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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
第二章 海乱の軟体獣
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三十話 アバッサでの訓練

 クリト王国からアバッサまで馬車で三日。国を一つ跨ぐのにこれは早い方であろう。しかし今はそれを置いてくとして、アダルたちがアバッサに到着して五日ほど経過した。その間に彼らは二組に分かれて咬合していた。一組目はヴィリスとガイドルのペア。彼女らはアバッサの首脳陣と接触し、悪魔種の手先による襲撃に備えてアダルらが動きやすいように動いていた。主に政治家と接触して対策会議をしたり、襲撃の際船の破壊被害を防ぐため、船を運営する貿易会社にしばらく港から離れて別の場所で貿易をするように頼んだりといった活動をしていた。彼女はこういった活動は苦手であったが、今回もアダルの判断によって戦闘に参加させられないこともあって、別のことで彼らの役に立ちたいという思いからこういった活動を自主的にこなしていた。ガイドルはそんなつたないながら健気に活動しているヴィリスのサポートとしてフラウドに要請されていた。本来ならフラウドもアバッサについてくるはずだったが、急遽大陸中央にある竜の谷の使者がクリト王国に現れたためその対応に追われて、今回は来れなかった。

 もう一組はこの他の三人。アダル。リヴァトーン。ユリーノである。彼らは泊っているフラウドが所有する別荘にある地下訓練場にいた。

「ふん!」

「えいや!」

 今はアダルとユリーノが戦闘訓練をしていた。それをリヴァトーンが観察している。彼らは人ではないため、人の目のある場所で訓練ができない。それを配慮したフラウドがここを用意したのだ。ただでさえ人ではないのに強大な力見せると人は恐怖して排斥しようとする。フラウドはそのようなものを気にせず、伸び伸びと訓練に没頭してほしいという思いがあって、ここを宿に貸したのだろう。

「いい加減当たってくれてもいいじゃん!」

 話は戻ってアダルとユリーノの戦闘訓練に戻る。彼女は先ほどから武器を使わず拳だけで彼に挑んでいた。その拳を豪雨のような勢いで繰り出し続けている。どれも鋭く早く、当たれば致命傷になるだけの威力があるがどうやってもアダルには当たらない。彼が上手くいなして躱しているからだ。そうでなくても彼女の突きはアダルの体を捉えず変なところに無意味に突いている。そのことが意味しているのは、彼女の突きは力みすぎて狙いを外しているということだ。それがわかっていないのか彼女は駄々を捏ねる子供のような声を上げる。それを上げながらも彼女はそれを続けているあたり、悔しいのだろうということがうかがえた。アダルはその行為をただつきあってあげていた。

「もっと力を抜け。狙いを定めてから突け。それができないと一生俺には当たらないぞ?」

「うるさい、うるさい!」

 親切にアドバイスを送っても彼女は聞く耳を持たず、同じように単調なただ早いだけの突きを繰り出し続ける。さすがにこの状況を続けられると、アダル自身飽きてくる。彼は内心でため息をついて、ただいなす作業を続ける。

「なんで? なんで当たんないの!」

 攻め続けているのはユリーノの方。しかしそれは全く手ごたえを感じない。まるで岩につき続けるみたいな感覚に陥っている彼女は少しずつ心が折れてきていた。その感覚をアダルも感じ取っており、そこから彼女の心が折れないように致命傷にならない部分の突きだけいなすのをやめた。

「っ!」

 それでいて痛くもないのにわざと痛がる振りも忘れない。これで彼女の心はまだ折れないだろう。少しだが当たった感触を触れた彼女はその表情をわずかに明かるくした。しかし、これで終わるアダルではなかった。彼はその表情を見せた瞬間のユリーノの突きを掻い潜り、強烈な拳を彼女のフクビに浴びせる。瞬間、ユリーノの体は後ろに吹き飛び、地面に叩きつけられる。その衝撃で肺の中の空気をすべてはい出した彼女はどうにか立ち上がろうとするも、その前に気を失った。

「あっ・・・・・・・」

 そこまで力を入れたつもりではなかったはずなのに、彼女が気絶してしまい、アダルは失態を晒して気まずそうに顔を歪める。しかし彼女をこのままにするわけにも行かず、覚悟を決めて近づいていく。その間、アダルは何故この様な事になったのかを考えた。答えは案外直ぐに導き出された。彼女の攻めはいつの間にかアダルに取ってストレスになっていて、そのせいで知らず知らずの内に力を込めてしまっていたのだろう。しかし何故この程度の攻撃を受け続けてストレスを感じてしまったのかという疑問が彼の中に浮かび上がった。確かに当れば痛い突きの連打だ。しかし、彼はそれを真面に受けたわけじゃ無いので、その痛みは感じていないはずだ。受けた攻撃と言えば、最後の方に態と受けた位であり、それも力が籠もっていない物ばかりで致命傷にはなり得ない。それなのに何故アダルはストレスを感じてしまったのか。それだけが分からないまま、アダルはユリーノの頭横まで来ていた。そこまで来て漸く彼女の事を思い出し、慌てて次の一歩を止める。危うく彼女を踏むところだった。

「まあ、今はそんな事考えなくていいか」

 区切りをつけて膝を折り、気絶している彼女の首後ろと膝裏に手を回しこんで抱える。

「今はこっちの手当てが先だな」

「大丈夫なのか?」

 彼女を心配してか、リヴァトーンも近づいてきて、彼女の顔に目をやる。

「大丈夫だと思うが、一応寝室に連れていくか。すまないが、今日の訓練はここまでだ」

 そのことに彼は納得してこちらに両手を伸ばしてくる。その意図を察したアダルはユリーノを彼に預けた。彼女の顔に目をやるリヴァトーンの表情は柔和なものだった。しかしすぐに彼に目を向ける。

「なんだ? 聞きたい事があるのか?」

「ああ。あるね」

 彼はあっさりそれを肯定する。仕方ないとアダルは提案する。

「じゃあ、歩きながらでいいな。一応急病の者がここにいるからな」

 二人は内心でアダルがやったのだろうと思ったが、それはあえて口にせず、リヴァトーンはそれを頷いて了承した。

「そういえば、こうやって話を聞く時間はなかったな。それで、何が聞きたいんだ?」

 同時に歩き出した二人。最初に話を切り出したのはアダルの方だった。彼が素直に応じてくれるとは思っていなかったリヴァトーンは少し意外な表情を見せたが、聞きたかったことを切り出す。

「何故さっき手加減していたんだ?」

 予想してきた通りの言葉が投げかけられてきた。アダルは想定通りリヴァトーンが納得しそうな返答を返す。

「お前が抱えている彼女。確かに強いが、余り自分より強い存在と戦ってこなかった。そういう者はいざ自分より圧倒的に強い存在とぶつかったとき、戦闘中に心が折れてしまう。そうなった者は戦いから身を退けてしまうのを俺は何回も見てきた。だから彼女が折れないように手加減をしただけだ」

 アダルの主張が正しいことをリヴァトーンは直感で分かった。しかしそれだとどうしても納得できないことがある。

「だったらなんで俺には手加減をしないんだ?」

 その理屈だったら彼にも手加減をしないといけない。それなのに、アダルはいつも全力に近い実力を見せつけてくる。

「お前には超えるべき壁が存在し、その距離もしっかり理解している。だから手加減する必要がないだけだ。その程度で折れるほどの心を持っている訳でもないとこれまでの行動で分かったいるしな」

 不意に上を見上げるアダルはその続きを口にする。

「それにお前には即戦力になってもらわなければならないからな。早く大精霊化してもらうためにスパルタにやっている」

 納得したかという言葉を最後に問われ、彼は苦笑で頷いた。


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