三十三話 趣味の悪いこと
その日の夜。フラウドが用意した別荘にある港の見える客間にアダルとヴィリスの姿があった。
「ヴィリスにしては杜撰な対応だったんじゃないか?」
昼間に起ったことを有りの儘彼に話したら容赦ない言葉が返ってきた。
「そうだね。自分でも反省しているよ」
疲れが見える弱った笑みを浮べて、彼女は自分に厳しい言葉を吐く。
「いくら混乱していたからってもう少し上手いやり方も出来たよね」
その辺の自己分析が出来ている。
「別に俺がとやかく言うのは違うと思うから何も言わないが・・・・・・」
彼は少し気まずそうにその後の言葉を言うか迷う素振りを見せる。その反応で彼が次に何を言ってくるのか分った彼女は先手を打つ。
「大樹城に戻るのか。という話し?」
彼女からその話を振ってくれて良かったという想いでアダルは頷く。
「お前からしたらトラウマの宝庫だろうからな。迷うだろうなって」
アダルが行ったことが当っているのか、彼女は寂しそうな表情を浮べて、港に目をむける。悲哀の横顔を目に抑えるとアダルはヴィリスと同じく彼女の目が映している港を向いた。夜になったこの時間でもここは動いている。電気はないが近くの高台から照射される照明の魔法で港全体が明るくなっており安全に作業を出来ている。
「今までも送られては来ていたけど送ってきてたのは大体兄姉たちだったから毎回行かなかったの。だけど今回は行かないと駄目かな。母様からの招集だし」
寂しそうな声が横から聞える顔を見ていないから分らないが、彼女の表情も尾内用になっているのだろう。
「一度戻ると私はきっとしばらく大樹城に居なくちゃ行けないと思うの。私は殻割りの儀をしてないからそれをやるために」
「・・・・。確かにあれは少し時間が掛かるからな。仕方が無いな」
彼女の発した殻割りの儀という儀式を彼は知っている風に応えた。言葉通り知っているのだろう。だから正当な返しが出来たのだから。それを効いた彼女は吹き出すように笑い始める。突然の事でアダルは目線をヴィリスに戻す。
「どうした?」
彼女のその行動に些か心配になったアダルは思わず聞いてしまった。そのタイミングで漸く落ち着いてきた彼女は笑い交じりの声で返答する。
「いや、何でも無いの。ただ、勝手に私の壺に入っただけだから」
「何でも無いって琴葉無いだろ。正直に吐け。きっとその方が楽になるぞ?」
何が楽になるのかと聞き返したかったが、彼女はきっと答えなど無いとアダルの表情を見て悟る。ここで聞いて彼が困った顔が見れるかも知れないが、返り討ちにされる可能性もゼロではないため、何故笑った理由を正直に応えた。
「いやだって。当たり前のように殻割りの儀を知っていたんだもん。あれは大竜種だけに伝わる秘密の儀式なのに。それでつい。ね?」
彼女の言葉にアダルは言葉を詰まらせて黙った。つまり彼女に填められたのだ。その事実にアダルは少し呆れた表情を浮べる。それを見たヴィリスもいつもの微笑を浮べる。しかし何時までも口を閉ざすわけにも行かないアダルは溜息をした後に漸くそれを開いた。
「それで、行くとしたらいつ行くんだ?」
「今回の件が終わったらなるべく早く行く事になるのかな。はあ」
嫌な事を思い出したのだろう。思い息が漏れた。その息から察するに、悪意有るトラウマを思い出したわけではなく、本人が嫌がる事なのだろう。誰がそれを仕掛けるのかは分らないが。様子を見るにどうも大樹城を出たのは兄姉を殺した事だけが問題じゃない様子だ。まあ、悔いの心が出るきっかけなった事は事実だが。
「そこでさ。提案何だけだね。大樹城に帰るとき、着いてきて貰ってもイイ?」
あまりにも予想外の言葉が彼女の口から紡がれた。それはきちんとアダルの耳にも届いた。届いた瞬間彼はまず自分の耳を疑った。
「出来るはず無いだろ。あそこは竜の血を持つ者しか入れないはずだ。残念ながら俺は光の鳥。無理に決まっているだろ」
そんな事分っているだろと言葉をつづけようとしたが、その前に彼女が俯いていることに気付いた。
「そうだよね。・・・・・・・ごめんね。変なこと行っちゃって」
明らかに強がりだと分る。何せ彼女の腕が僅かに振るえていたから。トラウマは消えない。だから彼女はいままでいくら帰ってくるように要請されても大樹城には帰らなかった。だけど今回は帰る決意をした。それだけでも勇気ある行動だろう。アダルは少し考えをあらためて、言葉を口にする。
「行くなら俺が言ってもいいように許可を取ってくれよ。あと興味ありそうな奴外他場合、其奴のもな」
アダルの発言に俯いていたヴィリスは勢いよく顔を上げて信じられないと言いたげな表情をする。
「・・・・・。いいの?」
「許可をもらえたらな。さすがにそれが無いと俺は怖くて行けないからな」
それが無く、無断では本当に怖くて行けない。いくら強いアダルでも強大な力を持つ大竜種の巣窟に入る勇気などない。瞬殺はされずとも、数の暴力によって自分が死に絶えていく姿が目に浮かぶ。
「大丈夫。さすがに私も無許可で連れて行くつもりはなかったから。そこ変は便宜させてもらうよ」
「それなら良かった。俺もまだ命が惜しいからな」
最後の方は軽い調子で言い放つ
「さすがに命までは奪わないと思うけど」
断言は出来ないが、そこまではしないだろうと彼女は思っている。実際過去に無断で大樹城に侵入した輩が居たことがあったらしいが、命までは取られたという話しを彼女自身聞いた事が無い。だから穏便に返したのだろうと彼女は楽観している。
「いいや、安心は出来ないな。俺の聞いた話じゃ死んだ方がマシだと思える罰を受けさせられるらしいからな」
「どんな罰を受けるの? 少し興味があるな。そんな話し聞いた事無かったから」
知った風に言い切る彼の発言と内容が気になったヴィリスは聞き返す。為ると彼は真顔に成り雰囲気をだそうとして低い声で語り始めた。
「聞いた話では三つあった。一つは大竜族の娯楽の道具にされると言う奴だ。どんなことをされるのかは知らないが大竜種基準での娯楽だ。他の種族には耐えられない。二つ目は記憶を全部抜き取られるらしい。これは比較的優しい方だな。生活に支障が無い暮らししか抜き取らないらしいからな。そして三つ目だがこれが一番厳しいだろうな」
彼は勿体ぶって一度言葉を句切って数回咳き込み声を作り直す。
「純血の大竜種の戦士達に百回勝たないと解放されないらしい。その間に死んでしまっても無理やり生き返らせてそれが達成するまでやらせるらしいぞ」
前にアダルに向け趣味が悪いと言ったことがあるヴィリスは、自分たちの種族も大分趣味が悪い事をしていたのだと分かり、少し恥ずかしくなった。
「まあ、それをやる奴は大概が頭の弱い奴らしい。みんながやるわけでは無いのが救いだな」
苦笑いを浮べたアダルの表情を見て不思議と居たたまれない気持ちになった。
「そういうわけだ。無断で行ってさっきの三つのことをされるのは俺は嫌だからな。きちんと許可を取ってくれよ?」
珍しく必死の様子のアダルにヴィリスは少し気圧されてしまった。
「わ、分っているよ。絶対にそんな扱いはさせないようにするから」
彼女のその発言を嬉々、彼は漸く安心した表情をする。しかし彼女はここである疑問が頭に浮かんだ。何故彼はここまで大竜種。または大樹城のことを詳しく知っているのだろうと。さっき言われたこと。まるで実際に体験したような言いぐさだったことも気になった。しかし彼は詳しくは教えてくれないだろう。彼女の中でもやもやとした後味の悪い感覚だけが残ったのだった。




