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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
第二章 海乱の軟体獣
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五十話 闇の臭い

深夜の時間帯。正確に言えば時計の針が深夜二時を回りそうなほどの真夜中。日本だったら丑三つ時と言われるこの時間帯にアダルは未だに起きていた。彼は部屋の明かりを消さずにずっと本を読んでこの時間帯まで過ごしていたのだ。この世界には残念ながらテレビはないしネットもない。二日前にフラウドと通信した時に使用した機器もただの通信機であって娯楽の代物ではない。あれはフラウドにしか作れないオーバーテクノロジーの代物。 フラウドからは決しておもてにださず、公表もしないという条件で譲り受けていた代物。言い換えればこれを譲れられた人物はフラウドの信用を得ていると言ってもいい。

 話しはズレたが娯楽の少ないこの世界でアダルに取っての唯一と言ってもいい娯楽は読書だった。前世から続く唯一の趣味だ。しかし今彼が読書しているのは、つい読み過ぎてこんな時間になってしまった訳ではない。

「・・・・・・・・・」

 おもむろに目線を本から外し、外にある闇に閉ざされた景色をみる。外の明かりは月の明かりだけ。それが海に反射して、辛うじて静かに揺らめく波の存在を見せてくれる。そんな詩的な景色を見ているアダルの顔つきは一貫して無表情であるが、目からは明らかに強い意志を感じさせた。それを表現するのなら焦りか、募りか。それか焦らされている事への怒りなのか。或いはその全部なのか。とにかくいろいろと交じった感情の交じった目で突きに照らされている海を見ていた。

「まだ・・・・・か」

 そう言うと再びアダル本に目を向けると思われたが、手に取っていたそれを閉じて机側にあった机に置いた。その際彼は今呼んでいた所のページ数を覚えたりも、しおりを入れたりもせず、ただ閉じた。それはこの本を彼が何回も呼んだ事もあっての行動だった。その証拠に背表紙には読み込まれた癖がついていたし、置いたところで表紙の部分が軽く浮いた。

 そんな事を気にする様子もなく、彼は背もたれにからだを預けてゆっくりと目を閉じる。傍から見たら寝ているように見えるが、彼は寝ているわけではなかった。寝息を立ててない。逆に息を止めているかのようにも見える。彼が行なっているのはイメージトレーニング。どのように軟体獣と闘うのか、どの酔おうに体を動かして、どの技を使用しようかとか。そんな事を考えていた。本来ならその作業は戦闘中に行なうのだが、今回は一回闘っている。そのためこの様に事前に行う事が可能である。だが、これを一つだけ作っても意味がない。だからこそ何個も作る必要がある。スコダティという軟体獣をどこまででも強化させる事が出来るJOKERの存在がちらついていたら、立てる戦術は一つだけでは足りない。可能性があるだけ、十分な数立てる必要がある。

「これを考えるのは面倒だがあいつに負けるのだけは嫌だからな」

 過去のことがあってアダルはスコダティに強い敵対心を向けている。偶にあちら側から接触してきた際も、内心では敵意を抱いている。一度剥き出しにした事があった際、揶揄れたことがあり余計に深いに感じた為、それからはそれを抱いても表に出さないように努めた。彼に取ってスコダティの全てが深いに感じてしまう。生理的に受け付けない相手。又は天敵のような存在なのだ。しかしそれはアダルがそう思って居るだけで、スコダティは実際はそこまでアダルの事を嫌いではないのではないかとアダルは考える。彼の行動を見るとそうとしか思えなく成るのもまた事実だ。スコダティからしたらアダルは年下の友達か、弟のような感覚なのだろう。いくら揶揄っても、最終的に自分を構ってくれる存在として見ている節がある用に思える。しかしそれはあくまで客観的に見た結果であり、本人がどのように思って居るのかは分からないが。

『・・・・・・・!!!!!!!!』

 戦略を十個ほど作り終えたところでアダルの耳が何かを捕らえた。本当に微かで、波の音と聞き間違いそうな程小さい音だったが、それを聞いた瞬間アダルは目を開き勢いよく海の方に視線を向ける。

『・・・・!!!!!!!』

 その微かな音をもう一度捕らえるとアダルは舌打ちを鳴らして、勢いよく立ち上がり窓に近付いた。上にスライドするタイプの窓を深夜だと言うことを気にせず、音を鳴らして開ける。先程聞いた音の正体は何か見当がついていた。これは襲撃の兆候だ。深夜に襲撃を仕掛けてくる当たり、向こう側の執念を感じる。そしてここを襲撃してきたと言う事はアダルが予想したとおり、前の襲撃の際ここが移転先だと言うことに気付かれていたようだった。

 今の所海に目立った兆候は見られない。だが、数分もすればそれは確実に見れるだろう。その前に仕掛けようとアダルは冊子に手を掛けて、身を乗り出そうとしていた。そのタイミングだった。本来の出入り口であるはずの扉が勢いよく開かれた音が室内に響き渡る。その中央からは少し息切れをした声が聞える。

「気付いたか。さすがだな」

「あの異音を聞き逃す方がおかしいだろ。海人種を舐めんじゃねぇよ!」

 肩で息をしながら抗議を上げるリヴァトーン。その声はホテル中に響くほど大きな声だった。幸いに現在このホテルの客は三人のみ。他に客はいない。それを間近で聞いていたアダルは横目で海の監視を続けながら疑問に思って居たことを口に出した。

「今の音で起きたのか?」

 その問いかけにリヴァトーンは部屋に入り、アダルに近付きつつ彼と同じように海に目を向ける。

「いいや。なんかこう・・・・。妙に寝付きが悪かったからな。と言うか寝られる気がしなかったから部屋で筋トレをしていた。そしたらあの異音だ。何かあるんだろうと思ってここに来た」

「そうか・・・・」

 彼の言葉に嘘を言っているような素振りは見えなかった。ここで嘘を言うような奴ではないと言うのも少しの付き合いだが分かっているからその言葉が信じられた。そして信じられたからこそ、リヴァトーンの未だに眠っている才能があることに感心を寄せた。

「寝れなかったか・・・」

「そうだって言ってんだろう!」 

 ここで寝れなかった。それは彼がアダルと同程度の危機察知能力があることが証明された。そもそもアダルが何故この時間まで起きていたか。それは決して本を読みふけり、気がついたらこの時間まで起きていたという訳ではない。彼は直感的に分かったのだ。今日軟体獣の襲撃がある事を。胸がざわついた。空気が変わるのが分かるほど肌が敏感になった。頭が冴え渡り、寝る気が起きなくなったなどの事がアダルに身に起った。このような感覚に陥ったときは過去に何度もあった。

「軟体獣は全前回よりも確実に強くなっている」

 断言するアダルの言葉にリヴァトーンは疑問を覚える。

「なんでそんな事とが分かるんだよ」

「海からあいつのにおいがする」

 アダルが言ったあいつとはもちろんスコダティの事。しかし彼自身が海の中にいるとは考えられない。とするならばスコダティの闇を注がれた何者かが存在する。それで今尤も可能性があり、考えられる生物はただ一つ。軟体獣以外あり得ない。

「あいつの闇の臭いには過去何度も遭遇した。だから忘れるはずがない。あいつの闇はどんな生物も瞬間的に強化出来るからな」

 顔を歪めて、憎らしげに答える。それに今回の件に確実にスコダティが関わっていることは分かっていた。いや、分かってしまった。先程言ったようなことが全てがアダルの身に起った場合。それはスコダティの闇が近くにあることの証明になってしまう。彼がこの様な症状に陥ったのは夕方頃。そこからアダルはずっと警戒をしていた。一応夕食は済ませたが、その後一切休養を取る事無くそれを続けていた。

「こっちからの不意打ちをするつもりなら手伝うぞ」

 リヴァトーンの提案に先程までの表情を止めた。そしてここで得漸く彼に向き直り、フッと引き出すような微笑みが浮かんだ。

「それはありがたいな」

 そう言いながら彼の目は再び海に向いた。調度月明かりに照らされた海面が渦を巻き始めた所だった。

「さあ、行くか」


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