四十三話 守れなかった人数
翌日。アダルは別荘の応接室にてヴィリスと向かい合って話していた。
「避難はすすんでいるんだよな」
「そうだね。みんな昨日の襲撃が終わった後直ぐに移転地に向かい出したよ。あれがあるまでみんな半信半疑だったけど、あんな目に遭ったからね。凄く怖かったんだろうね。その足で向って行ったよ」
その足で向わざる終えないのだが。港は昨日の軟体獣の襲撃により完全に破壊されてしまった為機能はしていない。襲撃に巻き込まれ、その周辺の建物も全倒壊。少し遠くにあった建物も軟体獣の怪光線を浴びてしまった物が多いため石化して何も取り出せる状態にない。幸いなことにこれがあったとすれば避難開始の前日だったことから壊れた建物に潰された物は全部いらない物だらけだったことぐらいである。これは商店に限った話しかも知れないが、それでも住民ももう既に自身の家に財産に成る物は無く、現金も全て自分が持っていた。閉店セールで盛り上がっている街に繰り出すために。
「まあ、それでも全部を失った人は少なくよ。そんな人達は今もホテルでふさぎ込んでいるし」
彼らを同情してか、それ以上は語らないヴィリス。アダルもそんな人も出ることは分かっていた。彼女がそれ以上言わないことから相当追い詰められているだろう事も察することが出来た。
「死傷者は?」
その後に何故かアダルは暗い話しに鳴るだろう事を聞き出す。あえてそうしている。現実から目を背けないために出してしまった犠牲者の数を把握しておきたいのだ。
「死者は三十人。重体者は五百二十三人。そのうち意識不明は百四十五人。軽傷者は大凡だけど三万人は超えるね」
「そうか・・・・」
徐ろに溜息を吐き、項垂れる。
「まったく、迷惑な奴だ。まさか避難日の前日に。それも祭中に出てくるとは。見計らっていたのか? そうとしか思えないな」
疲労を込めた声でアダルは悪魔種の手先である軟体獣。そして今回も関わっているであろうスコダディの顔を浮べて苦々しく思いながら文句を口にする。
「・・・・・・。そうだね。タイミングが良すぎるよね」
ヴィリスはアダルの言葉に同意し、少し考えた後深く頷く。彼女は今回の事は偶然だと思っていた。しかし彼の言葉でその可能性がある事に気付いた。
「見られてた気配はあったの?」
「いや、それは感じなかった。だが、確実に見ていただろうな。あの軟体獣から微妙だが奴の闇を感じたからな」
アダルは光の体現者。それであるため、闇の体現者であるスコダティの闇を感じ取ることが出来る。それは闇への拒絶反応なのか。それとも同類であるが故の察知なのかはアダルも分かっていないが。
「俺に気付かれない事なんてあいつにとっては朝飯前だ。前闘っていたときも何回も欺かれていた。終いには消滅まで偽造したんだ。これくらいやっても可笑しくはない」
昔のことを思い出して疲れた様に肩を落とす。
「そんな巧妙な相手によく勝てたね」
素直に驚いているヴィリスにアダルは思わず睨んでしまう。その目に見掬われた彼女は瞬時に体を硬直させる。反応からやり過ぎたと感じ取ったアダルは目を反らし、腰掛けていたソファーに横になる。
「済まん。俺からしたら屈辱な皮肉を言われたから少し感情的になりすぎた」
少し居心地が悪そうに寝転がりながら謝罪を入れる。それに対してヴィリスも時便が皮肉を言ってしまったことに気付き、焦り出す。
「こ、こっちこそごめんなさい! そんなつもりで言ったわけじゃないの! ただ、単純に凄いなって思って。・・・・・その。ごめんなさい」
体を小さくして、分かりやすく落ち込む。そんな彼女を見かねてアダルは口を開く。
「正確には勝ったわけじゃない。さっき言ったようにあいつを消滅させていないからな」
アダルに取っては悔しい思い出のようで、再び感情的に成り素っ気なく返す。
「俺はあの時、本気であいつを殺そうとした。その証拠にあいつは消滅寸前まで追い込めた。だが、今考えると俺もあいつの計画の内だったんだろうな」
言い終えるとアダルは溜息をつく。その様子は少し拗ねていて、普段より見た目相応な少年のように幼く感じられる。だが、彼の見た目は二十歳前後くらいであり、少年と言うよりは青年である。それに加え彼は二百年生きている。それを考えたら少しおかしい様子だ。ヴィリスもそれを考えてしまったために、彼の拗ねている様子に思わずクスリと笑みを溢してしまう。彼女の微かな笑い声が聞えてしまったアダルは拗ねた目を向けて、注意をする。しかしその様子がまたヴィリスのツボにはまってしまったようで今度は先程よりも大きな声も漏れた。
「ふふっ! ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど、今の明鳥くん。前に王来くんに試合に負けた時みたいだなって思って。それを思い出したら堪えきれなくて笑っちゃったの」
笑い声交じりに口の前に軽く手を宛てて謝る。彼女の言う前というのはもちろん前世で、まだアダルが明鳥。フラウドが王来。ヴィリスが天梨と呼ばれていた頃の話しである。
「そんなことよりだ。避難を急がせろ。次も来るだろうから。それも近日中に来るはずだからな」
スコダティが近くにいるのなら軟体獣の回復は早いだろう。闇を強制的に摂取させることで傷の膿む関係無く見境なく襲い出すだろう。その前に住人を避難地に避難させておく必要がある。
「それと、俺たちも避難地に向う。準備の手配を頼む」
「・・・・・・・・。嫌な仮説を立てるんだね」
アダルの言葉で彼が考えている事が分かってしまったヴィリスは少し悲しそうにした
「無い可能性じゃない。あっても可笑しく無いだろ」
天井を見つめながら呟いた言葉にヴィリスは顔を俯ける。
「こういうとき、戦える人が二人いたら楽だったのに。ごめんね。私、戦えなくて」
何回目かの謝罪を聞き、アダルは何も答えない。誤っている内容は違うが、全部自己否定してから謝罪をしている。そのことが彼女に重荷を背負わせてしまっているのではと思ってしまうが、彼に言う言葉はなかった。何故なら一番の重荷はアダルが背負っているからだ。そんな人間からの助言を聞いても説得力が無い。だからこそ言えなかった。
「まだ臆測の状況だ。だが、もしスコダティがここを見続けているのだとしたら。もしくはあいつと同じ地位の悪魔が見ていたとしたら。そう判断するはずだ」
正直自分の予想通りであって欲しく無いとアダルは思って居る。だが、自分の考えが当ってしまうだろうとも思って居た。だからこそ共に避難場所に向うことを決意したのだ。それにもし予想が外れてもアダルだったら数刻も待たずにここに来ることが出来る。今度は住民を気にする事無く本気で戦える。
「だけど時間稼ぎが無駄になっちゃうね」
困った様に口にするヴィリス。だが、アダルはそんな彼女に大丈夫だと励ましを入れ、言葉を続ける。
「時間稼ぎは無駄にはならない。そもそも避難を完了させるためだけの物じゃ無いからな。退散させることが出来ただけでもある意味では成功しているさ」
「・・・・・そうだったね。私は住民の避難のためだけの時間稼ぎと言う事だけ頭に残っちゃって他の理由を忘れちゃってた」
それは彼女の性格上仕方が無いことなのでアダルは文句を言うつもりはない。
「俺たちの予想が当ってしまったとしても、一度退散させ、時間も稼いだことは俺たちを必ず優位に立たせてくれる」
励ましの声にヴィリスは己の中に抱いていた不安を少し抱け取り除くことが出来た。
「さて、話しの続きをしようか」
そう言うと彼は体を起こしてヴィリスの方を向き治すのであった。
 




