発見。今、鑑識官たちによる、証拠保全中です」
(………)
「そんなことは、見れば分かる。それより、第一発見者は?」
「あそこの老夫婦です。山菜採りに、早朝から山に入り、川沿いの、この場所で休憩しようと、たまたま立ち寄ったところ、躓いて、転んだ拍子に、人骨らしきものを発見したと」
(……たまたまね)
「状況を詳しく聞いてみよう。日下は、橘くんから、他の情報を得てくれ」
「はい、分かりました」
山川は、わざと、不信感を醸し出しながら、第一発見者に歩み寄る。山川の悪い癖である。
第二機動捜査隊所属の橘は、山川が、いなくなったのを確認し、日下に囁いた。
「…あの、日下さん?」
「はい?」
「いつも、あの人は、あんな感じですか?高圧的というか、横柄というか」
(………)
「佐久間警部が不在で、イライラしてるんだよ」
(ああ、それでか)
「佐久間警部なら、気さくに、意見を聞いて貰えるし、機動捜査隊の中でも、佐久間警部に当たると『ラッキー』って、心の中で、ガッツポーズします」
「まあ、佐久間警部を、悪く思う人はいないな。部下からの信頼も厚いし、上層部からの、評価も高いし。きっと、ああいう人が、警視総監になれるんだと思うよ」
「僕も、捜査一課に入れば良かったかな。機動捜査隊の仕事って、その場で解決出来ないものが、多いじゃないですか。大抵、捜査一課にお願いすることになるし。モヤッとした感が、結構あるんですよ」
(………)
「まあ、気持ちは、分かります。でもね、ここだけの話、捜査一課で、何でも解決しているというのは、大きな声じゃ、言えないんですがね、少し語弊があります。解決する=ほぼ、佐久間警部の推理による賜物なんです。…驚かれるかもしれませんが」
「そんなにですか?」
「…ええ、そんなにです。犯人の行動心理、行動分析を、プロファイリングするんです。言わずと知れた、スペシャリストですね」
橘は、心底、感心した。
「上に立つ人間は、やはり、何か特異性がないと、ダメなんですかね?」
「僕の知る限り、佐久間警部は、どの能力も、トップクラスだと思います。だから、あの人を見ていると、自分に足らないものが、嫌と言う程、分かります」
鑑識作業が終わり、山川に声を掛けようと、日下が、振り向いた時である。
「…どうせ、俺は、人望ないよ」
(------!)
(------!)
後の祭りで、山川が、不機嫌な表情で、二人を睨んでいる。
「い、いやあ、山川さん。これはですね?」
(……ふん)
「まあ、良いさ」
「あ、あの、山川さん。第一発見者から、何か、有益な情報を、引き出せましたか?」
橘も、話をすり替えようと、必死だ。
「いいや。……ただな、今回、遺体が埋まっていたところは、過去にも、同じことがあったんだと」
「同じって、この場所に遺体が?」
「ああ、そうらしい。だから、地元の人間とか、山菜採りの連中は、余程のことがない限り、休憩しないそうだ。気味悪いからな」
「はあ、そんなことが」
山川は、経緯を話しつつ、地形に関して、持論を展開する。
「事件性を抜きで考えると、この場所は、地形的には、休憩に適しているぞ。山中にしては、スポット的ではあるが、平場で開けているし、川沿いだ。迷ったら、沢を下れば、麓に出られるしな」
「そう言われてみれば、おかしくはないですね」
鑑識官が、山川に、中間報告に来た。
「山川刑事。被害者は、どうやら女性ですね」
(まあ、骨の大きさから、そうだわな)
「死後、どのくらい経過しているか、分かるか?」
「とりあえず、科捜研で調べてみないと。でも、おそらく、科警研生物第二研究室でしか、個別識別は、出来ないでしょう。…かなりの年数が、経過していると思います」
(科捜研か)
「…山川さん、氏原さんに、連絡しますか?」
山川は、首を横に振る。
「氏原に、直接、話が出来るのは、佐久間警部だけだ。そもそも、薬物判定が専門だしな。ちと、面倒だが、公式な手続きで、依頼しよう」
(………)
日下は、山川の判断を、『佐久間警部なら、どうするのだろう』と考えながら、ふと、前方の黒い石碑が、目に入った。
「あの、山川さん。あそこに、何か、石碑がありますが?」
(石碑?)
山川たちは、日下が見つけた石碑に近づき、調べようと、手を伸ばした。
「ダメですよ、無闇に、近づいては!」
老夫婦の声だ。
「近づいてはダメ?どうしてですか?」
「あの石碑は、誰が建てたのか、分かりませんが、『触った者は、皆、不幸な死に方をした』と言い伝えがあります。だから、悪いことは言わない、やめておいた方が良いですよ」
(馬鹿馬鹿しい)
「おい、日下、試しに触ってみろ」
(------!)
(------!)
二人は、顔を合わせ、生唾を飲む。
石碑に一歩、また一歩近づく。
禍々しい負のイメージが、日下の脳裏を支配し、足が止まる。
「…山川さん、やめておきましょう。言い伝えには、尾ひれがつきますが、実もあるはず。何かヤバイ気がします」
「橘くんは?触ってみるか?」
橘も、即、否定した。
(つまらんな)
「…とりあえず、鑑識作業も、大方完了したようだし、捜査一課に戻るぞ。『科捜研の報告を待つ』と担当者へ、申し送りしてくれ」
「了解しました」
こうして、山川たちは、現場検証を終えたのだった。
(警部、緊急性は、高くなさそうです。ゆっくり、お休みください)
辺りは、早くも、日が落ち始めていた。