二十二話 古着の破棄
苦悶の声をあげたのち、男はゆっくりとその目を閉じる。それを確認するとアダルは男の従者達の方向に顔を向ける。
「で? どうする。お前達の主人は倒れたが。敵討ちでもするか?」
やや挑発気味に言葉を吐き捨てる。鰭頭の男はアダルに踏みつけられている主人を一瞥すると肩をすくめる。
「俺はやめておく。自分より強い主人がやられた。俺が適うはずがない。大人しくしているさ」
言い終わると、男は隣の赤鱗の女に目配せする。
「私も止めておく。あんた強いから闘えば楽しそうだけど、本気は引き出せそうにないっぽいし。それじゃあつまらないよ。やっぱ戦いは五分同士の相手としのぎを削り合わないと自分の物にならないし」
女の返答に男は表情を緩ませる。
「と言うわけで降参だ」
言葉と共に二人は両手を挙げる。
「そうか」
その様子を見て襲ってくることがないと分かると、アダルは男から足を避ける。自分の服に目を落とすと、かなりボロボロになっておりこのままじゃ外を歩けないなと内心でぼやく。
「なら、少しの間そのままでいろ」
「ええーっ! ずっとこのままとか腕疲れちゃうよ」
赤鱗の女は甘い声で文句を口にすると隣の男は注意を入れる。アダルは直ぐに終わらせると言ってヴィリスのいる方に歩いて行く。戦闘の余波を受けないように樹影にいた彼女は
そこから出てきた。彼女は紙袋の一つを抱きかかえて肩を震えさせている。
「悪いな。少し遅くなった」
微笑を浮べつつ、彼女に近づこうとする。しかしその前にヴィリスがアダルの胸元に飛び込んできた。その行為に呆気にとられているうちに彼女は口を開く。
「傷は・・・・。大丈夫?」
「ああ」
俯きながら涙声のヴィリスにアダルはただ短く返答する。
「本当に? 腕を切り落としたんだよ? それに肺を貫かれてたし?」
「問題無い。俺の再生能力を舐めるなよ」
愉快げに声を上げると、ヴィリスの拳が弱く胸を叩く。
「それでもだよ。さすがに死んだんじゃないかって呼吸が止まったんだよ?」
弱く呟いた言葉にアダルは返答を返すことが出来なかった。
「あんまり心配させるような戦い方しないでよ」
その言葉を言い終わるとヴィリスは我慢していた涙があふれ出す。声は上げずにただそれを流す姿にアダルは困惑した表情をし、頭を掻く。助けを求め様と海人男女の方に目をやると彼らは彼らで男の側で看病をしていてコチラの様子なんて見ていなかった。自分でどうにかするしかないと観念して、彼女の頭に手を乗せる。
「今後気をつける。だから泣き止め」
彼女の頭を撫でながら慰める。それでもヴィリスは鳴くのを直ぐには止めなかった。よほど訴えたいこと何だなと思うとアダルは溜息を吐く。
「全く。俺に涙を見せて訴えるとか。卑怯過ぎるぞ?」
呆れた声でそう言うと、ヴィリスの体を無理やり引き離す。彼女は未だ涙を流している。
「善処はするさ。だからもう泣くな」
顔を近づけ、言い聞かせるようにいうとアダルはヴィリスの髪型を崩す勢いで撫でる。
「ちょっ! や、止めてよ」
呆気なく髪型を崩されたヴィリスは涙を拭ってどうにかアダルの手を止めようとする。しかしその前にアダルが彼女の頭から手を除ける方が早く、ヴィリスは空を掴んでしまう。
「それより、その服。早く渡してくれよ。ずっとこのままじゃ、おれは捕まってしまう」
その言葉で彼の服がボロボロだったことを思い出し、抱えていた紙袋を突き出す。
「さんきゅう」
礼の言葉を言ってそれを受け取り、先ほどまで自分が隠れていた木陰に向うのを目で追う。
「服買っておいて良かったね」
近くにあった樹に体重を預ける彼女の声は未だに少し涙声だった。そんな彼女の言葉にアダルはそうだなと返す。
「今日買っておいて良かったと思って居るよ。そうじゃなかったら歩いて帰れないからな」
軽く笑いながら返すが、彼の言葉には仄かに疲労が臭っていた。
「こんなに早くこれを着る事になるとはな。さすがに数時間前は思わなかったが」
「ははははは・・・」
彼のことばに曖昧な笑い声を返すと、アダルは溜息を吐いたのが聞える
「まあ。いまそれは良いんだが・・・」
言葉と共に木陰から出てくるアダル。黒いシャツと青色のジャケットを見に包んだ彼は頭の砲埃を払う。
「これはもう着れないな」
そう言うと、手に持った赤いロングコートとインナーに目を向ける。少し悲しそうにそれを見つめた後、それらは突然発火する。前触れもなく怒ったことのため、ヴィリスは小さく悲鳴を上げる。
「いいの? 燃やして」
「もう着れない物を持っておいてもしょうが無いだろ」
アダルはそれを芝生のない所に捨てた。さすがに芝生の飢えに捨てると家事になりかねないと配慮して行なった行動だ。完全に燃え尽きる前にアダルは未だ意識を失っている男の方に近づいていく。
「さすがにここに放置するわけにはいかないからな」
溜息気味にそういうと、アダルは男に寄り添ってた二人の従者に声を掛ける。
「今から宿に案内する。そういうの決めないで来たんだろ?」
男の従者の方はアダルの発言に、彼の顔に目をやる。目を見開いていることから驚いているがそれを止めて頭を下げる。
「感謝する」
「そういうのは良いから、お前が担げ」
アダルは黙々と男の上半身を持ち上げる。従者の男は赤槍の男の手を持ち、脇に腕を入れ反対の脇を掴む。
「ヴィリス。悪いがこのまま変えるぞ?」
抱えられる男から一度目を離すとアダルはヴィリスの方へ向き返り、申し訳なさそうにする。
「大丈夫だよ。事情はちゃんと聞こえていたから分かっているし・・・・」
一度言葉を区切りと彼女は倒れている男に目をやる。
「海人種の王子様は丁寧におもてなししないといけないしね」
「そういうことだ。お前は先に帰ってフラウドに事情を話して準備をしててくれ。荷物は俺が持って帰るから置いて行って構わないからな」
アダルの言葉に彼女はうなずく。
「じゃあ、お言葉に甘えて。なるべく早く帰ってきてね?」
そう言い残すと、彼女は軽やかな歩きで森の奥の方に行く。多分誰もいない方が飛びやすいんだろうなとアダルは思い至る。彼女の翼は猛毒だ。詳しい性質はアダルもわからないがあの罰天使から受け継いだ翼だ。危険なものであることは変わりないのだろう。
「共にいかないのか? 彼女は」
男のふとした疑問が投げかけられる。
「宿の予約を先に行ってしてくれるそうだ。俺は案内役として残った」
彼の言葉に赤鱗の従者の女は首をかしげる。
「けど彼女。町とは反対の方に向かったようだけど・・・」
不思議そうに腕を組む彼女にアダルは上を見るように促す。彼女は言われるがまま上を見る。その瞬間。彼ら上空を飛んでいく翼をもった人型の影が通過する。それを見た瞬間。女は納得したような小さく声を上げる。
「なるほど。彼女も人間じゃなくて人化したほかの種族ってわけ」
「そういうことだ。あいつは空を飛べるし、顔も割と認識されている。宿をとるにはあいつの方が適任だから向かってもらった」
口を動かしながら、彼は地面に置いてある紙袋たちを手に持つ。
「ああ、そうだ。町を通るからそいつの赤槍はかくして持ち歩けよ?」
「それはもうやってある。心配しなくてもいい」
アダルは「そうか」と口にしたが、内心では準備がいいなと関心を見せる。
「準備がいいよね? 本当に」
「うるさいぞ。本来ならお前がやるべきことだろうが。少しは自分の仕事を果たしたらどうだ?」
自分への小言が始まりそうとわかると女はアダルに近づく。
「じゃあ、案内よろしく!」
そういうと彼女は先に歩き出す。案内役より先に行くとはどういうことなのかと思い、男に目をやる。彼は申し訳なさそうにしていた。それを見て彼も苦労しているのだとわかる。
「すまないな。自由人が二人もいて・・・」
「お前も苦労しているんだな」




