二十七話 赤槍の性能
「まあ、これは言うんじゃ無いかと予想はしていた。だが、正直予想無い過ぎてつまらないぞ?」
写真を見たフラウドは彼の根拠に厳しい評価を下す。アダルはそれを耳にして肩をすくめる。
「まあ、そうだろうな。これに関しては予想を当てられると思っていた」
写真に映されていた物。それはリヴァトーンが所持して操っている赤槍だった。これの勝ちはフラウドも理解している。穂先が有機物に触れるだけで、触れた場所からそれを塩に化す槍。対生物に対して絶対的有利な立場になれる最強と言っても過言ではない兵器。これならば悪魔種が送り出す手先は疎か、悪魔種自体も葬る事が可能になる切り札の一つになり得るだろう。そのことは理解している。だがフラウドはそのことでどうにも納得がいかない事がある。
「確かに、この赤槍は強いのは分かる。有機物を塩という無機物に変えられる能力は脅威だ。だが、言ってしまえばそれだけだ」
相手が無機物である剣や盾で防がれたらその能力は一切発動しない。それにアダルのように再生能力をもつ相手だったら、触れた場所を切り落とす者も現われるだろう。
「たったこれだけしか出来ないのに、お前は何でこの槍を評価する」
真面目な声音。鋭い眼差しがアダルに向けられる。彼はフラウドに少し驚いた表情を見せると、小さく、「ああ」と呟き、自分で勝手に答えを見つけ出し納得してしまう。それをした後、アダルは吹き出すように鼻笑いをし、口を開く。
「すまん。この槍のこと、詳しく話していなかったな。忘れていたよ」
笑い声が交じった声で伝えられた内容にフラウドは眉を顰めて、険しい目になる。彼の状態を目にして、アダルは軽い感じで「すまん」といって誤魔化す。そんな軽薄にも取れる態度にフラウドは少しの間その目を続けた後に、諦めた様に息をもらした。
「今度から理解している正確な情報を寄越せよ」
「分かってるよ。俺たちの生き死にが掛かっているんだからな」
そのことを十分理解しているのだから、これ以上は何も言わない。ただ、彼の言葉に耳を傾ける事にした。
「あの槍の情報についてだったな」
問いかけにフラウドは頷く。アダルは少し目線を下げると、懐かしむように微かに口角を上げて、その口を開く。
「あの槍は海底の王族に伝わる宝。所謂王宝と言う物らしい。名前もある。朱海槍トリアイナというらしい。まあ、一々言うのも面倒だからこれからも赤槍って言うが、今はいい。出自は明らかにはなっていないが、海人種の国を作った建国王が所持しており、彼から受け継がれた物だそうだ。能力は有機物の塩化と言うことになっているが。実はそれだけでは無い」
アダルは再び写真を指し、見るように促してくる。フラウドはされるがままそれを目に入れる。
「赤槍の能力の本質はな。海を創り、操る事なんだよ」
「創る? 操る?」
あまりにも漠然とした。それでいて壮大なその言葉にフラウドは首を理解できずに、難しい顔をする。
「ああ。塩化はいわばその副産物でしか無い」
そう言うと彼は手を組んでフラウドの目を見据えて語り出す。
「海を創ると言ったが、詳しくは強制的に海と同化させるといったほうが、分かりやすいと思う」
有機物の塩化。当然強い能力である。敵対する存在を強制的に粒子に変え、粉々にする事が出来る。これだけで強いとわかる。しかしその能力の真価が発揮されるのは海中である。水の。それも海中の中で塩にされたら。その場所から海に溶けて行く。最後には体が保てなくなり、完全に海と同化。いや、取り込まれる。海中でこれほど怖い能力は無いだろう。
「それに本来の力だったら、あの槍は無機物も塩に出来る。」
その言葉にフラウドは内心恐怖する。それが本当だったのなら、赤槍は相当危険な代物なのだから。
「お前の話を聞いて嫌な疑問が頭を過ぎったんだが。もしかして正解なのか?」
その問いにアダルは頷く。それを目にしてフラウドは頭を抱えてしまった。フラウドの頭を過ぎり、アダルが正解だと言った疑問。それは朱海槍トリアイナを使いこなせれば、大陸全土を海に沈める事が可能であるという事実。」
「海を創るか。たしかにそうだな」
脱力しきった声を出す彼は背もたれに体重を預けた。
「海人種が悪魔種と手を組んで無くて良かったと今以上に思った事は無い」
「そうだな。それに大陸を海に沈めても、海人種は何も得しないだろう」
もし陸が無くなったら、海中生物は陸から流れ出る栄養を補給出来ない。と言う事は必然的に海中の生物も全滅すると言うことだ。
「お前が彼を評価している理由は分かった。どうやら俺は少しところが大分海底の王子を侮っていたようだ。反省しよう」
そう言うと彼は一度息を吐く。手を組みそれをテーブルに置くと真っ直ぐとした目でアダルを見据える。
「なら彼はもう準備を終えて戦えるんだな?」
その問いかけにアダルは溜息を吐く。
「言ったろ? 後一週間訓練をしたら戦えるようになるって」
「なら今の状態でも戦えるな?」
押しの強い質問にアダルは根負けし、こめかみに手を添えて投げやりな返事を返す。それを見たフラウドは「そうか」と神妙な顔を見せると手元にある資料をアダルに渡す。渡された資料に目を通すとアダルは僅かに目つきを悪くすると、フラウドに目をやる。
「お前の言ったことを調べて見た確かに前の襲撃と同じような兆候が出ている。しかも今回はそれが分かりやすい程顕著にな」
そう言うと彼は地図を広げて、クリト王国の南に国を二つ挟んだ小国に指を置く。
「兆候が出たのは海洋貿易国アバッサ。小国だがハブ貿易港として大陸中の物品が揃い場所」
そう言うと資料を手にとって書かれている事を口に出して読み始める。
「そこの近くで最近行方不明になる船が二十件に至るほど多発しているらしい。そしてそういう船が現れる時。海は必ず荒れているそうだ」
普通だったら高波に飲まれて沈没したと見るのが普通。しかしそれが何十と続くとそれは高波だけのせいではない事は誰が見ても明らかだ。
「おそらく今度の手先は海からここを狙うだろう」
「なる程な。ここに襲撃してくる敵に対応するために、あいつを連れて行きたい訳だ・・・」
今のリヴァトーンの状態に不安を抱えているという口ぶりにフラウドは少し弱気になる。
「まだ、駄目か?」
アダルは少し考える動作を入れると、その首を横に振る。
「いや、大丈夫だろ。地上での戦闘なら問題があるが、今回は海中の戦闘がメインになるだろう。それだったらあいつも有利に戦闘を進められるだろう」
そう言うとアダルは資料を置く。
「だが、良いのか? あいつはまだ体を巨体にする事は出来ないぞ?」
確認するようにそれを口にすると、フラウドは笑みを浮べる。
「構わない。その場合でも槍があれば大丈夫だろう。それにいざとなったらお前が倒せるだろ?」
その言葉に「確かにな」といってアダルは笑う。
「いつ行って欲しい?」
笑みを浮べたまま軽妙に訊ねる。フラウドは微笑を浮べた口元を隠した。
「明後日には出て欲しい」
随分と急だなと思いつつも、仕方が無いと割り切る。悪魔種の手先がどこから襲撃してくるのか。どこに狙いをつけているのか分かっているのならその場所に向い、備えた方が時間の無駄にならないだろうし、早急に対応できという物だ。
「物資や拠点はコチラが用意する。お前達ただここに行って備えてくれ」
アダルは彼の言葉に頷きを返す。
「メンバーはお前と海底の王子。その従者二人とヴィリスで行ってくれ」
ヴィリスの名前が出た瞬間、アダルは少し表情を曇らせた。
「別に戦闘要員で行かせる訳じゃない。向こうでの食事や洗濯などの支援をさせるために行かせるんだ」
その言葉を完全には信じていないアダルだったが、フラウドが「これは決定事項だ。文句言うな」とい言う言葉を言われてしまい、真面に抗議出来ないまま締め切られてしまった。
「明日海人種の客人には俺から言っておく。お前は準備を整えておけよ」
そう言うと、フラウドは資料を置いて、近くにあった既に冷え切ってしまった紅茶に口をつける。
 




