二十八話 アバッサ王国とは
時は過ぎて、翌々日。現在の時刻は午前の十時を回ったところ。アダルは現在馬車の中で外の景色を見ながらゆったりと穏やかな時間を過ごしていた。
「天気が良くて良かったね」
対面から掛けられた声に反応して、視線をその方向に向ける。そこにはアダルと同じように外の景色を愉しんでいたヴィリスの姿がある。アダルは彼女の発言に「ああ」と短いながらも同意見だということを示し、再び視線を外に戻した。
「これがただの旅行の旅路だったらどんなに愉しめたことか・・・。というのはあるがな」
「・・・・・・・・」
その発言にヴィリスは微妙な表情をする。
「雰囲気を壊さないでよ」
アダルに向け小さく非難の声を浴びせる。それを向けられたアダルは悪びれる素振りを見せずに外を見たまま口だけで苦笑を浮べる。
「真面目に受け取るなよ。本気で言ってないんだからな」
その発言にヴィリスは目を見開いた後に拗ねたように顔を逸らす。それを横目で見ていたアダルは笑みを浮べ、再度窓の外に目をやる。今は碧の生い茂った草原が一面に拡がっている。それを目にしていると、彼の表情は自然と強ばっていく。
「大丈夫?」
アダルの異変に気付いたヴィリスは拗ねるのを止めて、心配した声で聞いてくる。何を聞いているのか分からなかったアダルは彼女に亜子を見せて、微かに首を傾げる。
「なにがだ?」
「さっきから少し顔が強ばっているよ? 何か嫌な事を思い出したの?」
図星をつかれたアダルは一瞬微かに片目を動かす。それを目にしてヴィリスは「やっぱり」と口にし、悲しそうな顔をする。その表情にされてしまったら、アダルはもうどう対処することも出来ない。この表情を止めされるには最早そのことを話さなければならないと言う事を彼は理解している。観念したようにアダルはその重い口を開く。
「猪王との戦闘を思い出してたんだよ」
彼の発言にヴィリスの頭の中に?マークで埋め尽くされた。なぜ今そのことを思い出したのか。
「分からないって顔だな」
「う、うん」
遠慮無くそういうと、アダルは髪型が変るのではナイトと心配するくらい強く頭を掻く。
「別に大した事は考えてねぇよ。ただ・・・」
言葉を句切るアダルは横目で草原に目をやる。
「俺と猪王が闘った場所も、闘う数分前までここと同じように草原が拡がっていたんだよなってふけっていただけさ」
そう言うとアダルは乾いた笑みを浮べて見せる。
「後悔しているの?」
それを見てしまったヴィリスはその言葉が自然と口から出ていた。
「何をだ?」
「もっと早く現場に行けなかったことを」
「まさか」
即答で返ってきたアダルの言葉に彼女は衝撃を受けた。その言葉からは一切の後悔の念が感じられない事から本心で言っていることが彼女には直ぐに分かった。
「あの場所に早く行ってたって。草原が破壊される前に行ったって、どうせ結果は変らない。あの場所は俺たちの戦闘によって荒野になってただろうさ」
力がありすぎる者が力を振るえば、それ相応の被害が確実に出る。アダル自身、自分が力を行使すればこの光景を壊せる事を理解している。
「だからそのことで後悔はしない。俺はそこは割り切っているんだよ」
そういうと、アダルは何顔思い出した素振りを見せる。
「そういえば、今回向う国。おれあんまり知らないんだよ。百五十年前はなかった国だからな。ある程度は資料を見て知っているが詳しい事を教えてくれよ」
あからさまに話題を逸らし。アダルがこれ以上追求されないように取った最も使い古された手法。それをつかったと言う事が表すこと。それはこれ以上この事について話すつもりは無いという意思表示だ。彼女はそれを悟ると、アダルが求めている事を話し始めた。
「海洋貿易国アバッサは約九十年前に商人達によって作られた国なの。君主制ではないため王族や貴族という人達は存在しない。民主制を取り入れている国で日本と同じように選挙で国民から選ばれた人達が国民を代表して国を運営していくの」
「その辺は読んだから知っている。俺が知りたいのはあそこの詳しい地形や海流なんだ。実際にアバッサを見たことある奴の意見が聞きたい」
その問いかけにヴィリスは僅かに首を傾げる」
「なんでそれを私に聞くの? 詳しい地形のことを知りたいなら他にも沢山いただろうに・・」
「お前だから聞いているんだよ。だってお前・・・・」
その先、彼は言葉を発しなかった。ただ、行ったことあるんだろ? と言いたげな目を向ける。見据えられた彼女は少し困った様に目尻を下げる。
「王来くんね? まったくお喋りなんだから・・・」
今ここにいない彼に小言を溢す彼女は彼の問いかけに応じて頷く。
「あの国の海岸は元々リアス式海岸だったの。だけどそれじゃあ大きな船は入れないって首都に面している海の所だけ、山を削って入り江を無くした」
リアス式海岸と聞いてアダルは頭を抱えたくなった。首都に面している大きな港は例外だが、他の港は厄介な存在だった。なぜなら入り江が多ければ多いほど巨体を持つ悪魔種の手先が隠れやすいと言う事なのだから。という事は見付けるのが難しいと言う事である。
「面倒な場所を狙ったな・・・」
「あちらからしたらこれほど攻めやすい場所だけどね」
何故今までここを狙わなかったのかと思うくらいである。もしかして何か理由でもあるのか? 悪魔種の考える事はまるで理解できない。それ程ランダムに一定の法則もなく襲っているのだ。もしかしたら自分らが理解できない法則に従って襲撃をしているのか。はたまた地図にダーツの矢を投げて刺さった場所を襲っているのか。
「狙う場所が分かっているだけマシだな」
開き直りをみせるアダル。
「やっぱり、首都を狙ってくると思う?」
不安そうに声を震えさせるヴィリス。アダルはどう答えたらいいのかと少し考える。
「・・・・・。間違い無くそうだな」
思考の結果。アダルは事実を口にする。それを耳にする彼女は悲しそうに目を反らす。
「ということは沢山の人が犠牲になるかもしれないんだよね」
「・・・・・。かもな」
彼は否定してこない。そこは犠牲者なんて出さないと豪語して欲しいところだが、彼はそれを一切しない。一切の犠牲者を出さないことがどれだけ難しいという現実を知っているからこそしないから取れる言動だった。
「だから俺たちが行くんだろ。その沢山を少しでも救えるように」
その言葉に彼女は同意するように頷く。
「そうだったね。私達が行くんだもん。少しは助けられるはずだもんね」
その表情は少し曇りを見せながらも、僅かに明るさを取り戻した。
「で、その他に何か地形で特徴的な事はあるか? 海流のことでも、悪魔種の手先が起こしたかも知れない不自然な災害とか」
穏やかな声で、他の情報を催促するアダル。そんなかれはヴィリスは即座に言葉を返す。
「海流のことは詳しくはないの。この国と同じ海に面しているからそんなに変らないと思うよ。あと不自然なさいがいだけどさ。それは有ったかな?」
「はっ?」
驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんでそれを言わないんだよ!」
アダルは今度こそ頭を抱えて、疲れた声で訴える。それに対して、彼女は不思議そうにする。なぜこんな反応ができるのかと思ってしまうが、それは彼女の口から直ぐに聞かされた。
「だってその不自然な災害って、山で起きた土砂崩れだよ?」
海から襲撃してくるであろう敵がなぜ山の災害の関係するのかとヴィリスは考えて、それは別物だという考えに至った。
「まあ、いい。その話しでイイから聞かせてくれ・・・・」




