二十三話 離宮へご案内
アダルは不意に空を眺め、流れゆく雲をその目に納めた。その流れは不思議といつもより早く流れて言っている様に見える。
「お、おい!」
声を掛けられ、後方に顔を向けると少しよそよそしく目を泳がせている鰭頭の海人種の男がいる。隣では赤鱗で彼と同じ海人種の女が男とは逆に興味津々といった様子であらゆる方向に目を向けていた。先ほど聞こえた声は男からの物だったため、アダルは彼に聞き返す。
「なんだ? さすがに疲れたのか? ならもう少し我慢してくれ。もうすぐ宿に着くからな」
言い放つと彼は再び顔の向きを戻そうとするが、その前に男の「違う!」という大声でそれを中断させた。アダルは男の顔に目をやると彼は口を開く。
「貴様は俺たちをどこに連れて行くつもりだ! いい加減答えろ!」
彼の主張にアダルは「宿」と答える。それを聞いた瞬間。男の顔から表情が失せる。しかしすぐにそれは回復する。男は目地尻キツくつり上げ、大股でアダルに近づいてきた。
「宿? ここのどこが宿だ! ここはこの国の王宮ではないか!」
その声は王宮全域に虚しく響き渡った。近くにいた騎士達は何事かとアダルらのほうに向き返り、腰に佩いてある剣に手を掛ける。それを見てアダルは彼らに何も問題は無い仕草を見せる。それを目にした彼らは訝しげな表情をしながらもその体勢を時、通常業務に戻っていく。それを見届けるとアダルは間近にまで柄付いた男に目を向ける。
「海人種の王子だ。王都の安宿に泊まらせる訳にはいかないだろ。だからここに連れてきたんだよ」
彼の背負われている未だに意識を失ったままの男に目をやりながらそれを言い放つと、今度こそ体の方向を変え歩き始める。
「だが、急な賓客だと対応も大変だろ」
その言葉にアダルは歩みを止めずに答えた。
「そんな気遣いが出来るなら事前に教えておいてもらいたかったんだが」
アダルの主張に男は言葉を詰まらせて言い返せなかった。
「別に嫌味を言っている訳じゃないから反応しろよ」
彼はジョークのつもりでそれを口にしたのだが、それを真剣に捕らえられてしまった事に少し反省する。
「急な賓客のことなら大丈夫のはずだ。さっきこの敷地に入るとき止められなかっただろ? ヴィリスが先に着いて準備をした証拠だよ」
そういえばと男は思い出す。城門の兵士は確かに少し驚いた表情は見せたが歩みを阻もうとはしなかった。
「いつまで止まっているの? あの人、大分先に行ってるよ?」
隣から自分と同じ従者の女の声が聞え、男はそこで正気を取り戻して早足で男を追いかける。女もやや駆け足気味で追いかける。彼らが追いつくのを感じ取ったアダルは言葉をつづける。
「俺の方でもここに来るまで少し遠回りをした。時間を稼ぐためにな。お前には悪いとは思うが・・・」
少し申し訳なさそうに彼に目配せすると、男は首を振る。
「別にこの程度苦でもないから気にしないでくれて構わない」
「私も別に良いよ! なかなか来れない地上の王都だから見てて飽きないし!」
「そ、それは良かった・・・」
元気の良い返事にアダルは引き気味の声を出してしまい、それを取り繕うと咳を入れる。
「そんな事言ってる間に着いたぞ。今日から止まる宿が」
不意に立ち止まり、顔を飢えに上げる。それに釣られて二人もアダルト同じ行動を取る。そこはフラウドの持つ所有物であり、アダルとヴィリスも部屋を借りている離宮だった。それを見た女の方が思わず簡単の声を上げる。
「やっぱ地上の王族が持つ建物はゴツゴツしてなくて綺麗だね」
彼女の言葉に改訂の建物がどのような物なのか微かに疑問を持ってしまうアダル。そういえばスサイドンも同じような本能をしていた事を思い出す。その時に詳しく聞いていれば良かったと軽く後悔をしつつ、入り口に目をやった。そこで僅かな異変に気付く。入り口までに配備されている兵士の数が多いのだ。いつもは二人なのに対し、今日は十人はいる。
「ご賓客のご案内。ご苦労様ですアダル様」
その中の一番扉の近くにいた髭面の兵士がアダルらに気付くと、その者は言葉を掛けつつ頭を下げる。それに倣うように他の兵士達も同じく頭を下げた。その兵士は一度頭を上げると、男等に目を向けると胸に手を置く。
「お待ちしておりました賓客の皆様。遠路はるばるの旅路。お疲れでしょう。ささやかながら中でもてなしの準備は整っております。心ゆくまで御療養くださいまし」
そう言うと彼は顔を扉に向け、「開け」と一言苦とを開くと、それは文字通り開いた。
「さあ、中へどうぞ・・・」
言葉にしながら彼は手を離宮の中に向けて、入るように促す。男はアダルト目を合わせると、彼も顎で入りように促す。それを見た男は意を決したように足を進めて中に入る。お七の方は彼よりも軽い足取りで男を追い越して先に入っていってしまった。それを見届けた後にアダルも足を進める。周りの減し達はそのまま離宮に入っていく物だと思って居たが彼は不意に先ほどから声を上げている髭面の兵士の横で止まった。
「フラウドは?」
「今は本宮にて政務をしております」
目も合わせずに問われる問いかけに彼は丁寧に答える。
「そうか。突然ですまなかったな。後でちゃんとした礼と謝罪をする」
「恐れ多いことです」
恐縮した様子の男を横目で確認するとアダルはそれ以上は語らずに歩みを再開させ、仲に入る。後方からは男の「閉じろ」という号令が聞える。その号令に従いほんの数秒で入り口は完全に閉じられた。アダルは先に中に入った男達を探す。すると、テーブル前で明度達に囲まれているのが見えた。その明度達と先ほどの兵士達にアダルは疑問を覚える。普段なら決して従者をこの離宮内に入れたがらないフラウドが良くも許した物だと。
「海底の王族とその従者だからね。粗相がないように王来君が急いで配備してくれたんだよ?」
その疑問は横から返答が来た。声からしてヴィリスだと分かるアダルは横目で彼女を捕らえる。
「俺今。そんなに分かりやすい顔してたか?」
「いつもよりは分かりやすい顔に成ってたよ」
クスクスと笑う彼女にアダルは参ったと言いたげに肩をすくめ、男達に目をやると既に彼らの姿は見受けられなかった。既に各自案内されたのだろう。
「まだ時間があるが。また街に行くか?」
その言葉にヴィリスは目を見開き、アダルの顔を見る。しかし彼女は彼の顔を見るなり、微笑を浮べて首を振った。
「今日はいいよ。明鳥くんだっていろいろと疲れたでしょ? それに今からじゃ行ける所も限られているし。私も今日はいろいろありすぎてくたびれちゃった」
弱々しい苦笑を見せたヴィリスは疲労から出る息を吐く。
「そろそろ限界みたいだから、部屋に戻って少し眠るね?」
言い終わると、ゆっくりとした足取りで奧に向って行く。アダルは彼女が奧に消えるのをその場を動かずに見届けた。彼女が奧に言ったことを確認すると、彼も溜息を吐き、少し歩いてその場に備え付けられている椅子に腰掛ける。背もたれに体重を預けて、その目線を天井に向けつつ、アダルは長いうなり声を上げた。
「やせ我慢なんて俺の主義じゃないな。今度から止めておこう」
そう言うと彼は胸に手をやる。触れた瞬間、彼は顔を歪めた。
「これは二日三日大人しくしておいた方が良いかもな・・」
そう言うと彼は両目を覆い隠す。
「早めに治した方がいいな。悪魔種の襲撃の兆候があった事だし」




