二十四話 情報漏洩の危惧
しばらくの間、そこでゆっくりしていると、入り口の扉が開く音が聞える。アダルはその方向に目をやると、猫背気味に入ってくる人影を確認する。彼はアダルがいることに気付くと、少し足並みを早くして向ってきた。
「面倒事を起こしてくれたな?」
人影の正体。フラウドは僅かな怒り交じりな言葉を投げかける。それに対してアダルは両腕を上げ、肩をすくめる
「俺が起こした訳じゃないだろ?」
視線を持っていた書籍に向ける。その様子にフラウドは何を言っても無駄だと悟り、アダルと対面する席に腰を下ろす。
「で、どうしてこうなった?」
怪訝な目を向けられていることに気付くと、アダルは本を閉じてフラウドと目を合わせる。
「聞いてないのか?」
「全くな。ヴィリスは兎に角海底の王子が来るから準備をするようにしか聞いてない」
それを聞き、アダルは深い溜息をはいた。ヴィリスが説明しているのもだと思って居たため、それは不要と思って居たのだ。もしかしたら彼女もパニックになっていて、単語しか話せなかったのかもしれないという考えに至ると、アダルはヴィリスに少し悪い事をしたと反省した。
「ヴィリスに王都を案内されている時に俺たちを付いてくる気配を感じ取った。気配だけだが、実力者による尾行だと思った訳だ。そこで俺はヴィリスに人目の付かない場所まで誘導しようとした。その場所が公園だった訳だ。俺等はそこで襲撃を受けた。攻撃に使われた槍を見て付いてきたのが海底の王族に連なる者だと分かった」
「そのあと、ヴィリスに連絡役を頼んだのか。良く見逃してくれたな・・・・」
フラウドは勝手に結論をそう決めつけた。アダルは彼の発言に驚きの表情を見せると、首を振って言葉をつづけた。
「いいや。まだその前にあるんだ。俺と海底の王子はそこで戦闘状態になった」
聞いた瞬間、フラウドは頭を抱えた。
「そうだよな。そんな状況で戦闘にならない方が可笑しいか。で、当然回避しようと為たんだよな」
「当たり前だ。俺は戦闘狂ではないしな。だが、それをやった結果。バレて余計相手を焚きつけてしまった」
反省するように、目を伏せ、疲れた様に息を漏らすとその表情で苦笑いを浮べる。
「それで、戦闘になった訳だ。勝ったんだろ?」
「当たり前だ。ブランクがあったとは言え、俺は五十年も旅をしながら闘ってきたんだぞ? そう簡単に負けることはないさ」
半笑い気味に事実を口にすると、フラウドはやれやれと言いたげに首を振る。
「それでも相当痛手を受けたと見えるな。さっきから呼吸も浅いし、胸に違和感を抱えている素振りも見せているな。おそらくそこをやられたのか」
アダルは「隠しても無駄だったか」と呟くと、諦めた様に口を開いた。
「あいつがどうしても話しを聞いてくれないんでな。自分の体を囮にして攻撃を仕掛けられないように拘束したんだよ」
「馬鹿だろ。というか、お前の呼吸が浅くなるような攻撃をってなんだよ。態と受けたにしても、良く出来たな、其奴。何をやったんだよ」
呆れた口調で鼻役にいう彼にアダルは少し気まずそうに重い口を開いた。
「大した事じゃない。ただ、両肺を貫かれただけだ」
「・・・・・・・・。聞いて損したよ」
あきれ果ててしまい、彼は頭を抱える。
「良くそれで今生きてられるな」
「まあ、俺には再生能力があるからな」
軽い調子で返された言葉にフラウドは重要な言葉だと認知できなかったのか、一瞬スルーしようとした。しかし彼の言った言葉が重要な事だと少しずつ時間が経過していくことで理解した。その瞬間、フラウドは勢いよくアダルに顔を向ける。
「それは本当か?」
「何がだ?」
あまりに突拍子で何を言いたいのか分からない彼の質問にアダルは困惑して首を傾げる。
「再生能力があるって事だよ」
机を叩きつつ、疲れた表情をしながら「聞いてないぞ」と呟く。フラウドにアダルは余計難しい顔をする。
「そういえば言ってなかったな。言った方が良かったか?」
「・・・・・。言わなくてもいい。これ以上お前の変な能力を知りたくないからな」
よく考えたら別に騒ぎ立てる事でも無い。人にはそれぞれ秀でた事がある。光の鳥であるアダルの場合、それが再生能力であり、光の操作であるだけの話しだ。
「だが、そうか。再生能力もあるのか。お前、本当に敵無しなんじゃ無いのか?」
茶化し気味に口にする彼のことばにアダルは鼻で笑い「そんな生物は存在しないぞ」と小言を口にする。しかしフラウドからしたら彼を物理的に傷つける存在などいないと考えられる。何せ再生能力とは体に起った全ての以上を無かった事に出来る代物なのだから。そんな生物がいたら事実倒す事など出来ず、言葉通り敵など存在しないだろう。何せそれは不死と同じ。殺せないのだから。しかしアダルはそれを否定するのには理由があるのだろう。
「リスクでもあるのか?」
顎に手を宛てて考え抜いた末にフラウドの口は自然と動いていた。
「正解」
彼の呟いた言葉に素っ気なくも即答で返す。その言葉に一番驚いているのはフラウドだった。意図せずに口にした言葉がまさか正解だとは思ってなかったのだ。彼は変な声を出して呆然としていた。
「だから正解だ。俺の再生能力は幾つかの条件とリスクが存在するんだよ」
呆け続ける彼にアダルは言葉を投げかける。その言葉がフラウドの耳に入ると漸く彼は正気を取り戻す。
「まさか、思いつきの言葉で正解を出すとは思わなかった」
今更ながら自分の発言に感心を見せている。しかし直ぐにアダルが何を言いかけようとしているのが見えた。
「待った。それ以上言うなよ?」
言葉を発する前に待ったを掛ける。
「良いのか? 聞いておかなくて」
真っ直ぐな眼差しがフラウドを貫く。その目に彼は首を振って拒む。
「言っただろ? 俺はこれ以上お前に踏み込むつもりはない。それにお前の弱点みたいな物だろ。どこに耳があるか分からない。だから何回も言うが、言わなくていい」
確固として聞こうとしないフラウドにアダルは頷きを見せる。彼の発言はもし聞いてしまった後、情報漏洩する可能性を危惧しているからこその言葉だった。人の口は否応にも開いてしまう物だ。酒や自慢。脅迫と拷問。他にもあらゆる可能性でアダルの最重要情報が悪魔種にバレてしまう。
「大分話しが逸れたな」
一度咳を入れて、話しを戻すフラウドは続きを口にする。
「拘束為た後、気絶させたのか。海底の王子、名前は聞いてないのか?」
「聞く暇が無かったからな。というか、名乗らなかったからな。こっちから聞くのも無粋だろ」
アダルの言葉を聞くなり、懐から手帳と取り出して先ほどから聞いてきたその時の状況を書き留めていく。
「正直、聞いてくれた方が助かったんだが。まあ、それはいい。戦闘中に話す事なんて出来なかったんだろうし」
書き綴りながらの言葉にアダルはフラウドに聞かれないことを良いことに目を反らした。離す時間は有ったのだ。しかしその時間は男の正体が分かった理由などを聞かせていた。正直名前を聞く事を忘れていたのだ。今更それを言い出せる空気でも無かった。
「名前はあの二人に従者に聞けば良いんじゃ無いか?」
「そうするしか無いな・・・・」
テーブルに手を突き、それを支点に腰を持上げるフラウドは腰にその手をやり、軽く摩る。
「その仕草。年寄り臭いぞ?」
「言うな。俺もそれなりに年寄りなんだよ」
不意に二人とも笑い出す。二人にとってよほど面白いジョークだったようだ。
「ああ。笑った笑った」
目端に浮かんだ涙を拭い満足した表情を浮べるとフラウドは首を鳴らす。
「今日は随分と疲れた。まだ早いが俺は寝る。お前も早めに休めよ」
「言われなくてもそうする。夕飯食ったら後にな」
彼のことばにそうかと答えると、彼は奧の方に向い足を進める。アダルはそれを見届ける事無く、再び本を手に取り続きを読み始める。扉の開閉音が鳴り響き、フラウドが退室したと分かるアダルはそこで何かを重し出した顔つきをして、離宮内に繋がる扉に目を向けるしかしもうそこには誰もいなかった。しまったという悔しそうな表情を浮べるアダルは天を仰いだ。
「言うべきだったな。兆候が出たって」
クソと悪態を吐くアダルはそのことを伝えようと腰を上げようとするが、そこで思いとどまった。フラウドが一番休養を必要としているのだ。何たって今日一番働いたのは彼なのだ。いつも激務に加えて急な来客の手続きもして貰ったのだ。今これを離したら、彼はまた対策の為、本宮に行くのだろう。それでは休めなくなってしまう。それはアダルの本意ではない。
「言うのは、今日じゃ無くてもいいか・・・」
口にして彼はその腰を下ろした。




