二十話 ダブルスピアー
アダルの言葉を聞いて驚いていたのは男だけでは無く、彼の従者で在ろう二人もそうだった。男はあまりに驚きすぎて目を見開いて口を詰むんでいる。その様子はまるで呼吸をしていないのではないかと思わせるほどだ。対して女の方も驚いてはいるが、彼女の驚き方は少し男達二人とは少し違った。彼女は顔では驚いた表情をしていても、その目はきらきらとしていた。その口端は微妙に上がっている。
「その表情。どうやら当っていたようだな。まったく・・・・・・」
アダルは男と従者二人の表情を見て、先ほど口にしたことが当っていたことを悟り、溜息交じりに頭を掻いた。
「自信は無かった事だから当らないことを期待していたんだけどな。なんでこう言うのだけ当るんだよ・・・」
集中の糸が切れたのか、疲れた声を出して肩を落とす彼は何故か落ち込んだ様子を見せた。
「はっ!」
その際アダルは槍を掴んでいた手を僅かに緩めていた。これを逃す愚行をしない男は槍に力を込めてそのアダルを抉らんと突き刺そうとする。アダルはその声で今槍を掴んでいたことを思い出して再び手に力を込めて槍の前進を止めに掛かる。あと数センチのところで槍は再び拘束される。それを見るアダルの顔には冷や汗がたれていた。
「今、完全に油断したな?」
「ああ。危なかったよ、マジで」
不敵な笑みを浮べて問いかけてくる男の言葉に、アダルは少し息の荒い声で返す。
「見逃してくんないか」
「当たり前だろ。そうしないと勝てないからな!」
突如男は口を窄めた顔を見せる。
「ブッ!!」
それを見た瞬間、体が勝手に膝を曲げて背高を縮めていた。自信の意志じゃないため、男から目を離したアダルは彼の口から音を立てて何が放たれたのか見れなかった。瞬時に首だけ動かして、先ほどまで頭部があった上を見るとつららを思わせるくらい大きい水の固まりが通過している真っ最中だった。アダルは槍を引いて男の体を引き寄せ、空いている手に光を収束させて、それを腹部目がけて放った。
「ぐふっ!」
そのタイミングでアダルは槍を離す。固定する力がなくなったため、男の体は数メートル土煙を発生させながら後退する。
「ったく、人に向って高圧水流をかましてくるなんて。やっぱりお前彼奴の息子だわ」
そっと立ち上がって、膝についた土を払い、男に文句を放つ。アダルの攻撃をもろに食らった男の方も腹を抑えながらも、槍を杖にしてどうにか立ち上がった。
「お前も、あんな至近距離からその光で殴ってきたんだから、お互い様だろ・・・」
鳩尾に入ったのだろう。少し話すのが辛い様子だ。
「何故お前が俺様の親父を知っている?」
威嚇為るような強い口調で男は問いかけてくる。アダルはそれを耳にして、腕を組んで首を傾げた。
「どうするかな・・・・・。お前、俺の質問に答えてくれなかったからな。別に答えなくてもいいんだが・・・」
先ほど質問をスルーしようとしたことを少し根に持ったような言い方をする。その口調に男は少し苦そうな表情をする。
「まあ、いいか。興味があるって言うのなら教える。俺が何でお前の親父を知っていたのかをな」
だからその間は攻撃を仕掛けてくるなと目で訴える。それを見た男は頷いて見せ・・・・
「ブウッ!」
口から高圧水流をアダルに向けてはき出す。男とアダルの間は数メートル程。自分に届くまで数秒もいらない。しかしそれでも彼は呆れた声を漏らし、片腕を開いて前に突き出す。
「隙があるとみたらどんな状況でも攻撃を仕掛けてくる。お前の親父そっくりだよ」
言葉が言い終わるときには高圧水流はアダルの片手に直撃していた。それを目で確認して、男は口角を上げる。男の高圧水流の威力は深海の圧力に負けない巨大な岩をも真っ二つに出来る威力を誇る。それを受けたら最後。アダルの手も切られるであろう。そう確信しての笑みだった。だが、彼本来の腕である現在。この程度で切り裂かれるほどアダルの腕は柔い物じゃなかった。水流攻撃が効かないと分かるとそれをやめた。
「でもな、そっちから聞いてきたくせに攻撃して来るなよ。お前等親子は何でそう血気盛んなんだよ」
呆れた声で溜息気味に言葉をもらすアダルに男は地を駆けだし、距離を縮めた。その手には何故か槍は持たれていなかった。鋭利な鰭で攻撃してくる野かと構えたアダルは。だが、男は既に明かされてしまった手札を今更使うほど、男は単純じゃなかった。彼は両手を手刀の形にし、腕を引いた。
「ダブルスピアー」
アダルの両肺を抉ろうと突き出された両腕には今までとは違い、あらゆる物を切り裂けるかも知れないと思わせる平賀無くなっていた。代わりに卑しい光を放つ鋭利な鱗が男の腕にみっしりと覆って、手先を矛の様な形状へと変形させていた。想定していた攻撃と違って、驚く素振りを見せてしまったが為に防御の対応が遅れた。結果、男の二つの手槍はアダルの体を捕らえ、貫いた。その感触は確かにあり、幻影ではないことが男は腕から感じ取っている。その目にはアダルの胸に深く突き刺さった自分の腕が見える。男は少し目を見開く。
「おいおい! どういうことだよ」
まさか避けずに受けるとは思わなかったのか、男は目を見開いて空笑いをする。
「今のは躱されると思って居たんだがな。どういう風の吹き回しだ?」
彼の問いかけにアダルは答えない。男によって肺を潰された。普通だったこの時点で即死だろう。だが、男はアダルに問いかける。まるでまだ死んでないと確信しているような口ぶりで。その問いかけに答えるかのように息を漏らす。
「こうでもしないとあんた。攻撃を止めないし、俺の話を聞かないだろ? それにこの程度じゃ俺は死なない事も知っているだろ? だから話駆けてきたんだろ?」
鼻をならしつつ、両足を踏みつけて固定する。右腕を今突き刺さっている男の両腕に巻き付け動けないようにし、左手で水流を出さない様に口を押さえる。
「これでやっと話せる」
苦労したと言いたげな顔を見せ付けるように柄付けて、疲労感が漂う息を漏らす。両肺は潰したはずなのに何故苦しそうにもせずに普通に喋っているのか男は疑問に思ったが、考えるのを止めた。彼には自己修復能力がある。それだけで説明出来てしまうからだ。今なお両腕は突き刺さったままだが、その状態のまま修復したのだろう。それを表すかのように、男は内臓と繋がった様な感触があった。
「本当にでたらめな奴だな」
「良いから話しを聞けっつの。お前が聞いてきたことを親切に教えてやろうって言うのに・・・」
抑えられた口でどうにか半笑い気味に茶化すと、アダルは苦労の乗った声音で訴える。それを聞いて男は諦めた様な表情をする。それを見てもう攻撃を仕掛けて来ないと確信する。と言うか、体全身を拘束された状態でどう攻撃を仕掛けてくるのだろうとアダルは思ったが、直ぐにその考え撤回する。男は赤槍を自由に動かせる事が判明しているから油断は出来ない。警戒しておくに越したことはない。
「さて、俺が何でお前の親父を知っていたかって事を聞いてきたよな?」
仕切り直すようにアダルは男に問いかける。彼の質問に男は渋々といった様子で頷く。
「お前の親父。スサイドンは昔この大陸で武者修行をしていた琴葉知っているか?」
問いかけられた言葉に男は呆けた様な表情をする。それを見てアダルは「まずはそこからか」と呟きを入れ、言葉をつづける。
「話してないな。その表情。まあ、言いたくないのは分かるが、言っておけよ・・・・」
スサイドンに向け恨み言の様に呟きを入れ、アダルは息を吐く。
「まあ、今はいい。それでなその旅には同行者がいた。在る目的の為に大陸中を歩き回っていた鳥人がな」
鳥人という単語が出て来て、男はアダルの顔に目を向ける。
「そう。その同行者は俺だ。お前の親父と俺は一緒に旅をしていたんだよ」




