二十九話 車内の海人達
アダルとヴィリスを乗せた馬車の後ろを走る馬車。この中には現在客人として扱われている海人種三人を乗せている。
「おお~! 馬車って結構早く走るんだね!」
窓に張り付いて外を流れる景色を見ていたユリーノは嬉々とした声を出して明らかにはしゃいでいた。
「そうか? 俺様はそうは感じないぞ?」
同じ景色を見ていたリヴァトーンは眉を顰める。そんな彼にユリーノは口を尖らせる。
「そういう冷めるこというの止めてよ王子様! たしかに自力で泳ぐよりは格段に遅いけど。歩くのよりは速いでしょ」
「・・・・・・それもそうだ!」
納得すると彼は豪快に笑い始め「すまんすまん」と謝る。
「車内でそうやって豪快に笑うのはやめろ! 耳が潰れる!」
真横でその声を聞いていたガイドルは耳を押さえながらきつめに叱る。それに対し、リヴァトーンは少し焦った様に謝罪を入れ、声量を弱めて笑う。ガイドルはそれ以上は追求するつもりがなかったらしく「分かればいい」といっててにもっている資料に目を向ける。
「そういえばお前等。城内で何をしていたんだ?」
ふいにその質問を思いついたのはリヴァトーンだった。彼は毎日離宮にて食事や睡眠、排泄や風呂といった事以外の時間は全てアダルとの特訓に費やしていた。そのため離宮内にて二人と会話する時間を設けていなかったため二人が何をしていたのかを知らないのである。その質問に最初に答えたのはガイドルのほうだった。
「俺は勉強をしていたぞ?」
資料から目を離さずにそう答える。彼の言葉にリヴァトーンとユリーノは声をそろえて「「勉強!」」と驚いた声を出す。
「ああ。折角地上の国に来たんだ。学べることは学ばなくてはな」
何気なくそういう彼だったが、一度資料から目を離す。
「しかしこの国はすばらしいな。大陸中の情報が集まってくる。貯蔵している知恵も技術も素晴らしいものばかりだ。それにくわえて優秀な王が二人もいる。彼らに従っている臣下達も優秀で素晴らしい人ばかりだ。いっそこの国で働きたいくらいだ」
「それは駄目だ!」
どこか戯けた風に口にしたその言葉にリヴァトーンは真面目に返してしまう。そのことにガイドルは目を点にした。
「冗談で言っているんだから、そんなマジに返さなくても良かったんじゃない?」
からかう様に悪戯っぽい笑みを浮べるユリーノの言葉にリヴァトーンは彼が本気でそう言っているわけではないと言う事に漸く気付き、少し恥ずかしそうに目線を外す。それを見て彼女は愉快そうに笑う声がその場に響いた。
「あーあ。笑った、笑った。あっ! そうだ、私はね」
笑い疲れたユリーノは涙を拭い、自分の事を語りはじめた。
「私はこの国の騎士さんたちの訓練に交じっていたよ?」
「・・・・・・・」
呆れた様に額に手をやるガイドル。
「おおかた勝手に参加したんだろ? ったく」
「失礼な! ちゃんと許可を取っての行動だよ!」
ぷくりと頬を膨らませる彼女は腕を組んで不機嫌そうに顔を背ける。
「許可を取ったって言っても参加した後に取ったんだろ?」
「違いますー。ちゃんと参加する前にフラウドさんから許可を貰ってますよ-。っだ!」
舌を出して馬鹿にする仕草を見せる。それにガイドルはまんまと嵌まり、こめかみに血筋を浮かばせる。
「てんめぇ」
「がははは! ならいいじゃねーか。何の文句も言われる筋合いはねえな!」
立ち上がる寸前、リヴァトーンがその空気を壊す。天然でやっているのか、こいでやっているのか。ガイドルには計りきれないが、もはや壊されてしまった空気に乗るのは無粋という物だった。軽く上げていた腰を下ろすと彼はつかれたように話しを続ける様に促す。
「まあいい。話しを続けろ」
「う、うん!」
その壊された雰囲気に未だに戸惑っているユリーノは言われるがまま口を開く。
「この国には強い女の人が多いってあの修道女から聞いたの。そしたらどのくらい強いか確かめたくって、その人に頼んだんだ。訓練場に連れて行ってって」
彼女が言っている修道女はヴィリスのことである。
「そしたら修道女は連れて行ってくれた。ついでに模擬戦も組んでくれたの!」
嬉々としてそれを言うユリーノ。それを耳にしたガイドルは呆れた表情を浮べる。
「許可はフラウドさんから取った訳じゃ無いのかよ・・・・・」
「・・・・・そうだね。その人が取ってくれた感じ?」
微かに顎を上げて記憶を探って、その言葉をひねり出す。そんな彼女に微笑みを向けるリヴァトーンはどうだったと聞くと、彼女は少し残念そうに苦笑を浮べる。
「それなりに強かったよ? だけど王子様ほどじゃ無いかな?」
「こいつと同じほどの奴が早々いて溜まるか!」
疲れた声で突っ込むガイドルのそれに先ほどの様な切れは存在しなかった。彼女はそんな彼を無視してヴィリスの事を語り出す。
「でもあの修道女。ほんとに何でもやってくれて便利だったな!気が利くし、何をやっても怒らないし。訓練に参加する許可も取ってくれたし。必要になる知識も優しく分かりやすく教えてもくれたしね。正直あの人がいてくれて助かったよ!」
悪びれもせずに彼女は愉快そうに笑みを浮べる。そんな彼女にガイドルは注意を入れる。
「あまり彼女に世話を掛けさせるな。彼女はこの大陸で結構名の知れた修道女らしいからな。これからは失礼がないようにしろよ」
「はーい!」
まったく分かっていないであろう返事を返す彼女に最早呆れる野すら馬鹿馬鹿しくなったガイドルはその視線をリヴァトーンに向ける。
「で、お前は何をしていたんだ?」
問われた彼は一瞬だけ真面目な表情を作る。
「俺はな・・・。あの鳥野郎に勝負を仕掛けて、敗北を重ねていた」
その言葉に二人は哀れな物を見る目をする。当然あからさまなその視線に気付かないほどリヴァトーンは馬鹿ではない。しかしそれを気にするほど彼の許容は小さくない。気にする様子もなく、肩を竦めさせ背もたれに体重を預ける。
「そのお陰でここ数日で格段に強くなれたわけだ。それこそ今回の悪魔種撃退手伝いを任されるくらいにはな」
「撃退するのは悪魔種ではなくて、その手先の巨大生物だ。間違えるなよ!」
訂正を入れられるが彼は「細かいことは気にするな」と言いのけ少しボリュームを下げて「がはは」と笑う。
「ねえ! どのくらい強くなったのか後で試させてよ! 正直騎士さん達との訓練あんまり楽しくなくて不燃焼気味なんだよね」
首を傾げて可愛くおねだりする。リヴァトーンは「もちろんいいぞ!」と快く承ると彼女は嬉しそうににんまりと笑う。
「その暇がどこにあるというのだ!」
二人のやりとりを聞いていたガイドルは思わず怒ったような声で茶々を入れる。
「どうにかなるだろ。別に訓練する時間位は有るだろうしな」
楽観的主張にガイドルは項垂れる。そんな彼を見てユリーノは馬鹿に為るように口を開く。
「別に今から行く場所でとは言ってないよ? 帰ってからやろうと思って居たのに。ガイドルったら勘違いしちゃって。か・わ・い・い・!」
彼女の言葉が本気でむかついたのか彼は今度こそ立ち上がり、ユリーノの首を掴み力を入れる。それを受けている彼女は彼女で握力が徐々に強まって言っているにもかかわらず余裕そうに涼しい顔を崩さない。別にガイドルの握力が弱いというわけではない。むしろ強い方だ。人の頭蓋骨を軽く潰せるくらいはあるだろう。しかしそれを受けていて、なおその表情を崩さないのは、彼女も強者であると言うことの証なのである。
「その辺にしておけよ! 俺様の目の前で殺し合うなら、俺様も参加するからな」
威圧あるリヴァトーンの声が重く車内に響く。それを聞いてガイドルは渋々その手を離し、元いた場所に腰掛けた。しばらくは気まずい空気が流れると追いも割れたが、そこはリヴァトーンが気を利かせて咳払いを一つして空気を変えた。
「さて、ガイドル君。今回行く場所の情報を教えてくれ給え?」
そのいつもならしない口調に彼は調子を崩されながらも資料に目をやり、その情報を話し始めた。
 




