四十六話 記憶を取り戻させた訳
リヴァトーンが苦しみだしてから約2時間が経過した。その間。ガイドルとユリーノはずっと彼の側に付き添っていた。1時間が経過したときくらいからだろう。リヴァトーンが段々少しずつだが、落ち着きを見せ始め、今現在は息を乱してはいるが、完全に落ち着いていた。その間彼は気を失うことなく、苦悶の声を上げ、混乱はしていた物も意識を保ち続けていたのである。記憶が戻るとき、脳はそれに対処しようと受け入れようとしていつも以上に働く。それは脳に負荷を掛ける結果に成り、痛みを生じる。それを経験した者はその痛みに耐えられず意識を失ったりする。しかしだ、彼は意識を保ったまま、その痛みを耐えきり、記憶の整理を経った2時間で終わらせてしまった。その事実にアダルはリヴァトーンの精神力の強さに驚いていた。それと同時にこの屈強な精神力が受け継がれていることが何故か嬉しくなっていた。兎に角不思議な感覚に襲われていたのだ。
「ねえ、大丈夫?」
未だに息が絶え絶えのリヴァトーンを心配してか、ユリーノの口から自然とその言葉が紡がれた。
「はあ・・・・。はあっはあ! ・・・・・・っん! だ、だいじょう・・ぶ・だ」
さすがに未だに喋ることは困難だろうに彼は律儀にも彼女の言葉に返答する。苦しみながらも言葉を返してくれた彼の姿が余計ユリーノに罪悪感を抱かせた。
「ごめんね。こんな重要な事隠していて。だけど、こうなることが分かっていたから、どうしても言えなかったんだ・・・」
「そ・・・。それ・・は。わ・・・か・て・・・る。きに・・す・なぁ!」
言い終えると彼の意識は薄れたのか倒れ始める。
「あぶない!」
そのまま倒れるかと思われたリヴァトーン。しかしその声によって意識を取り戻したのか踏ん張りをきかせた。
「はあ、はあ。はあああ!」
気合いを入れてどうにか上体を起こして背もたれに体を合うズ蹴ることに成功したリヴァトーンは不意にアダルに目を向ける。
「全部思い出したか?」
「・・・・。ああっ!」
「きっかけは掴めたか?」
アダルの問いにゆっくりだが、頷いて見せた。
「なら、いい。今日は休め。支度は明日で良い。後の詳しいことはお前の従者二人に話しておくから其奴らに聞け」
「わか・・・・た」
返事をし、彼は自分の部屋に戻るため立ち上がろうとするが、体のバランスを崩し、今度こそ倒れそうになる。しかし間一髪のところでユリーノが支えに入る。
「私がリヴァトーンを部屋に戻しておくからガイドルが詳細を聞いておいて!」
「まかせろ。こういうのは俺の仕事だからな」
ユリーノに支えられて出て行くのを見送ると、ガイドルはアダルに目を向ける。それに気付いたアダルは顎で椅子に座るように促す。しばらく沈黙が続き、ガイドルはアダルの指示に従うように彼の正面に座る。
「余計な事をしてくれたな」
「いつもより口調が荒いな。それが本性か?」
ドスの効いた声で問いただしても、まったく堪えた様子を見せない。逆に冷たく鋭い視線で睨まれ、萎縮してしまった。しかしどうにか気丈で異様と振る舞い続ける。緊張感が待とうこの空間。何時それが切れるか分からない状況で、アダルは息を吐き背もたれに体を預ける。
「眠っていた記憶。それの内容は大体察しがついている」
「戯言を」
言うなと続けようとしたが、その前にアダルは語り始める。
「トリアイナを持った瞬間、あいつは暴走した。そしてそれによってお前等は一度消滅した。違うか?」
「っ!」
図星をつかれたかのように目を見開いて反応してしまう。
「ドンピシャか。まあ、そのくらいの内容じゃないと、あいつの記憶を封印する事は無いだろうしな」
内容を当てたことをからからと愉快そうに笑うアダル。対してガイドルは体を硬直させるほど動揺していた。
「な、なぜそのことを! その事は外に漏れないよう徹底的に情報を管理していたはず」
海の底で起ったことは地上には絶対に伝わらない、それでいて徹底した情報管理を行なったのだ。それなのにアダルはそれを知っていた。海の中で生活している海人種ではないアダルがだ。動揺しない方がおかしい。
「簡単な事だ。俺はトリアイナの事を事細かに把握している。それでいてリヴァトーンがトリアイナを初めて持ったときのことをすっぽり忘れている。本人が忘れたい。そしてその場にいた者達が忘れさせたい程のことが起ったと思われる。ここまで来れば大体のことは察しがつく。後はお前等の反応を見てそれが事実かを確認するだけ」
簡単だったろ? と言いたげな渾身のどや顔が放たれる。それをメニして。ガイドルは悔しそうに歯ぎしりをする。
「そんな顔をするな。って、俺がさせたのか。まあ、何れ知られることだったはずだと思うが」
「だがそれは今じゃないはずだ!」
「いや、今しかなかったんだ。あいつが記憶を取り戻すタイミングはな」
返ってきた言葉にガイドルは眉を顰める。
「今しかないって言うのはどういうことだ」
その問いかけにアダルは答えそうとしなかった。その態度でガイドルは彼が言いたいことを察するしかない。何を言いたいのか。それは直ぐに分かった。それくらい自分で考えろ。そう言いたいのだと分かった。確かに今の自分はらしくない。ただ、情報を貰いそれを鵜呑みにすることは、馬鹿がやること。少しでも考えれる頭脳を持っているのならそれを働かせなくてどうする。
「・・・・・・・」
思考に触れるように顎に手を宛てる。思考を加速させる。まずはどうしてリヴァトーンの過去を聞いたのか。彼は知らない事があるとそれがどのような物なのかと、どうしてそうなったのだと興味を示す。そして知らない事はどのような手を使ってでも知ろうとする行動力がある。だからこそ記憶を封印したことを気付かせないという事を行なった。スサイドンとその場にいた者達は彼が起こした悲惨な事実を思い出して欲しくなかった。それを知ってしまったら、リヴァトーンは自分の力に恐怖して、これまでの行動力ある彼がいなくなってしまうので無いかと危惧してからだ。彼の為に行った事だ。それが今回、アダルによっていとも簡単に壊された。何故壊してまで今知らせなければならなかったのか。アダルが求めていることは何だ。決まっている、軟体獣に対抗出来る戦力だ。だが、それだけのためだけに封印を解くものか? 壊れてしまう可能性があるのに態々解いたのか? そこでガイドルの頭に閃き的な物が過ぎる。もしかしたらこれのためなのか?
「リヴァトーンの記憶の封印を今解いた理由。分かったか?」
アダルからの問いにガイドルは頷き、口を開く。
「あいつの封印を解いた理由は戦力の確保とリヴァトーンの導く存在となるため。か?」
「・・・正解だ。よく少ないヒントからそれが分かったな」
圧倒的に情報が少なかった為、その考えに到る可能性は低いと考えていたアダルは少し驚いてみせる。一つ目の理由はアダルの欲しいものを考えれば分かるかも知れないが、二つ目の理由は正直言って分からないと思って居た。
「一つ目は言わずもがなだな。二つ目の理由は、分かるか?」
問いかけにガイドルは少し考えて臆測を口にし出す。
「あんたは。いや、あんたもリヴァトーンは記憶を取り戻した時に、壊れる可能性を危惧していたんじゃないか? だから壊れないように導いてやることが必要だと感じた」
「まったくもってその通りだ。さすがはスサイドンの配下だけあって頭のつかい方が上手いな」
リヴァトーンは強い。それ故に脆くもある。ふとした切っ掛けで簡単に壊れる。今回の記憶と取り戻させたのもその切っ掛けになり得る。だからこそ彼よりも強い誰かが導いてやる必要がある。海底にいた時、スサイドンはそれをあえてやらなかった。息子なら一人で大丈夫だと信じていたからだ。しかしアダルはスサイドンとは違う意見を持っていたリヴァトーンは凄く脆い。だからこそ導いていかないと行けない。
「と言うわけでその二つの理由から俺はお前達に聞いた」
「非道だな。それをやるために態とあいつが苦しむように仕向けた」
苦虫をかんだような表情を見せる。それに対してアダルは鼻で笑う。
「相手は悪魔種だ。こっちは全ての種族を守らないと行けないんだ。少し位非道と呼ばれる方法を使わないと守れないんだよ。何でも王道で上手くいくほど現実は甘くない」
彼の言い分にガイドルは否定の言葉を持っていない。悔しそうに睨む事しか出来なかった。
「さて、話しを戻すか。引っ越しの事についてだ」




