八話 再会:1
「もうすぐ王都に着きます」
外からレティアが馬車内に向け、問いかける。それに答える様に馬車の窓が開く。
「そうか。態々それを伝える事も忘れないとは律儀な人達だ」
そこから出てきたのはアダルだった。彼はレてぁに向け賛辞を伝える。それを聞いてレティアは微笑む。
「いえ、これくらい当然のことです。何せ貴方は王子が客人として扱っていますので。王子がやっているのに私達が出来ないとは言えません」
彼女は当然の事と口にする。そこでアダルはレティアにあることを聞く。
「それにしても良いのか? 俺は人間じゃないぞ? この国では人種差別とかは無いのか」
割と真剣な口調でそれを言葉にする。レティアはその問いかけにまた微笑を浮かべる。
「問題ありません。我が国ではそれは法律で禁止されています。たとえどんな存在であろうとも我が国に来るのであれば害をなす者以外はそれなりに人権は保障されますので」
それを聞いて納得する様に頷くアダル。
「ありがとう。後、王子に何か伝えたいことはあるか?」
礼を入れ、それを口にする。その言葉が彼女の耳に入ると、誰もが氷漬けに成りそうな程の冷たい笑みを浮かべる。
「それでは一つ。逃げられると思うなよと伝えてください」
「それを伝えれば良いんだな」
問い返すと彼女は頷く。そこで用件を伝え終えたと思ったアダルは窓を閉めようとする。
「お待ちください。最後に一つ」
その言葉で途中まで閉めかけていた窓を再び開けた。
「王都内ではカーテンを閉めていてください。この馬車は王族専用の物。そんな馬車に王族ではないものが乗っているとなると民が混乱してしまいます。王城に着きましたら、そう伝えますので」
アダルはそれに頷き、今度こそ窓を閉めた。
「何を話していたんですか?」
窓を閉め切り、席に座るなり暢気にお茶を嗜んでいるユギルが訪ねてきた。その姿を目にしてアダルはため息を溢す。
「騎士団長からのお前宛の伝言を頼まれた」
「そうですか。で、その内容は?」
未だ笑みを絶やさぬユギル。アダルはこの後のことを予想すると少し伝えるのが億劫に成る。しかし伝えないわけにもいかず、彼は意を決した。
「『逃げられると思うなよ』だとさ」
それを耳にした途端。ユギルは口にしていた茶を一気に吹き出す。彼の正面に座っていたアダルは俊敏な動きでそれを回避。再び席に座り、彼の様子を伺う。そこには先程までの暢気な雰囲気は無く、明らかに狼狽えた姿のユギルがいた。
「そそそ。そんなあ」
彼は落ち込んだように方を落とす。
「来る途中で聞いたぞ。この第七騎士団はお前の守護が役割なんだってな。それなのにその守護対象がいきなり置き手紙だけを置いて姿を消した。それは怒られるわな」
アダルは笑みを浮かべながら彼の心を抉ることを口にする。ユギルはこれを聞いて明らかに動揺を見せる。肩を震わせて、目を泳がせる。その姿がアダルがアダルを余計に笑みにした。
「今回はそれくらいの事をしたんだ。おとなしく怒られておけ」
「そ、それは困ります。レティア。怒ると超怖いんですから」
困った様にそれを言うとアダルは声を上げて笑った。
「それはどの世界でも一緒だ。俺の前世でも女が怒るとそこら辺の魔物だったらすぐにでも倒せるかもな」
それを聞いて彼は完全に意気を無くし、項垂れる。そんな微笑ましい姿を一瞥して、彼は一瞬窓の外に目を向ける。そこにはレンガで作られた建物があり、彼は悟った。
「もうすぐ王都なのか」
彼はレティアに言われた通り、勢いよく備え付けのカーテンを閉めた。
「着きました。どうぞ降車なさってください」
「だとお。落ち込んでいないでさっさと降りろ」
外からレティアの声が聞こえ、彼はユギルに早く降りるように促す。彼はようやく堪忍して、先に馬車から降りた。彼の後を続き、アダルも降りる。その瞬間彼の目に入ってきたのは大量の従者が道を挟んでので向かいだった。
「はあ。行きますよ」
明らかに火とぉ落として、先を歩くユギル。彼に着いていこうと一歩を踏み出す。
「申し訳ありません。貴方様は木幡氏に付いてきてください」
いつの間にか背後にいた老メイドの耳打ちで足を止める。しばらく先を歩いていたユギルはアダルが着いてこないことに気付き、振り返る。
「あれ? 来ないんですか」
不思議そうな顔を浮かべる。そんな彼に咄嗟に言葉を投げた。
「どうやらお前の説教が先らしい。俺は城の中でも見学しているよ」
その言葉が嘘にならないように耳打ちをしたメイドがレティアに目配せをする。彼女はそれに従い、騎士達に手話で命令を下す。下された騎士達は油ギルの元に駆けつけ、彼の両肩を掴み上げ、王城の中に入っていく。助けを求める言葉を発しているが誰もその言葉には耳を貸さない。そこでようやくアダルはメイドに問いかける。
「これでいいんだろ」
「はい」
彼女はゆっくりと頭を下げ、ある方向に歩き始めた。アダルは彼女に黙って従い、付いていく。
しばらくメイドの案内で歩いて行き、彼らはあるところにたどり着く。
「ここは?」
「この王宮の離宮であります」
上がるの疑問に瞬時に返す老メイド。見上げるとそこは赤いレンガで作られたとても高い塔の様な物だった。
「何故、俺をここに?」
「貴方に会いたいと言う御方がここに案内するようにと」
彼女はそれだけ言うと離宮の扉に手をかける。
「この先にその御方が居ります。ここからはお一人でお行きください」
「貴方は入らないのか?」
こんな事を口にすると彼女は困った様な顔を浮かべる。
「お恥ずかしながら、この先にいる御方は気難しい御方で。従者が好きでは無く、付き従える事が嫌いなのです」
「そうか」
アダルのその声を聞くと彼女は微笑み、ゆっくりと扉を開ける。
「どうか、お気を付けて」
最後の言葉が耳に響かせながらアダルは離宮に入っていく。
中に入ると、そこには花園が広がっていた。様々な花や木が植えられており、そこには前世で見たような花ばかり植えられている。その光景にアダルは目を見開く。思わず笑いを見渡す。そこで彼は気付く。
この花園の中心にある白いテーブルとそこで優雅に書籍を読み浸る、人影の姿を。
「っ!・・・・」
思わず声をかけそうになる衝動を抑えつけ、彼はゆっくりとその影に近づく。
一歩ずつ確かめるように足を進め、遂に彼を対面できる所まで来た。そこで影もアダルに気づいた様子で本から目を移す。そこでアダル自身に衝撃が走った。
「お前は・・・・」
「随分と遅い到着だったな。俺の友を名乗るなら百年は早く俺の元に来い」
そんな傲慢極まりない言葉が前世の記憶から呼び覚まされる。その感覚に心地よい物を感じつつ、アダルは口角を上げる。
「こっちに来ても相変わらずせっかちなことだ」
影が徐々に消えていき、浮き彫りになるその姿。そこには黒髪黒目。人を殺せそうなほど鋭い目つきの男の姿があった。
「で、なんで姿が変わっていないか教えてくれないか? 王来」
「お前に答える義理はないぞ。明鳥」
アダルに取って二百年ぶりとなる会話。そこに成り立っていた会話は全くの古くささなどを感じさせない程スムーズに行われた。