三十五話 戦力外通知
アダルの言葉にリヴァトーンは背もたれに体を預けて、姿勢を崩す。
「俺の言いたいことは察せるか?」
アダルからの質問に彼は鼻で笑う。
「いくら感覚が鋭い俺様でも考えまでは読めねぇよ」
自嘲気味に吐き捨てられた言葉。その言葉にアダルはわざとらしく卑しく笑う。
「読めないのか。スサイドンは読めたんだがな」
明らかにからかっていることが分る発言。もちろんリヴァトーンもそれは分っているが機嫌を悪くしたのか、顔を顰めるしかない。何せいくら闘っても何をやらせても勝てない父親と比べられているのだ。機嫌を悪くしない方がおかしいだろう。それでいて昔アダルと旅をしていた時点でスサイドンは他人の考えを読むことが出来たと語られた。それはつまりまた父親との格の違いを思い知らされたと言うことだ。それで一層に機嫌が悪くなる。その表情の変化にアダルは少し困った様子だった。
「すまない。からかうつもりだったが、これは禁句だったようだな。以後気をつける」
「別に気にしてなど居ない」
反省の意を示す。しかし言葉ではそう言っているが彼の機嫌は直る気配はない。そのことでアダルは今後は不用意な発言を控えようと考え、同時にこのままでは時間がもったいないと1度話しを進めようと口を開いた。
「俺から話すことは主に二つだ。まず一つ目はお前の従者。特に今日ついてきた彼女についてだ」
突然は無しが進み、それでいて内容がユリーノの事であるためリヴァトーンは態度はそのままに耳を貸す。
「彼女も悪魔種の手先と闘わせるつもりなのか」
彼からの質問にリヴァトーンは「ああ」と頷く。するとアダルは溜息を吐き、言葉を続ける。
「残念だが、俺は彼女も戦いに参加することを認めることは出来ない」
一瞬立ち上がろうと試みたが、何故か直ぐに頭は冷静になり、それは未然に防がれた。
「そうか。仕方が無いな」
残念そうな。それでいて悔しそうに歯を食いしばる。彼の言っている事は分かる。今の彼女の実力では確実に殺されてしまうのであろう。そうは成らなくても足手まといに他ならない。
「そのことをユリーノに言うんだろ?」
「言わないと彼女は死ぬからな。大丈夫だ。ちゃんと俺から言うから」
手に水の入ったコップを持つと彼はそれを徐ろにくちに運び、口内を潤す。
「確実に駄々を捏ねるぞ」
「・・・・・。彼女は一応成人なんだよな」
渋い表情を浮べて訊ねる。彼女の行動はまるで子供の様だから思わずそれを口にしてしまった。
「一応だがそうである事は違いない。だが、たまに居るだろ。精神が子供のまま体だけデカくなった奴が」
あいつがそうだとまでは言わなかったが先程言ったことでアダルはなんとなくそれを察知出来た。
「それで。二つ目はなんだ?」
急かす様に先手を打つ。アダルは促されたまま、口を開く。
「お前はここ数週間。俺と闘い続けて随分と強くなった」
その口から出て来たのはなんと賞賛の言葉だった。それを聞いたリヴァトーンは驚き、目を見開いた。
「単純な戦闘能力。槍の扱い方。そして対知恵を持つ生物との戦い方。どれも最初に森で会ったときよりも確実見伸びている。一番伸びたのは対知恵持ち生物との戦い方だろうな。お前は今までそういう生物と戦った事が無かったんだろう経験が無いだけで、やればそれを吸収出来たし、その速度も速かった。間違い無くお前は天才なんだろうな」
あまりにも褒められすぎて、何かあるのではないかとリヴァトーンは疑った。
「それでも。それでもだ。お前も悪魔種襲撃の際に撃退に参加をさせる事は出来ない」
彼の予感は的中した。今度こそ彼は机を叩いて立ち上がる。
「どう言うことだ!」
その声が店内に響く。数少ない客がコチラの様子を伺うように見てくる。しかしそんな事はリヴァトーンには関係無かった。彼は鋭い目でアダルを睨む。それを受けた彼は一切怯える様子もなくただ座れと口にしただけだった。その言葉には従わずにはいられない圧のようなものがあった。それにあらがい切れなかったリヴァトーンは腰を降ろした。それでも尚彼は鋭く、今にもアダルに襲いかかろうと言う意志を表すように睨み続けている。
「説明しろ。何故俺様も戦いには参加させられない」
声もいつもより低く重い。それでいて殺気も籠もられていた。普通の人間ならこれを聞いたら体が強ばり冷や汗くらいはする物だが、アダルはそんな様子を見せなく、逆に涼しい顔していた。
「簡単なことだ。今のお前では彼女同様に足手まといにしか成らない」
言い返そうとした。しかし彼の言葉には続きがあった為、それはすんでに止まった。
「さっき言ったとおり、お前には才能がある。それは本当に思っていることだ。だが、その本当の力をお前は発揮出来ていない」
言い分が納得出来ない。その力を発揮しなければ闘わせられないと宣言されてしまった。
「そんな物無くたって俺様だったらどんな奴とだって闘える!」
そのくらいの力は持っている。しかしそれはアダルだって分っていることだ。何せ毎日の様に闘って、間近で成長を感じていたのは彼だったからだ。それでもこれだけは譲れなかった。
「お前は知らないのか? 悪魔種の手先というのがどういう奴等なのか」
「それが何だ。俺だったらどんな奴とだって渡り合える! 喩えどんなに巨大で強大な力を振るおうともな」
彼のその発言で彼が知っている事は分った。その上でこの発言をしているのだ。溜息をつく。
「その通りだ。だが、お前の認識は甘い」
「どこが甘いっていうんっ!」
言い終わる前にアダルはリヴァトーンに飛びかかり。胸ぐらを掴み、鬼気迫る顔を近づけた。
「彼奴らはな。いわば災害なんだよ。悪魔種が大陸に生きる全種族を殺しまくる為に送られた破壊のプログラムだ。そんな奴等に普通の力が通用するわけがないだろ! 対抗する為にはこっちも災害にならないといけないんだよ!」
言い終えると彼はそれを話して元の場所に座る。言われたリヴァトーンは呆然とした。彼の言っていたことは理解できた。そして何故か納得してしまった。何故自分が納得してしまったのか分らず、呆然としているのだ。
「今のお前はまだ災害に対抗する術を持っていない」
「槍があるだろ」
その主張にアダルは鼻で笑う。
「真価を引き出せていないだろ。話しにならないぞ?」
返された返事に言葉を詰まらせる。
「これまでお前と闘ってきて一向に大精霊の力を発言する気配すら無かった。実戦に出せば出るかも知れないが、そんな危ない橋を渡らせる訳には行かない。命を無駄にするだけだからな」
「それでも可能性があるならやるべきだと思うが」
その主張にアダルは首を振る。
「今のままだと駄目だ。お前の中にある力が知れたら確実に殺される」
戦闘に出たらリヴァトーンは躊躇無く力を行使して、能力が知られるだろう。そして知られたら最後。彼の存在が危険だとわかり、真っ先に殺される。誰にというのはいわずもがな悪魔種に。今回生き残っても今度は確実に死んでしまう。彼の能力の危険性からして手先である魔物ではなく、悪魔種自身が来るかも知れない。そして彼はそれに対抗する為に力を持っていない。殺されるのは目に見えている。
「何が足りないんだ!」
それが何なのか分らないリヴァトーンはやや声を落とす。
「それは俺には分らない。ただ、お前には何かあるのかもな」
その発言に彼はアダルの顔を見る。
「何かって言うのは?」
「俺が思い浮かんだのは二つだ。一つは誰かしらからその力を封印されている場合。そしてもう一つは」
アダルはそこで区切り、少し考え込む様な仕草を見せる。
「何だよ。そこで焦らすなよ」
待っている身としてはその時間は耐えられた物では無い。リヴァトーンは急かす様に声を上げる。
「悪い。もう一つはな」
一回謝罪を入れた後、アダルは思考を纏めて言いよどむ事無くそれを言った。
「お前がその力に何かトラウマを持っている場合だ」




