三十七話 不気味な生物
高音の不気味なそれは何かの鳴き声である事は分かった。しかしそんな声を出す様な生物にアダルは心あたりがなかった。それに加えて窓ガラスを割るほどの威力を出す生物など彼の知るなかで一つしか無かった。
「来やがった!」
苛立ちの舌打ちをうつ。
「これがそうなのか?」
目を見開いているリヴァトーンはそう訊ねるとアダルは頷き勢いよく立ち上がった。その瞬間港の方から何かが崩れる音が聞えてくる。それを耳にしたリヴァトーンも立ち上がり、二人して割れた窓から飛び出し、街道に出る。
「港はあっちの方だ!」
煙が上がっている方を見付けたリヴァトーンはアダルにその方向を指す。するとアダルは人目を憚らず自分の翼を出現させて、羽ばたかせる。
「行くぞ!」
体を浮いたアダルはリヴァトーンの上まで移動すると、彼の首根っこを捕まえて高く飛んだ。
「うおぉぉ!」
突然からだが重力から解放されて空を飛んでいる彼はその際生じる風圧と浮遊感に襲われ気持ちが悪くなったのか思わず口を塞いだ。
「気持ち悪がっているところ悪いんだが」
配慮を見せつつもアダルは彼に問いかける。
「あの生物に見覚えはないか?」
港を向くように促す。今は土煙が上がっていてあまり詳細は分らないが何やら十を超える触手で停泊中の船やら港の施設を破壊しているらしい。リヴァトーンは目をこらしてそれを観察する。
「いや、分らない。なんだ、あの生物は?」
海の生物なら彼に聞けば何かヒントでも分るかと思って居たアダルは彼の解答を聞き、苦い顔をした。
「お前にも分らないとなると厄介だな」
「何でだ?」
当然の如くリヴァトーンはアダルの言葉に反応を見せる。
「あれはオリジナルに作られた生物。つまり俺たちからしたら未知の不気味な生物って事だ」
言い終わるとアダルは再び機嫌が悪いことを臭わせる舌打ちをして港の方に飛ぶ。
「おわああああああ!!!!」
ぶら下がった状態のままのリヴァトーンは風圧の壁にぶつかり続けているため、こんな変な声が出ている訳だが、アダルはそれよりも大事な巨獣退治があるため気にせず、どんどん速度を上げて行っている。
「俺の存在忘れているだろ!」
風圧の壁にぶつかり続ける中で、どうにか文句を吐く。
「残念ながら俺は住人の安全のほうが大事でな。そんな戯言に貸す耳は持っていない」
冷たくは行っているが、この言葉を返すだけでリヴァトーンの意見に耳を貸していることを証明している。だが、アダルは自分が言ったことを実現するように飛翔速度を上げた。
「ぐふうううううう!!!!」
速度を上げたことによって彼は遂に言葉を話すことは出来なくなった。しかしそれは案外早く終わった。目的地上空に到着したためだ。それに伴いアダルは急激に減速する。だが、それによってリヴァトーンに慣性の法則が働き、結果彼は自身の着ていた服に首を絞められ、体を締め付けられた上に肺の空気を全部外に漏らす三つの苦を1度に味わうという災難に遭った。
「てめえ。態とだろこれ」
息を整えながら言った苦言に涼しい顔をするアダルは目下の巨獣に殺気を帯びた鋭利な睨みを効かせる。
「キイイイ!!!!!!」
それを受けた巨獣は直ぐにアダル等を見付けるや超音波に似た高い泣き声を出して威嚇する。それを耳にしているリヴァトーンは思わず耳と塞ぎ痛みを訴えるように顔を歪める。アダルも苦痛を感じているため、若干ではあるが同じように顔を歪める。
「もう少し上にいくか」
言葉通り彼は巨獣から距離を取った。
「さて、ここまで近くから見たらあれの正体が分るか?」
アダルは先程と同じ内容の質問をする。リヴァトーンは何故アダルが自分まで連れてきたのか漸く理解した。間近であの巨獣の元になった素体を知るためだと言うことを。彼は促されるままに再び巨獣を観察を始める。土煙もなく距離も近いため今度は細部に至るまで観察出来た。しかしこの巨獣の形状はまさに気味が悪いを形にしたような姿をしている。全体的に濃い紫の軟体生物っぽくが、顔は目が顔の中央に一つしか無い獅子のようである。その目は狂気をはらんだような焦点が合ってない用に見えるため、余計不気味に見える。その下に鋭利で噛みづらそうな歯並びをむき出しにした口がある。獅子を象徴である長い鬣のような物のが生えており、それぞれ先端に蛇の頭が付いており独自に動いている様に見える。体は胴体があり、そこから6本の触手が生えており、先端は三叉に分かれた鉤爪になっていた。下半身は13本の触手で構成されておりそれを操り地をはっている。触手の先はさらに6本ほどに分かれておりそれを巧みに操って街を破壊していく。
「やはり見覚えがない生物だ」
「そうか。わかった」
そう言うとアダルはその場から離脱する。
「おい! 闘わないのか!」
「お前を地上に降ろしたらすぐにでも巨大化して闘うさ」
リヴァトーンはそれを聞き、絶句する。アダルは本当に自分を闘わせるつもりはない。そんな事は分っていた。しかし正直言って忘れていると思って居た。これほど混乱している街を見てそれどころじゃないという思いが有ったから自分は連れてこられたものだと思って居た。しかし彼が思っていたほどアダルは冷静であった。
「巫山戯るな! 俺様も闘うに決まっているだろ! こんな現状を見せられて、それでいてその元凶が今もまだ目の前に居る。闘わずして、この状況を放っておいて何が戦士だ!」
彼は自分の意見を吠える。しかしアダルの考えはそんな事では変らない。
「さっき言ったこと。お前なら忘れるはずがないよな。足手まといになるだけだ」
言い返そうと口を開き駆ける。だがその前にアダルが次の言葉を紡いだ。
「お前は貴重な戦力だ。ここで失う訳には行かない。だから今回は堪えて、住民の避難誘導を頼む」
言い終えると彼は彼を地上に降ろして、リヴァトーンの次の言葉を言われる前に再び高く飛翔する。その背中に目をやるリヴァトーンは不満そうな表情を隠さず晒し、「クソ!」と悪態を吐く。そしてアダルに言われたとおり、彼の近くで転んでいる女児に駆け寄る。その姿を横目で確認していたアダルは少し安堵する。彼の性格上ならあの巨大な軟体生物に挑んでいたかも知れない。しかし彼は文句は言っても無謀な事はしなかった。それは彼が成長した証なのだろう。
「問題はあいつだが」
そう言うとアダルは軟体生物の巨獣に鋭い眼差しを向け、どうにか弱点の様な物が無いか自分で観察する。こういう生物をアダルは知っている。この世界ではない前世でこの様な生物が存在していたから。
「クラーケンとメドューサを合体させたような奴だな、あれ」
髪の毛が蛇のギリシア神話に出てくる海神ポセイドンの愛妾であった女メドューサと船を襲う巨大な軟体生物クラーケン。どちらも厄介な相手だったが、それが合わさると最悪と言わざるおえない。観察を続けていると、巨大な軟体生物。軟体獣は焦点の合っていない目を地上に向ける。するとそこから薄汚れた黄色の怪光線のような物を発射する。その光線が照射されたところいったいは直ぐに石化し始めた。結構近くに居た彼は危なくその光線の当りそうになり、間一髪でそれを回避為ることに成功する。内心少しホットしていたがすぐにその光景を見たアダルは目を見開いたのちに頭を抱えたい気持ちに包まれた。
「最悪だ。まさか石化まで出来るとは。・・・・・・・」
石化の能力。これはとても厄介である。再生能力を持つアダルでさえ、対峙するとき面倒だと思ってしまう。しかしアダルはそれを見た結果、ある考えにに辿りつく。それは彼に取っては悪い方ににである考えだった。
「あいつはメドューサの力を行使できる。と言う事はクラーケンの方も行使できると言うことなんじゃ」
このままでは不味いと思ったアダルは直ぐに対処しようと本来の姿である巨鳥の姿に戻り、軟体獣の体に向け跳び蹴りを食らわす。獅子の要素の能力がどのような物なのかという不安を抱きながら。




