覚醒
遂に覚醒です。
ようやく。長かった!
それでは、名前のない英雄。どうぞ
PS、身体中痛い
「まだ身体がだるい」
上半身だけでは一回で進める距離が短い。
早く脚を動かせるように、血を作らないと。
そう願うが薬の効果は期待できない。
そもそも効果があれば今頃血を吸われたりなんてしていないはずだ。
「瞳の魔眼にやられてたとしても、一方的に吸われることもなかったろうしな」
吸血鬼は人間に対して最も強い種族である。その事は熟知している。
本で読んだことがあるだけでなく、実際に戦って心身ともに分からされている。
だが、その瞳に、牙に。特殊な能力とも呼べるものが備わっていたなんて。
「瞳は異性を虜にして黙らせ、牙は吸った者に独自の印を与えて支配下に置く。どれも対人間能力で、そんなことをされたら人間は敵わないはずだ」
しかも、もしかしたらその事実を知っているのは紫陽、ただ一人の可能性だってあった。
なぜなら、その話を初めて知ったから。
読んだことのある本にはこの事は一切書いてなかった。
他人からも聞いたことがない。
「いや、そっか。その事実を知る頃には、支配下に置かれるか、死ぬかのどちらかしかないのか」
なぜ聞いたことがなかったのか、少ししてから納得のいく答えが出て、府に落ちる。
皆普通の生活に戻ることが出来なかったからだ。
吸血鬼や異世界人の住む、壁の外へ連れていかれ、そのままそこで過ごすから。
人生を終えるから。
こちらには戻ってこないからこそ、その事実はこちらでは漏洩しない。
と、思考に耽っていれば薄暗い通路からすれば、目が眩むほどに明るい光が見えた。
武器庫だ。
「……あれ、脚も……動くかも」
武器庫の手前に着く頃には、歩けるほどには身体に血が満ちたようだ。
噛まれた痕も、注射も、撃たれた脚の傷もようやく塞がって、
「でも、立つのはまだ辛いか」
壁に体重を少し預ければ立つことが出来た。
支えがなくては歩けない。
こんな『英雄』が居てたまるか、なんて自虐的なことを考える。
「……って、これは。武器庫と言うより──」
──宝物庫では?
と、紫陽は武器庫と称された部屋のなかに広がる景色を見て放送で言っていたことを考える。
『私がここから武器庫のロックを解除するわ、だから貴方は、どうにかそこまで行って』そう、先生は言っていたはずだ。
しかし、目の前に広がる景色は武器。というよりは、装飾品に見える。
指輪。
髪飾り。
耳飾り。
首飾り。
腕輪。
など、武器と呼ぶには些か語弊があるように思えた。
「いや、でも先生が嘘をついたとも思えないし…………」
もう一度室内をみる。
黄色じみた照明が煌々と照らす中、透明なガラスケースに入れられ、飾られているアクセサリー。
「……あ、あれか?」
唯一武器と呼べるものと言えば、壁に掛けてある細い剣のみだ。
柄の青黒さ以外、すべて銀色に染まった剣。
だが、それすらも武器として戦うには無理な代物だと、近づいて見ればわかる。
「剣が半ばで……折れてるのか」
どうやら、正面から見る分には立派な剣にも見えるようにホロを被せていたようで、いざ下から見れば剣は半分に。
それも下から斬りあげられたような形で先端部分が無くなっていた。
「……いやぁ、無いよりはマシ。だろうけどねぇ、そんなんじゃ吸血鬼は殺せないね」
と、殺意のない、この世に飽き飽きしているような声が後ろから聞こえ、腰を落としつつ警戒して振り返る。
「死んだはずでは?」
声の主はやはり、へらへらしていた。
実際に笑みを浮かべているわけではないが、それに近い表情を浮かべている。
ベール。やつはそう呼ばれていた。
そのベールは、紫陽の目の前で身体を貫かれていたように思えたのだが、その穴は塞がっているようで、残っているのは破けた服の跡だけだった。
「いやぁ、まさか。あんなんで死んでたら僕たちは死ねない自分達に絶望なんてしないさ」
「……あの女の吸血鬼は」
「逃げたよ。さすがに、他人の眷属の血をあれだけ飲んだら無事ではいられないでしょ。僕たちにとっての唯一の毒と言っていい」
そういえばあの女は大量に血を吐いていたなと、紫陽は視線を落とす。
「僕たちの牙にはね、支配下に置くことや吸った対象の血を綺麗に保つ作用の他に、支配した相手が吸われたいって思えるように少し発情させる効果とか含んでる印を残せるようになってる。同時にその印がある限り他の吸血鬼が、血を無理やり吸った場合は殺すほどの猛毒にも変わるようになっているんだ」
自分が噛みつかれ、吸われた以上にやつは嘔吐していた。
それは、紫陽の血がやつにとっては毒だったからだろう。
「………………」
矛盾はしていない。
あの女は四肢の末端から、灰になるかのように脆く、口元は火傷していたように見えた。
「だから無理矢理人間から血を吸う必要もない。……普通は噛む前にわかるんだけどね。彼女には見えなかったみたいだけど、なにかにとりつかれていたのかなぁ──」
と、ベールは自分の犬歯を指差しながら話続けた。
「……じゃあ、あんたはなんのためにここに来たんだ?」
が、あえて遮るように紫陽は声を出す。
やつは俺を殺すつもりはない。そう言った。
だが、実際はこうしてここまで着いてきている。
そして、やつにとっても紫陽の血は毒であることには代わりがないはずだ。
口ぶりからして無理矢理ではなければ飲める。と、言う風にも解釈はできないが、自分からやつに血を差し出すことなんてまずない。
あり得ない話だ。だからやつも吸うことはできない。
それはやつ自身が分かっていることだろう。
なら、やつは血を目的としてここへは来ていない。
なにか他に、理由があるはずだ。
「──だから言ったでしょ。僕は君を殺さないためにここにいるって」
「信用できないな。それなら僕から薬を奪おうとした理由が分からない」
薬を打ってから既に時間は二〇分ほど経過していた。
普通ならもっと時間がかかるかもしれない。
だが、痛いほどに脈を打っていた心臓。
それは強制的に薬を身体中に巡らせるための副作用だと、考えられた。
現に今は激しい鼓動はない。
いつも通り、ゆっくりと動いている。
「いやぁ、あれは本当に君を心配して───」
話の途中でベールが目を細め、後ろを軽く睨む。
耳が音を拾っているのか、少し動いていた。
「あら、まだ残りの部隊が居たんだね。もしくは、彼女が用意したのか」
「……つまり、ここに他の吸血鬼が来ると?」
「正解。ちなみにあと一分もしない内に到着する。助けてあげようか?それとも、君自身が戦う?それともそれとも共闘する?どちらにせよ戦うならまずは──」
「──武器をとらないと。だろ?」
戦うための武器。
もう一度部屋を確認する。
目が捉えるものは、やはりどれも装飾品のみで、唯一の武器は後ろの剣のみ。
折れた剣だけだ。
つまり、先生はこれを手に取れと言っていたことになる。
が、こんな剣で斬れるのだろうか。
目の前の吸血鬼はそんなんじゃ勝てないよ、と言っていた。
「けど、やるしかない」
右腕を伸ばす。
正直怖かった。
武器を手にしたところで、勝てると決まっているゲームなら迷わず手に取った。だが、現実はこれを手にしたところで、英雄になる薬を打ったところで、勝てるわけでもなければ超人的な力が手に入ったわけではない。
なんなら薬を打った直後に吸血鬼に屈服された。
「……あれ、なんで──」
敵が迫ってきているというのに、右腕が剣に届かない。そう、自覚して腕を見ると、その腕を左手が掴んで阻んでいた。
武器を取ろうとする右腕と、それを拒む左腕。
あと少しだというのに、それ以上は自分の意思で動くことが出来なかった。
「くそ、また……っ!」
足腰に力を入れて右腕を押し出そうとする。
だが、左腕だけがそれだけはさせないとピクリとも動かない。
「……なっ!?」
トンッと誰かに背中を押される。
固まっていた身体は、押されたことに反応できず、体勢を崩す。
拒んでいた左腕が壁に手を着くよりも前に右手が剣に触れる。
触れた瞬間、ドンッと一回。
心臓がまた大きく動く。
「はい、時間切れ。恨むなら生きて帰ってから恨んでね」
へらへらと、人生に飽きたような声がすぐ後ろから聞こえる。
紫陽はベールに言葉を返す暇もなく、なにかに飲まれるように意識を失った。
『……部屋に居るものは皆殺しにしていい』
そう、我々はあの御方から命を受けてここまできた。
敵の基地へ潜るには少ない一五体。
だが、先に他の部隊がここを襲撃したあとのようで、ここまで攻めるのは苦ではなかった。
手負いの兵士。
それを治療するためにきたスタッフ。
生き残った非戦闘員の研究家たち。
むしろ笑えるほどに簡単で、楽な任務だとさえ思っていた。
『──このまま突撃するぞ!』
先頭のやつが、部屋へ飛び込む。
私は後ろの方にいたため中の様子はまだわからない。
わからないが、咄嗟に横へ私は動いた。
なぜなら、大きく、輝きを放つ線が迫ってきたから。
『な、なんだあれは!?』
光に飲み込まれながらも誰かがそう、驚いたように叫んだ。
それは私も思った。
なんだあれは、見たことがない。と、目の前で起こった現象に疑問を持つ。
が、閃光が消えたあと、すぐに何が起こったのか理解した。
回避した全員が剣を抜く。
『敵襲だ、構えろ!』
光に飲まれたやつらは、残念だが脚だけを残して死んでいた。
いや、ある意味幸福なことなのかも知れない。と、私は思う。
吸血鬼は通常の攻撃を受けても、まず死なない。
腕が千切れようと、頚をはねられようと、専用の呪いを込めた攻撃でないと死ぬことが出来ないのだ。
『敵は、一人だ!遠距離攻撃にさえ対策していれば……グハッ!?』
また一体消えた。
しかし、今度は閃光による攻撃ではない。
投擲された槍に、貫かれ死んだ。
心臓を確実に穿ちにきていた。
その上で、吸血鬼を殺す呪いが込められている。
『……(これは、逃げるべきなのでは)』
吸血鬼になってからまだ八〇年。
我々はなってから年を重ねるごとに強くなる種族だ。
だが、その私より強いはずの吸血鬼がすでに四体。
一瞬にして死んだ。
後方にいた私は光をたまたま避けられたが、先頭付近にした一〇〇年以上生きていたやつらが死んだ。
『武器がない今行くぞ!』
三体の吸血鬼が飛び出す。どれも名の知れ渡った吸血鬼で、獲物のない相手に負けることはないだろうと、安堵する。
「……次」
しかし、聞こえた声に得たいの知れない恐怖を抱いた。
声が、二重に聞こえるのだ。
一つは、若い男の声。
もう一つは、人間で言うところの二十歳を超えた者の声。
辺りを見渡すが近くにはいない。
居るのはたぶん、部屋の中のはず。
と、そこで、槍が消えていることに気がついた。
『な、なぜいつ武器を!?』
『なんだこの男は、目が、髪の色が変わって……!!』
部屋の中から黒い液体と共に小さな球体が飛び出した。
それがなんなのかは、聞かなくてもわかる。
吸血鬼の体液と何か。
だからか、他の吸血鬼たちがついに止まった。
すでに残っているのは私と同じくらいの強さの者でしかない。
ただの人間相手なら、私たちは十二分に強かった。
目を閉じていようが、そこから一歩も動かなかったとしても勝てる。
それほどに人間とは力の差があったのだ。
だが、今はどうだ。
まるで私たちが人間で、部屋のなかにいる何者かが吸血鬼なのではないかと、思えるほどにあっさりと。我々を殺していく。
『お、俺は逃げるぞ!』
一体の吸血鬼が下がった。
『俺だって!』
また一体。
次々に吸血鬼が来た道を戻り始める。
「……次」
が、今度は女と子供の声が重なった音が聞こえて、振り返ろうとした時には私は天井を見ていた。
何が起きたのか、考えるよりも先に自分の下半身がその場に立っていることに気づく。
すぐ近くに頭を抱えた人間らしき物が立っていた。
「……ぁ……っ……うぅ……」
息を荒くし、その人物は「次」と呟いた。
それで初めて、この少年が恐怖の根元であったのだと知る。
だが、やつの手に握られているのは武器ではない。
今の時代ではあまり見たことのない、ハープだ。
やつはそれを手に、頭を抱えている。
苦しいのだろうか、それとも、別の何か、
『(!!……目の色が点滅している)』
やつを人間と見ていいのかわからなかった。
普通の人間は目が点滅したりしない。
ここに神付が居たと言うのなら、まだわからなくもないが。
と、今回の任務について思い出す。
『人間が作り出した金属を奪え』。
やはりそれ以外はなにも情報がない。
もしや。
もしや。
最悪の状況だと、私は息を潜める。
真横の少年の目の色が変わる。
ハープの形が、変化する。
そこで私は確信した。
彼は、神付であるということを。
しかも、なぜだかは知らないが複数体の力を有している存在なのだと。
しかし、私は驚きと同じくして疑問が浮かぶ。
彼が神付であることは、もう間違いない。
だが、だとしてもこのような戦い方をする必要がないはずだ。
状況に応じて戦い方を変えること自体は間違いではないだろう。
だが、神付は通常、一つの力しかもたない。
それは、身体がその強大すぎる力を一つ受け入れるのが限界だから。と、私は聞いた。それが事実であるなら、彼が複数の力を持っているのは奇跡に近い。が、仮に複数の力を有していようと、このように連続で繰り出す必要はないのだ。
身体への負担も大きいはずだ。現に彼は苦しみながら力を使っているように見える。
「………はっ……うっぅ………んぐっ……」
一度強く目を閉じ、次に大きく開いたときには彼の瞳の色はまた変化していた。
今度は赤い。我々吸血鬼の瞳に近い明るさの紅。
その目で彼は背を見せ、逃げた者へ握りしめた弓矢を構えた。
「……っ」
そして、迷いなく矢を放つ。
「ぐっ……うぅ……」
また少年が唸る。
弓が形を変える。
『……(彼は暴走しているのか……?)』
考える。
どうすれば生きて逃げれるのか。
私は長く生きるために吸血鬼へなった。
こんなところでは死にたくない。
だから考える。
少年が逃げた吸血鬼を追いかけ飛び出したのを合図に下半身と上半身をくっつける。
接続するのに、激痛が走る。
鈍い音が、鳴る。
後方で爆撃音が聞こえる。
何かを振るう音が聞こえる。
銃撃音が鳴る。
不気味な輝きが刹那的に光る。
『…………?』
急に静かになった。
逃げ惑う悲鳴も、なにもかも。
ついに少年が自滅したか。とも、考えた。
しかし実際にはそうではなかった。
『?……!?……!?!』
腹部に激痛が現れ、血が滲み出す。
視線を落とすと、自分の身体から鈍い耀きを返す刃が伸びていた。
それがすぐになんなのか、傷口が熱くなりはじめて、理解する。
『吸血鬼殺しの、呪い……!!』
前へ走り出して刃を身体から抜く。
血が大量に出るが、止まることは考えなかった。
必死に前へ走り続けて、目指していた武器庫へ入り、照明を破壊して身を隠す。
『ふぅ……ふぅ……ふぅ……』
息を整える。
明かりを潰したのは、時間稼ぎにすらならないだろう。
自分から垂れ出ている血のせいで場所ばれているはずだ。
なら、どうやって撒いて、逃げきれるか。
『…………』
物陰から入り口をみる。
ちょうど影が、入ってきたところだった。
運良く自分の位置とは反対側へ、彼は入って曲がった。
『……!』
急いで逃げよう。
そして、この施設から出よう。
その一心で手を伸ばした。
が。
わずかな震動が袖の横を振るわせた。
そう思った時には、腕が落ちる。
『う、うがぁぁぁぁぁぁあ!!?』
痛い。
血が止まらない。
血が足りない。
震動の発生源であろう左側を見る。
やはり、剣を振り上げた姿で止まっている少年がそこにはいた。
落ちた腕を拾いくっつける。
だが、やはり再生が始まらない。
血が足りない。
このままでは死んでしまう。
やられて死ぬくらいなら、いっそのことやつのを血を。
『し、しっねぇぇぇぇえええええ!!!!』
剣を上段に構え、投げつける。
同時に走り出し、やつがまんまと剣を弾いたタイミングで首へ噛みつく。
ギュル、ギュルルル、ギュルルルル。
血を吸う。
ギュル、ギュルルル、ギュルルルル。
少年は抵抗しない。
だから、このまま殺してしまおうと、全ての血を吸い尽くそうとしたところで、体内が焼ける感覚に襲われる。
『が、がぁ!?な、なんだこれは!?』
理解ができなかった。
やつの血を吸っただけで、なぜここまで苦しくなるのか。
普通は、血を吸えば私はさらに強くなるはずだ。
なのに、なぜ。
『き、貴様は、誰なんだ。何者だ!なぜ、貴様は……!』
立っていられなくなり、膝をつく。
見上げると剣を振り上げたままの少年が、虚ろな目でこう、答えた。
「俺は……俺たちは。◼️◼️◼️◼️◼️◼️。誰でもあり、誰かでもある。僕には、私には名前がない。強いて言うなら、名前のない英雄。だろうね」
複数人の声音が同時に聞こえた気がした。
だが、その事実を確認するよりも先に、私は死んだ。
名前のない英雄。どうでしたか?
次のストーリーにて、終わりです。
最後に短いエンドストーリーをお届けできたらなぁと思っております。
それが完成すれば、この作品は完結となりますね。
なかなかにひどい作品だった。
ただ主人公をいじめるお話でした()
最後だけかな、主人公が敵を圧倒するのは。
次もし書くのであれば、主人公に活躍してもらいたいですね