四十五話 混乱と痛み
アダルの言った言葉に対面しているガイドルとユリーノは息を詰まらせ、顔を強ばらせる。その反応から見てリヴァトーンの身に何か起ったことが窺える。
「おい、なんだその反応。二人ともなんかおかしいぞ?」
明らかに二人の様子がおかしくなった事にリヴァトーンも気付いている。だからなのだろう。少し和ませようと茶化した様に問いかける。しかしそれが余計二人を追い詰めてしまった。ガイドルは表情を戻し、平静を保っている。逆に何を言っていると困惑した表情を作ってみせる。しかし実際はどうした物か。どのようにこの状況を打開しようかと悩んでいる事が目を見て分かる。ユリーノに至っては顔を無理やり引きつらせた笑みを浮べている。
「べ、別に。おかしくなんか無いよ。いつも通りだと。ねっ! ガイドルさん!」
いつも呼び捨てのはずのガイドルに態々さん付けを為る。隠し事が苦手なユリーノの反応は分かりやすい。彼女のその行為自体がアダルとリヴァトーンに情報を与えているような物だ。しかし彼女はそれに気付いていない。気付くことが出来ないほど頭が混乱している。そんな様子を横目で見ているガイドルは思わず横目で睨む。彼女の取った行動によってアダルの言ったことが真実だという確証を持たせてしまった。これ以上はどうも対処のしようが無いのだ。下手に誤魔化そうとすれば心証が悪くなる。
「まず聞きたいんですが、その情報はどこで?」
だからまず情報源が知りたかった。海底で起ったことを何故知っているのか。この事を知っているのはスサイドンの側近とリヴァトーンの護衛のみ。もちろん口外しないように口止めも済ませてある。漏らす者はいない。そもそも地上の民と交流を持っている海人種は変わり者とされている。それでいてその近辺で地上の民と交流を持っているのは自分だけ。だが自分はそのことを口外したことはない。そう思考していくとガイドルはある事を思い出す。アダルはリヴァトーンの身に何があったのかを聞いてきた。と言う事はアダルも何が起ったのかは知らないと言うことだ。
「こいつ」
親指で指したのは隣にいたリヴァトーン。奇しくもそれを言う数秒前にその答えに行き着いていたガイドルは苦い顔をする。
「お前達は知ってると思うが、こいつの血筋は海の大精霊になれる。俺はこれ間D得こいつを大精霊化させてあの触手野郎に対抗させるための戦力に使用としたが、いくら鍛えたって、それになる気配がない。だから俺は考えた。もしかしたらこいつに何かトラウマがあるんじゃ無いかってな! それで話しを聞いてみたらリヴァトーン自身の記憶が無い時期があった。これはその時にその無意識に力を押さえ込むような自体があっただろうという事は容易に推理できる」
「・・・・・。まさか記憶が無いリヴァトーンから情報を引き出されるとは。完全に失念していた」
リヴァトーンの記憶が抜けていることを良いことに後でケアをしなかったツケが今更になってきた。あの時対処していたら今彼にこのような事を突き止められることはなかったのだろう。
「さあ、教えて貰おうか」
「起ったことを包み隠さず正確に喋れよ」
頭を抱えるガイドルに獰猛な笑みを浮べるアダルと自身の身に何が起ったのか詳細を知りたいと睨むように訴えるリヴァトーン。その二人の前に彼は諦めたかのように頭を垂れ、疲れた時に出るような重たい息を漏らす。
「が、ガイドル! どうするの」
そんな彼の耳元でユリーノが訊ねる。この状況から見て逃げられないと言う事は彼女も理解している。だからこそ聞いたのだ。
「どうするって。言うしかないだろ」
「でも、これはスサイドン様が口外しないようにした情報じゃない! それもリヴァトーンには絶対に知られちゃ行けない情報。それを言ったら私達処罰されちゃうよ!」
「じゃあ、お前前を見てみろ。二人を止められるか?」
恐る恐る二人を見るとユリーノは身震いをする。二人には抗えないと感じ取ると彼女は体を縮こませる。そうなることが分かっていたガイドルはそれを横目で確認した後、漸く説明に入る。
「落ち着いて聞けなんていう前置きを言ってもどうせ混乱するだろうから、それは言わない。ただ、聞くなら覚悟しておけ。今から俺が語ることはお前の記憶に眠っていることだからな」
覚悟。それが何を意味するのかアダルは察しがつく。眠っている記憶を無理やり引き出す際、それが体に悪影響を及ぼすことがある。それは人それぞれだが必ず起る症状は苦しみだすことだろう。アダルはその光景を何回かだが見たことがあったから彼が言った覚悟して聞けという忠告の意味が分かったのだ。しかし問うの本人は怪訝な表情を見せている。それが分かったアダルは呆れた表情をするしかない。
「ガイドルの言うとおりだ。お前は覚悟しろよ。そうしないと痛い目を見ることになるかもだからな」
「痛い目って・・・・・・。わかったよ」
答えると数回深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「どうやらそれは覚悟は整ったようだな」
それを確認すると、ガイドルは前屈みに成り、膝前で手を組んだ。
「15の時。お前が初めて槍を触ったことは覚えているんだな?」
「ああ、そこは覚えているが。そのすぐ後から記憶が飛んでいる」
そうかと呟き重い雰囲気を醸し出すガイドルは意を決したように口を開く。
「お前も分かっていると思うがこれはスサイドン様に口止めされていた事だ。それには知れ成りの理由という物が存在する。そうで無ければお前も何故記憶が飛んでいるのか分かっているはずだからな」
そこでガイドルは一度区切った。焦らすため態とやっているわけでは無いのだろう。これは彼なりの抵抗なのだ。しかしそれが意味を成さないことも彼は理解している。だから続きの言葉をつなげた。
「その時の記憶が無い理由はな。槍の力を引き出そうとして、お前が暴走したからなんだよ」
遂に言った隠された真実。室内は静寂に返った。アダルはそれを予想していたのか平然としている。ユリーノは思い出したくない記憶だったのだろう。明らかに震えて怖がってみせる。ガイドルでさえ、微かに震えていた。そして、問題の暴走した当人。リヴァトーンの様子はと言うと・・・・。
「・・・・・・・・・」
まるで言っている意味が分からないのか、呆けてみせる。しかし漸く理解が追いついた彼は不意にフラッシュバックを見る。それがなんなのか直ぐに分かった。自分の失われた記憶だった。
「そうか・・・・・。これが」
混乱せずにはいられない。脳が痛む。張り裂けそうになるほど。その痛みに耐えられず顔が歪む。
「くっ! ・・・・・あ、ああっ!! うぅ・・・いっ!」
苦痛の声が漏れ始める声。それを耳にしているユリーノとガイドルはそんな彼に目を向けることが出来なかった。
「ちゃんと見ろ!」
静観を決め込んでいたアダルが二人に向け怒鳴りつける。その言葉に思わず姿勢を正す。本能で従ってそれを成した。彼らは不思議な感覚に陥った。
「リヴァトーンの従者であるお前等二人には、こいつが落ち着くまで見守る義務があるだろ」
アダルの言葉は誰かに似ている。声は違う。だが、不思議と彼の言葉は従わなくてはいけないような気がした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それが誰なのか、詮索すると同時にアダルに従いリヴァトーンを見守る事にした二人は徐ろに立ち上がり、彼の背後に回った。
「ごめんね」
「・・・・・。すまなかった」
謝りながらユリーノは彼の手を握り、ガイドルは肩に手を乗せる。何に対して謝っているのか。それは黙っていたことに関してではない。リヴァトーンが苦しんでいるときに、側にいなかったことに関してだろう。




