三十八話 避難案内
「おい! 大丈夫か」
アダルに置いて行かれたリヴァトーンは彼に言われたとおり住民の避難誘導をしていた。今は逃げ遅れた五歳くらいの少女が蹲っているのを見付けて駆け寄る。
「びぇええん!! ふすんっ! ママぁ!」
鳴きながら母親に助けをこうている。どうやらこの子は母親とはぐれてしまい、どうしたら良いのか分らずここで蹲っていたようだ。
「た、たすけてくれ!」
「まだ、まだ死ねないいい!!!」
「なんでこんな目に!」
周りから逃げ惑う住民の悲鳴が聞えてくる。それを聞きながらリヴァトーンは屈み、彼女の体を持上げる。
「ここでずっと泣いていても良いが、死にたくなかったら逃げるぞ」
耳元で言い聞かせる。それでも泣き止まない。大人でさえ、泣き叫び、逃げ惑っている状況だ。五歳の少女に出来る事は何も無い。ただ親に着いていって逃げるしかないが、その親ともはぐれてしまったのだ。泣き止まないのも仕方が無い。徐ろに立ち上がり、ホテルのある高台の方を指した。
「おい! 避難するなら、あそこに行け! そこなら逃げても命の保証があるぞ!」
逃げ惑っている人々に大声で語りかける。瓦礫が崩れる音が響く中、それを聞こえた人物はほんの僅かであろう。それでも数人はその声が聞えていたみたいで、ホテルを目指し、走り出す。
「あそこのホテルだ! 逃げるならあそこに逃げろ。命の保証が有るのはあそこだ!」
聞えなかった者達の為に大声で避難誘導を続ける。彼が何故高台のホテルが安全なのを知っているのか。それは以前アダルから襲撃があったときに、ここを避難場所にすると言うことを聞かされていたからだ。海から襲撃が来るのはある程度予想出来たため、なるべく遠いこの場所が町中より安全と判断されたためここが避難場所に決定した。ホテル側もこれを受け入れており、尚且つ街に住まう住人を収容出来るほどの建物を持つというのも理由に含まれた。しかし必ず安全というわけではない。もし遠距離攻撃能力を持つ敵が現れて、高台のホテルを攻撃したらどうするという意見も出た。しかしその辺はあまり問題は無い。もしそのような事になっても、大丈夫なように港が襲撃を受けたら直ぐにヴィリスがここに駆けつけ、断結界という魔法を使う手はずになっている。これは周りからの攻撃を一切受け付けない結界の一つであり、大竜種の使える強力な魔法だ。そしてこれを使用するヴィリスは大母竜の血を引く、大竜種の王族だ。滅多なことではこれが破られる心配は無い。そのことも有って、彼女はホテルに配置されている。
「アン! どこなのアン!」
住民を誘導していると逆走して向ってくる女性が現れる。彼女は明らかに誰かを探している様子だ。子供なのか犬なのか分らないが、名前はアンと言うらしい。
「アン! 返事をして!」
今にも泣き出しそうな表情を為ながら彼女は足を止めない。きっと彼女は呼びかける存在が見つかるまで逆そうし続けるだろう。そんな彼女の声を聞いた、リヴァトーンの腕の中で泣き続ける少女は不意に泣くのを止めた。
「ママ?」
彼女の言葉にリヴァトーンは反応して1度少女の顔を見て、直ぐに女性に目を向ける。確かに似ている。おそらくこの少女が彼女が探し続けたアンなのだろう。そう思うと彼は安堵した。この子を彼女の元に帰せばこれ以上先に行くことはない。
「おい! この娘、あんたの子じゃないか?」
彼の声が女性に届き、彼女は梨ヴァトーンに焦った様な目を見せる。そのタイミングで少女の顔を見せると、彼女は驚愕しながら、コチラに走ってきた。
「アン。アン! 良かった無事で!」
少女を降ろすと直ぐに女性は彼女に抱きついて涙を流す。それに釣られて少女も大声で泣き出した。
「こ、こばがッだよ! まま!」
「もう! 手を離さないでって言ったじゃない。貴女が居なくなって、凄く心配になったのよ?」
二人とも安心したのか、しくしくとその場でなく。しかし今はそれどころではない。ここは混沌と化した戦場なのだ。
「すまないが、今ここで安心するのは止めてあのホテルに逃げてくれ」
空気を壊してしまうが、これは二人の為である。彼の言葉に女性はこの状況をおもいだしす。直ぐに娘抱えて立ち上がり、リヴァトーンに頭を下げる。
「娘を助けていただき、ありがとうございます。このお礼はいつか必ずお返しします」
「お礼とかいらないから逃げてくれ。ここももうすぐ戦場になる」
素っ気なく返し、速く逃げるように背中を押し促す。女性はすいませんと良いながら促されるままホテルの方に駆けていく。その後ろ姿を眺めていようと思ったが、それは直ぐに止める結果になった。アダルと巨獣が闘っている方向から何かが頭上を通過した。それを確認すると、それは五メートル程の瓦礫だった。それがリヴァトーン頭上を通過し、今逃げていった女性の居るところに落下しようとしていた。
「危ない!」
咄嗟に女性に危険を勧告して止まるように叫ぶ。しかしこの騒音が多い状況だ。リヴァトーンの声が彼女に届くことはなく、そのまま進んで行ってしまう。そして彼女が飛来する瓦礫に気付いたのはまさに頭上より落下して、あと少しでそれによって潰されるというタイミングだった。リヴァトーンは地を蹴る。あの二人の命を助けようと。しかしどうしても間に合う距離じゃない。それでも衝動的にとったこれは体が訴えているのだ。二人を助けたいと。
「トリアイナ!」
間に合わないと判断したリヴァトーンは走りながら、槍を呼ぶ。すると彼の背中が破れ短槍が飛び出す。それは彼の意思に同調するように瓦礫に飛翔する。
「きゃあああああ!!!」
今まさに押し潰れそうになっている女性は娘を庇うように瓦礫に背を向けながら悲鳴を上げる。もう自分の命がないと言うことは悟っているのだろう。それでも生きたいという思いが彼女に悲鳴を上げさせた。そして、その思いは間一髪のところで届いた。悲鳴を上げてからほんの僅かな間にその瓦礫は跡形もなく砕け散った。破片を残すことなく、塵に還ったのだ。未だに背を背け、娘に守ろうと体を丸めている女性は未だにもう瓦礫が落ちてこないことを知らない。目を閉じていたから。しかしその光景を娘は見ていた。
「ねえ、ママ。何が起きたの?」
未だに何が起ったのかその目で見ても理解出来ていない少女は見た光景の説明を求めた。娘の声によって漸く女性は自分が無事だと言うことに気付いた女性は徐ろに目を開けて、自分の肌を触ったり、手が透けて居ないかを確認する。
「・・・・・・・生きているの? どうして」
あの状況では絶対に助からないと思っていた。瓦礫に潰されてしまっては即死は当たり前だろう。しかし生きている。徐ろに上を見ると、何やら白い粒子が降っていた。それが何か分らないがきらきらと光を反射しながら降ってくるそれに彼女は目を奪われた。
「呆けてないでさっさと逃げろ」
近くまできたリヴァトーンの声によって彼女の正気を取り戻し、娘を抱えて立ち上がる。
「申し訳ありませんでした」
何故謝っているのか分らないが、衝動のまま頭を上げると女性は今度こそ地を蹴りホテルの方に駆けていった。今度は周りに目を配りながら。
「さて、俺様の仕事が出来たな」
彼女の背中を身をくらず、戦場の方に目を向けるリヴァトーンはそういうと、手元に戻ってきたトリアイナを強く握る。
「飛んでくる瓦礫粉砕か。昔やった遊びみたいで面白くなってきた!」
愉快そうに。それでいて獰猛な笑みを浮べるリヴァトーンはトリアイナを投擲する。それは縦横無尽に飛び回り、大小問わず瓦礫を粉砕していった。