四十二話 時間稼ぎ
4本の触手はアダルの右肩、左腹部、左手、右脹ら脛に刺さり、回転しながらそれらを貫く。
『っつう!』
それには彼も小さくではあるが声を上げて痛がる。刺さったところを抉られているのだ。痛がらない方が可笑しいだろう。だが、受けるだけはしない。アダルは軟体獣に自分と同じ痛みを味わって貰おうと報復する。無事だった右手で手刀を作ると賺さず、触手全てを切り落としたのだ。もちろん足に絡まった触手も忘れずに。
「キュララララララアァ!!!」
切り落とした為悲鳴の鳴き声を上げる軟体獣。この隙に翼を羽ばたかせて、触手が届かない上空まで退避する。
『クソっ! 油断した!』
あの瞬間呆けてしまったことを悔いる。しかし今はそれどころではないと考えに至ると、体に付いた触手を全て取り除く。傷はみるみるうちに塞がっていく。しかし彼は軟体獣を観察していてそれ所じゃなかった。
『・・・・・。まあ、そうだよな!』
観察していると軟体獣の触手も切り落とされた先から新たに生え始めた。それで頃かそれと同時に胴体に開いていた焼き穴が完全に治癒している。再生能力を持っていたのだ。これ自体はアダルもなんとなくではあるが予見していた。前に闘った猪王同じように再生能力を持っていた。あれは牙限定の能力であったが。
『厄介だな』
今回闘う軟体獣のその能力を総合的に見て不機嫌そうに言葉をもらす。再生する体に様々な動きが出来る触手。それに目からは石化する怪光線を放てる。近接で闘ったら勝算は低い。
『ならこれか!』
徐ろに拳を作った右腕を掲げる。すると肘関節より上に光が収束し始める。光で秘技腕を視界で捕らえられなくなるまで収束させると左手を肘に当て勢いよく軟体獣に向け振り向ける。瞬間そこから膨大な光線が放出された。それは瞬く間に軟体獣に降り注がれる。軟体獣がそれに気付いたのは、自分にそれが当る直前であった。取った行動はただ一つ。
「キアアアアア!!!!」
声を上げて目から怪光線を放出した。なんとか光線が当る前にそれを出すことに間に合ったため、今は体に何の影響は生じていない。しかし、案の定アダルとの光線と衝突したのは軟体獣の目の前であった。
「キュラララン!」
このままでは自らの命が短いことを悟ってか、怪光線の威力を瞬間的に最大まで上げた。そのせいかアダルが放っている光線が徐々に押され始めた。
『面倒な!』
コチラも威力を上げて拮抗状態を作り出すことも可能。しかしそれだと周りに被害が出始めかねない。現に衝突して散っている怪光線の火花が地上に降りかかっている。それは怪光線の能力が残っているため、降りかかった場所は石化し始めている。これは不味いと思ったアダルは唐突に光線を放つのを止めて、怪光線から逃げるようにさらに上空に飛翔する。急に拮抗する物が無くなった軟体獣は思わず前によろけた。その星で一度怪光線が途切れた。しかし直ぐにアダルの行方を追って、その方向に向け再び放射する。上空で飛んでいたアダルはそれを横目で確認しており、不機嫌な声で悪態を吐く。
『巫山戯んなよ!』
彼は逃げられないと判断して怪光線を迎撃する。両手で大きく円を作る。すると半透明の結晶板が作り出された。それが出来たタイミングで飛行を止めて怪光線に立ち向かうように体を反転する体の前に結晶板を構えて。アダルを追っていた怪光線は直ぐに結晶板と衝突する。それが見えた軟体獣は思わず笑うように声を上げる。
「キリリ!」
怪光線と結晶板が衝突するとその場に煙が吹き出て、アダルの姿が確認出来なくなった。しかしそれでも軟体獣は信じて疑わなかった。自分が勝利した事を。あの結晶板が何で出来ていたとしても、怪光線の前ではただの石となる。それはそれを持っているアダルも同様になっている事が確実である。怪光線は触れた物を瞬時に石にしてしまう。それをつまり怪光線を浴びた武器を持った者も石にしてしまうのだ。
「キラララァ!」
歓喜の声を鳴らし、石化した姿を確認すること無く軟体獣は六本の触手を振り下ろす。それによって軟体獣の体は土煙によって、覆われた。
「キュラアアアアア!!!!」
触手を振り下ろした軟体獣は鳴く。しかし不思議とその声は歓喜のように聞えず、逆に悲鳴の様な物だった。触手に痛みを感じてあげた声だった。視界は砲煙によって妨げられている。だからこそ暴れるように土煙を退かして何が起ったのか分からないまま振り下ろした触手に目を向ける。すると何故か六本全てが石化して折れていたのだ。軟体獣の理解が追いつかず、ただただ痛みを堪えてそれを呆然と見つめた。
『調子に乗った罰だ』
不意に背後から声が聞える。軟体獣は振り返ると、そこにはボロボロになったアダルの姿があった。
『何が起ったのか分からないって顔だな?』
アダルは挑発気な声で語りかける。軟体獣は返事は返せないが怒るように目を鋭くするという反応を見せる。気付いたのだ。今自分の触手が砕けたのは目の前にいるアダルのせいであると言うことを。
「キリリラァ!」
何をしたと訴えているのだろう。その声にアダルは鼻笑いを入れ、説明しだした。
『怪光線を反射したのさ。お前に見えないように彩度を調整してな!』
アダルは簡単に説明する。彼が出現させた結晶板は様は鏡だった。しかしこれはただの鏡であるはずが無い。アダルの鏡にある効果を付与した。それは彩度を調整して、触れた光を一切見えなくすると言う物だ。軟体獣の放った怪光線は石化能力が付与されているが、所詮は光。これの能力の餌食となる。
『昔、メデューサを倒したときの話しを思い出してやってみたが。これにお前が嵌まってくれて良かったよ』
嘲笑うようなご機嫌な様子のアダル。しかし彼もただでは済んではいなかった。何故なら彼自身がボロボロであった為だ。普段なら瞬く間に全回復彼が未だにボロボロなのである。これは僅かに溢してしまった怪光線が当ったためにこうなっている。石化はしていない物の、当った箇所の傷は直らなくなってしまっているのだ。正直言ってアダルも傷が残り続ける痛みというのを受け続けることが転生してきて初めての事だった。今にも声を上げて痛がりたい。しかしそれを見せず余裕に振る舞った。
『その手じゃ戦えないよな? どうするよ!』
問いかけてはいるが返事など聞くつもりはなかった。彼は動揺をしている軟体獣の隙を突いて懐に忍び込み、腹部目がけて二発の蹴りを立て続けに入れる。
「キリュリュルルアア!!」
その衝撃は軟体獣の体を吹き飛ばすほどだった。甲高く聞いていて不愉快になるような声も上げている。蹴りを受けて痛みで唸った声だ。軟体獣は吹き飛ばされた先はなんと海上だった。そこから重力に従うように、海に落下し鈍い着水音と共に高々と潮飛沫が上がった。
『はあっ! はあ。はあ!』
辛そうに乱れている息を整えるとアダルは海面を注視する。先程軟体獣が落ちた場所だ。海面は未だに波紋の波は立ち、荒れている。落下した場所からはぶくぶくと泡が上ってきている。触手は石化させ、砕けさせた。根元から石化していたからその部分を切り落とさない限り再生はしないだろう。その程度なら軟体獣はやってのけるだろう。そんな事を考えながらアダルは海面を注視し続ける。そのうち波は段々と静かに成り、泡も浮かんでこなくなった。そこで何かを感じ取ったアダル。
『・・・・・・。退散したか・・・』
そう言うと彼は一息入れて人間の姿に戻っていく。完全に人化した彼はその場で座り込み、海に向けて言葉を投げかける。
「時間稼ぎは成功した。今回はお前等の好きなように殺させないぞ、クソ悪魔ども」
不思議と少し消極的な的な戦い方をしていた理由。それは今日一日をしのぐための時間稼ぎの為だった。それを吐き捨てると勝ち誇る顔つきになる。




