三十二話 使者の目的
リザードマンの騎士が言葉を言いのけてから僅かな間。そのレストランは一切の音が鳴らないほど静寂に支配された。他の客が思っていることはただ一つ。「今なんといった?」や「何故あの娘が大母竜からの手紙を受け取れる?」とか。或いは「あの娘は何物なのか」というものだった。彼らは各々の考えの元、ヴィリスとリザードマン
の騎士に奇異な目を送っていた。皆が注目しているのである。彼にあの言葉を投げかけられたヴィリスがどのような返事を返すのかを。
「・・・・・・・。まずは目立ちますからフードを被ってくださりますか?」
静寂を破ったその言葉に皆がこけそうになった。今そんな事言うべきことではないだろうと他の客達は、皆同じ考えをしながら動向を見ていた。するとヴィリスは徐ろに立ち上がって店内に聞こえる程の声を上げる。
「皆様。混乱させてしまい申し訳ありません。この者は私の知り合いです。しかし閉鎖的な国の者ですので常識に疎いところが有ります。私の方からキツく言っておきますので皆様は今まで通りお食事をお愉しんでください」
彼女はそう言うと柔和で困った笑みを浮べる。それを見た客達は自分たちが動向をうかがっていたことが恥ずかしくなり、皆がさらに目を移した。
「貴方もそこの席に座ってください」
「はい。失礼します」
彼女に促され、ガイドルが座っていた隣の隣の椅子に腰掛ける。この際放った声は空気を読んでか、少し小さめだった。それを見届けると、彼女は一度周りを見渡して誰もコチラを見ていないことを確認してから腰掛けた。
「・・・・・・」
彼女は一度口を開き、何か言おうと試みるが、何を言っていいのか分からず。結局何も言わぬまま、口に物を運んでいく。先ほどからそのような素振りを見せないが、彼女は未だに混乱している。彼女の頭は混乱に混乱をかせねていって、最早カオス状態に至っている。何を話すかと言うのも結局纏まっていないのである。
「まずは自己紹介をさせていただきます」
彼女が中々話し出さない事から、混乱していると察した彼はまず名前からと先に動いてくれた。
「私は大樹城近衛騎士のザーマ。普段は大母竜様守護の仕事に就いています」
大樹城というのは大母竜またはその家族が住まう大樹の中にある城だ。つまり人の国で言うところの王宮だ。つまり昔ヴィリスもその城にいたことにナル。この大陸を作ったと言われる《次元竜 ウリガス》が大陸を作った後、その中心に大樹を生えさせその中に城を作ったと言われている。それがその大樹城だ。
「・・・・・。ザーマさん。手紙を預かったって、本当ですか」
彼は無言で頷く。当たり前だ。でないと、彼はここに居ないのだから。分かりきった質問だ。しかし本人の意志とは関係無く、その表情は僅かに暗かった。それを見て、彼はどうしようかと悩む素振りを見せる。しかし仕事と割り切り、と所から一通の封筒を取り出し、彼女の前に置く。
「中にはなんて書いてあるんですか?」
「それは私にも分かりません。主人から貴方に送られた物を勝手に見ることは出来ませんから」
その言葉から彼が忠臣である事が分かる。やはり自分で見るしかないのだろうと思う。恐る恐る手を伸ばしてみる。
「・・・・・っ」
しかし手が震えだし、直前で止まってしまう。結局素手を手に取ることが出来ずに引っ込めてしまう。
「・・・・。正直言ってなんて書いてあるのか、予想は出来ます」
手紙から目を離さずに彼女は言葉を続ける。
「しかし私はまだその勇気が無いんです。そして背負っていく覚悟も」
「・・・・・・。受け取れないと」
その言葉に彼女は弱々しく頷く。それを見て、ザードは少し残念そうに顔をゆがめる。
「先程、私を庇い立ててくれたとき。私はやはり貴方は大母竜様の子女なのだと思いました。貴方にはあの御方と同じように他の者をいたわる心があると。先程の姿。私には貴方が覚悟がないようには見えませんでした」
彼の口から出て来たのは優しい言葉だった。それでも彼女はそれに再び手を伸ばすことはしなかった。
「どうして、私がここに居る事が分かったんですか?」
これ以上何かを言われる前に彼女は話しのすり替えを図った。ザードはヴィリスの顔からどのような意図が有るのかを知ろうと試みるが、その前に彼女の口が動くのが早かった。
「クリト王国の王城に竜の谷の使者が来たのは知っていました。そして私に用があるのだと言うこともです。しかし彼らは私の情報を外には漏らさないと思うんです。私はあの城で働いている人達の人柄を知っているので。どうやって、私がここに居ることを知ったのか教えて頂けますか?」
困った様な表情をしながら問いかけてくる。彼女は本当に疑問になぜここにたどり付けたのか思っているのだろう。暴力に訴えたとか、術をつかって無理やり聞き出したとは思っていない。他の種族に対して力があると言ってそれで無理やり聞き出すと言う事を竜の血を引く者ならやらないと確信している。それをやったら欲望に従っているのと同じ。悪魔種と同じになってしまう。誇り高き者はそのような手段には訴えない。そしてその行為は大母竜にいざというとき以外の使用を禁じているからだ。大母竜の近衛である彼がその禁を破るとは思えない。だからこその疑問なのだ。彼に向ける表情が少しずつ変っていく。困った顔が、徐々に氷のよう冷たく。鋭い物に。それを見せられた彼は想わず息を飲んだ。そして少し間を開けた後、漸く観念したのか息を漏らす。
「これは困りました。貴方は本当に大母竜様にそっくりだ」
「質問に答えてください」
冷たくなった声でうったえると、彼は語り始めた。
「城の者には何もしていないと思いますよ。むしろ歓待されてはしゃいでいるのではないでしょうか」
気になる言い方で彼は返してくる。その言い方ではまるで・・・・・・。
「王城に行ったのは貴方ではないのですか?」
思った事をそのまま口にする。その行為に彼女は少し後悔した様子を見せた。しかしそうとしか思えない口ぶりだったからつい言葉にしてしまった。
「正解です。クリト国の王城に向ったのは私ではなく違う使者の者です。貴方様が城に居ない可能性がありましたから念には念をという考えで複数の使者が大母竜様からの手紙を渡されて私達は送り出されました」
疑問を言ったつもりが正解を引き出したヴィリスは彼の言葉を聞いてある可能性に行き着いた。
「私の動向は筒抜けだったと言う事ですね」
少し落ち込む様に小さくなった声だった。ヴィリスの言葉が確実に聞える距離に居るザードは彼女の言葉に返答を返さずに練習された作り笑いを浮べる。
「さすがにそこは教えてくれないんですね」
「私からその件でいえる事はありませんので」
常套句をつかった。この件はいくら攻めても無駄だろう。これはとても重要な情報だ。簡単には教えてくれないのは仕方が無いことなのだろう。そんな事を思い浮かべているとザードはふとトイレの方に一瞬目線を送った。トイレにはガイドルがいる。きっともうすぐ出てくるのだろう。それを察した彼は徐ろに立ち上がり、ヴィリスに口を開いた。
「名残惜しいですが今日はここまでのようです。配達の任務も終わりました。お母上からの手紙。ちゃんと目を通してくださいね」
それではと一礼をして、フードを被ると彼は出入口の方に足を進めかけた。しかしそれを止め、再び彼女の方に向いた。
「最後に一つ。お母上が貴方の身を心配しておられます。それだけはお忘れ無きよう」
そういうと、彼は今度こそ足早に出入り口に向って行った。他の客はそんな彼を目で追った。ヴィリスはその好きに、母親からの手紙を手にして、机の下に隠す。側だけだが、書かれている事は分っていた。だから受け取りたくなかった。きっと中にはこう書かれているからだ。帰ってこいと。




