五十一話 手分け捜索
彼らは二人とも窓から飛び出す。言っておくがここは7階建ての最上階。つまり七階だ。地上からの距離は22メートル程離れている。その階から飛び出したら当然重力に捕まり、落下するのは必然だ。しかし二人とも落下することなく真っ直ぐと突き進んでいる。アダルは翼を広げて飛翔しているのが分かる。しかし問題はリヴァトーンだ。彼は海人種であり、翼などを持っていない。それに魔法の類いも扱いを苦手としている。そんな彼がなぜ重力に捕まらず、落下せずに飛んでいられるのか。それは彼の足を見れば分かることだった。
「遂にその発想を思いついたか。案外遅かったな」
トリアイナの力で飛翔するリヴァトーンの姿を見て、アダルは馬鹿にするような意地悪な顔を作った。別にその姿を馬鹿にした訳ではない。言葉通り、リヴァトーンがトリアイナに乗るという発想を漸く思いついたという頭の柔らかさの無さを馬鹿にしていたのだ。リと言うのがリヴァトーンがトリアイナを使って居る時、彼は徹底的に武器としか見ていないと言うのが見て取れた。自分の思い通りに動くというのに、やっている事はそれを飛ばすだけという単調な物。武器としか見てないからそれしか思いつかないのだろうとアダルは彼の頭の固さを少し心配していた。
「悪いかよ」
「ああ、悪いな。これからは少し頭を柔らかくしておかないと、戦い時の不足の自体に陥ったとき酷い目に遭うぞ」
揶揄うように言っているが、リヴァトーンはアダルの目が笑ってないのを見て冗談ではなく本気で注意していると分かった。そのため、彼はアダルの意見を受け入れがたいが、渋々といった様子に「分かってるよ」と呟く。その言葉はアダルに届いたかどうかは分からない。アダルは徐々に大きくなりつつある渦から目を離さないでいる。
「あそこいるか?」
「・・・・・・・。いや、あの渦の下からは何の反応もない」
リヴァトーンの言葉にアダルの顔が難しい物になっていく。
「それが分かったら苦労はしないよな」
考えられる可能性は幾つかあるが、アダルには一つしか思いつかなかった。
「陽動か」
「・・・・・。そんな事考えられる知能があるのか?」
「あるわけが無い。彼奴らは破壊の権化だぞ? 考える頭すら存在していない。そしてこれでこれで俺の考えが当ってしまった事が証明されてしまった」
れたな」
何がとリヴァトーンは聞き返さない。その可能性があると言うことは既に分かっていたし、ここを攻めてくる時点で分かっていた事だった。それはつまり悪魔種に類する者が地上に訪れていると言うこと。そうでなければここに来ることすらおかしいことなのだから。
「あいつ・・・・・・・・・。スコダティじゃないな。という事は本物の悪魔種が来たか?」
これを本物の悪魔種に動かされているという事を直感するアダルは不機嫌そうに顔を引き攣る。
「悪魔種が地上に現れた? どうやってだ。そもそも何で悪魔種が地上に現れたことが分かる!」
畳みかけるような質問がアダルに襲う。地上では姿を保てない様に封印されている悪魔種は、地上に出ることは不可能。それなのにどうして悪魔種が出て来たと言えるのかというのと、言葉通りの二つの事。何故なのか理解が出来ないかったリヴァトーンは問うた。それに対して、アダルは未だに不機嫌な表情を崩さずに答える。
「それこそスコダティが何かしらの事をしたんだろうな。そんな術を持っていたとは俺も知らなかったが。それと二つ目の答えだが。それは勘以外の何物でもない」
「勘・・・・・・・。か」
端的ではあるが、アダルの分かりやすい説明でリヴァトーンは納得してしまった。彼の言うことは何故か当っていることが多いと言う事を短い付き合いながらも感じている。
「納得してくれたのなら良かった。後者の方については説明したいが、どうしても言葉に出来る気がしなくてな。済まない」
「別にいい。あんたがかんだって言うのなら信じるさ。俺様の美徳は信用している者の言葉ならどんなことでも信じられることだからな」
久しぶりに聞いたリヴァトーンの一人称と、軽口にアダルも思わず笑ってしまう。
「そういう所はちゃんと遺伝しているみたいだな」
昔を懐かしむような言葉を呟く。それはリヴァトーンには届いていなかったようで「なんか言ったか」と聞き返されてしまう。
「ああ、言ったぞ。お前のそれは美徳じゃなくてただの阿呆だってな」
「馬鹿にしてんのか?」
間違い無く今から何をしようとしているのか、忘れている。そんな言葉が返ってきてアダルは笑い出しそうになるのを堪えて、渦を見るように仕向ける。
「残念ながら今お前と喧嘩をしている時間はないぞ?」
「・・・・・・・。チっ!」
促されるまま、それに目をやるリヴァトーンにアダルは声を掛ける。
「なあ、海中だったらお前の耳はもっと良くなるんだよな」
「・・・・・。ああ」
先ほどの事をまだ拗ねているのか、一瞬返事が遅れた。しかしそんな事今気にしている場合じゃないし、するつもりもアダルはなかったため、何事もなかったことのように言葉をつづける。
「そうか。なら軟体獣捜索は二手に分かれてやるぞ。その方がお前の力は発揮されるだろうしな」
そう言うとアダルは遥か上空に向け、上昇を始める。
「俺は空から。お前は海中からだ。探し出せたらお互い海面までくる。それで十分だろ!」
リヴァトーンの意見をそれ以上聞かずにアダルは声の届かないような上空に行く。確かに上に行けば行くほど見える面積は拡がるが、その分詳細までは分かる物じゃ無くなる。彼がこの方法を使ったと言う事は相当目に自信がある証拠なのだろう。文句を言いそびれたリヴァトーンは渋々ながら彼の提案に乗り、トリアイナを海面近くまで書こうさせて、そこから飛び込んだ。勿論トリアイナを手に持つことを忘れずに。
「なんだ?」
飛び込んだ瞬間に明らかな異変に気付いた。海中が静か過ぎるのだ。まあ、夜なのだから基本的に静かなのだが、それでも異様と言えるレベルなのだ。考えてもみて欲しい。
生物の動いている音すらしない。これを異様と言わずになんと喩えたら良いのか。そんな事はあり得ないのだ。それがあり得るとしたらなにやらの工作によって生物全てが死滅した場合か、危険を察知して逃げたかのどちらかのみ。
「逃げた方であってくれよ」
二つの選択肢。正解は今は分からない。しかしリヴァトーンは後者であって欲しいという思いを募らせながら、そっと目を閉じる。その場で海水を肺に馴染ませるように深呼吸を数回すると、彼は元の海人種の姿に戻った。
「ふすぅ! ・・・・・・・・・・・・・・!!!」
最後の深呼吸を終えると、彼は口を限界まで広げて頭を前に突き出す。しかしいっさい音と響かなかった。しかし彼が発声をしているのは彼の口から波紋の様に規則的に水が刻まれている事から分かる。超音波によるソナー。彼が行なったのはこれだ。これは海人種の者なら誰にでも出来る。しかしこれは才能によって精度が変ってくる。海人種として、最高峰の才能を持つリヴァトーンが使えば、それはまさに最強の捜索能力となる。
「・・・・・・・・!!!」
超音波を出し始めてからもうすぐ二分が経とうしている。そのタイミングで彼は漸く瞼を上げて、少し苦しそうにした。しかし次の瞬間、苦しいことを忘れたように目を見開き、口を閉じた。
「そこか」
彼が目を向けた先は沖合いではなく、陸側。つまりは軟体獣は陸まで相当近い距離までいると言うことだ。このままでは上陸を許してしまうと焦った彼は体の目線の向きに変えて、陸側に向け高速で泳ぎだした。その速度はアダルが全力で飛翔したときと遜色がないくらい早い者だった。しかし彼はある事を忘れていた。見付けたら一度海面に戻り、情報を交換するということを。それを忘れさせるほど余裕がない距離まで軟体獣が近付いているということを彼は知っているから。




