二十一話 若気の至り
アダルの発せられる情報を男はなに一つ聞き逃すまいと何も行動を起こさず耳を立てる。彼に取っても少し興味深かったのかも知れない。自分の知らない父親の情報が聞けるかも知れないと。若気の至りを聞けるかも知れないと。男はアダルに顔を表情を読ませまいと少し俯きながらほくそ笑んだ。本当にそれが聞けるのなら今後それで自分のが優位に立てるかも知れない。男にとって父親。スサイドンは決して適わない相手である。戦闘に置いても知略で置いても。口論で置いてもそうだった。正直言って、アダルの言葉を聞く気は無かった。自分で聞いた事だが、男にとっては戦闘を続ける方が重要だった。どうせ自慢話でも聞かされるのだから聞いても仕方ないと思って居た。槍を操り、彼に仕向けようとすら考えていた。しかしふと思ってしまった。ここで耳を貸せば、父親の弱みを握れるかも知れない。そうしたら戦闘。知略。口論のどれかでは優位に立てるかも知れないと。
「スサイドンとは約五年の間。共にこの大陸中を旅をした」
男の様子に気付きながらも、アダルは律儀に話し始めた。別に言わなくてもいいというのが彼の本心であった。聞きたくないのなら聞かなければ良い。しかし男の方から聞いてきたのだから、それは話さなければならないとアダルは考える。先ほどコチラが聞いても、説明をしなかったお前とは違い、自分は聞かれたら話すよ。という皮肉の念も交じっているのは確かなのだが。しかしそれは彼に取って知っておきたかったことだ。聞かないと、今度襲撃を警戒して、何気ない日常を集中出来ないのだ。
「スサイドンは武者修行とかいって地上に出て来たら良い。どうやら海底には骨のある奴がいないとか言っていたな・・」
昔を懐かしむように目線を少し上げて、しばらく空を見つめた。
「邂逅はお前と同じだったな・・・」
体勢を維持したまま半笑い気味でそれを口にする。間近でそれを効いた男は目を少し方を揺らし、居心地が悪そうに目を泳がせる。
「襲撃に対応して、戦闘になった。その最中、俺は聞いた『なんで俺を襲った?』ってな。そうしたらあいつは溌剌とした笑顔を作って気持ちよくこう言った。『お前が強いと一目で分かったから』ってな。どうだ? お前の親父。恥ずかしいことを笑顔で言ったんだ」
恥ずかしいだろ。と言いたげな表情を作り、からかい出す。彼の表情通り、男は異様に恥ずかしくなった。
「我が親父ながら恥ずかし過ぎるな。若気の至りか? よくそんな馬鹿っぽい事を平然と言えるな」
頭を抱えたくなったが、それは出来なかった彼の両手はアダルの胸に突き刺さっている。これじゃあ耳も塞ぎ、情報をシャットアウトする事が出来ない。そこで男はアダルはこれをしたくて態と重傷になるような攻撃を避けなかったのではないかと考え出す。
「若気の至りか。確かにそうだな。出会った当初のスサイドンは血の気が多かった。だからそんな事を平気で言えたんだろうし、敵無しの海底に居続けることが苦痛だったんだろうな」
男は淡々と語るアダルの言葉の中の父親に少し親近を感じた。確かに海底の世界で強くなると刺激が減る。それが何年も続くと、苦痛になる物だ。自分もそれなりに強いが未だ、父親には適わない。だからそう考えることは少なかった。未だ挑戦者でいられているから。だが、最近自分に挑んでくる挑戦者がいなくなってきたことを男は分かっている。あの強い、父親の領域に近づくため、自身も強くなっているためだ。男には親から受け継いだ才能がある。それを持ってすれば、海底で無双をする事など造作も無かった。そのため挑戦者が少なくなってきたのだと言うことも分かっている。だが、自身の父親は若い頃にそれを痛いほど経験していたのかと思うと同情せずにはいられなかった。
「まあ、これは本人に聞いた訳じゃないから俺の推測でしかないんだがな」
から笑い気味に肩をすくめ、話しを戻した。
「さて。お前が聞きたいであろう勝負の行方だが。それは引き分けた」
「引き分けた?」
アダルの言葉に男は顔を顰めた。そんなはずがないと。彼が嘘を言っていると直感で分かった。
「嘘だな」
威圧用の声で訴えると、アダルは首を振った。
「嘘じゃないさ。本当に共倒れだった」
それを受けてもアダルは主張を変えずに同じ内容の言葉を繰り返す。それを効いてもまだ、男は信じようとしない。そんな彼の様子にアダルは溜息を吐く。
「お互いに全力を出し切った末に引き分けたんだ。何が不満だって言うんだよ」
「全力で引き分け? そんな訳無いだろ」
なおも食い下がってくる男は顔を強ばらせつつ、言葉をつづけた。
「だったらなんで、どっちも生きているんだ? 力は拮抗している状態で戦闘をした結果の引き分け。それはどちらも死んでいるはずだろ? それなのに親父もお前も生きている。それが示すの結果はたった一つだぞ?」
その言葉にアダルは良くそんなに頭が回るなと関心してみせる。
「あんた。親父との戦闘で引き分けになるように手を抜いたろ」
その言葉を発せられた瞬間、アダルは態と肩を震えさせ、目を泳がせた。
「図星か?」
その言葉を待っていましたとばかりにそれらの動作を止め、舌を出して戯けてみせる。
「俺様を欺こうなんて出来る訳無いぞ?」
「別に欺こうなんて考えてないが。だが、耳が良いからって、心の声まで聞えるのか?」
その言葉に男はアダルを睨みつつ、口を開く。
「残念ながらそれは出来ない。ただ、俺様の直感が本心を言ってないって伝えていたんでな」
獰猛な笑みを浮べる。手に触れる歯触りでサメの牙の様な物だと分かる。
「あいつも持っていたからもしやとは思っていたから試してみたら。スサイドンより精度が良いみたいだな?」
しかしアダルは悪びれる訳でも無く、淡々と鎌を掛けた事を口にする。男はつまらなそうに顔を逸らす。
「まあ、お前の言ったとおりだ。俺はわざと手を抜いた。そしてスサイドンが意識を取り戻した後、お前に言ったのと同じ事を言った。あいつは直ぐにそれが嘘だと分かったようだが、指摘はしてこなかった。弱者は何も言う権利はないとか言っていたな・・・」
馬鹿なのに真面目をこじらせていたとアダルは着く加え、吹き出すように瞬間的に笑うと、言葉をつづけた。
「そのあと、俺が提案して旅に同行して貰った。赤槍のこと、殺気の鱗制御の事。などは旅路に見たことだから知っていた事だから対応出来た。そして赤槍は海人種の王族にしか操れないという話しを聞いていたからお前の正体が分かったって言うわけだ。あいつは兄弟はいないって言っていたからな」
言葉を終えると、アダルは満足した顔を見せる。
「これが俺の知っている事だ。満足したか?」
「するわけ無いだろ? まだ俺様の知りたいことは言ってないからな」
飢えた目で訴える男にアダルは頷いてみせる。
「まあ、そうだろうな。ただこれ以上本人が話していないことを俺がべらべらと話すわけにはいかないんだ」
何回か分かってくれと表すように頷く彼は口と両腕の拘束を解き、その手で男の両腕を掴む。何をするのかと一瞬戸惑ったが、男は直ぐにアダルの行動を読んで前に体重を掛けた。しかしその行動は間に合わなかった。アダルは手に力を込めて自身の体を貫いている両腕を抜きに掛かった。男の抵抗虚しく呆気なく引き抜かれた男の腕。アダルはそれを離すことはせず、そこを視点に男の体を持ち上げる。アダルの拘束から逃れようと必死に足で抵抗を見せるも、彼には大して聞いていない。
「旅路の事やらお前が聞きたい事。俺が話せるのはここまでだ。後は本人にでも聞いてこい」
柔和な笑みを見せ付け、諭すように言葉をいった直後。アダルは持ち上げた男の体を地面に叩き付ける。男は息を漏らしたような苦悶の声をあげた。それを見て尚アダルは鎚撃を止めなかった。彼は仰向きで倒れている男の鳩尾に踵を振り下ろす。勢いよく降ろされた一発に男は声を上げる間も泣く、意識を手放した。




