十七話 猛威の予感
アダルは赤槍をつかんだ衝撃で人化の解けてしまった自分の腕を見て、嘆息した。そんな彼にヴィリスは心配そうに眺めている。
「これはもう演技は通じなさそうだな」
疲れたように小さく呟く。それが耳に届いたヴィリスは不安げな顔をする。
「ど、どうするの?」
少し震えた声で聴き返すと、アダルは赤槍を放った海人種の男に目をやり、彼の行動を観察しつつこれからの事について考えを巡らす。男はにやにやとしつつ、こちらの行動をうかがっている。それを目にして、アダルは微妙に目を動かす。
「あいつ、楽しんでやがる」
怒気をほのかに孕んだ荒々しい声を出す。赤槍の男の行動にアダルは腹にたった。だからこその言葉使いだった。このような面倒な状況にしたくせに面白がってんじゃないという思いだったのだ。彼はこの腹ただしさをどうやって収めようと思考しようとするが、ふと、自分の手にある赤槍に目が行く。瞬間彼はあることを思いついた。
「ヴィリス少し離れていろ」
彼女を守るように回していた腕を解いて、押しのけるように自身の後ろに下がらす。いまだ不安げな表情をしている彼女はそれに抗うことができず、そのまま下がった。その間にアダルは数歩前に進み、持っている赤槍の所有者の男に目を据える。
「ああ、そうだ。俺は巨鳥だ。だから何だっていうんだ? こっちは久しぶりの休日だったんだ。それを潰しやがって・・・・」
威勢よく文句を口にして、アダルは槍を持った手を上に掲げた。
「仕返しされても文句はないよな!」
途端赤槍に光が纏われていく。これは槍にアダルの力がそそがれている証拠。その分威力も速度も上がること意味している。その光景に赤槍の男の後ろにいる二人は呆けているように眺めていた。対して、赤槍の所有者は警戒を強めた。何かわからないがとてつもない攻撃が来るのではないかと分かったのか。はたまた野生の感が体を勝手に動かしたかはわからないが、彼は身構えた。しかしアダルは光が完全に纏われる前に槍を放ってしまう。
「っ!」
身構えている今なら対応できないと判断して、いまだチャージ中だった槍を放った。実際、それを見た男は少しの間、硬直した。赤槍は完全にアダルの力が注がれたわけではないとはいえ、彼の光が注がれたことに変わりなく、高速で男に向かい、進んでいく。彼は無理やりにその硬直を解いて両手を前に出す。無謀にも彼はそのかすかに視認でき程度の槍をつかもうとしている。何が起こっているかわからないヴィリスと、男の後ろにいた二人はそれを眺めているしかない。
「ははっ! 面白い!」
口角を限界まで上げ、嬉々とした声を出す。アダルは直感で感じ取る。この攻撃は受け止められると。その思考が至った時には、槍は男の守備圏内に入った。彼は飛来中の槍の柄を両手でつかむ。しかしそれだけではそれは動きを止めない。それを分かっている男は手首の向きを変える。それによって穂先は地面に向く。進行方向を変えた槍はそのまま地面に突き刺さる。同時に衝撃波が発生し、地面を抉っていく。ここまでの動きを瞬く暇もない速度で行う。これをやってのける時点でこの男もアダルと同じくらいの力量をもっていることを伺わせる。
「ふう!」
やってのけた当の本人は達成感を滲ませた嬉々とした表情をした。
「やってくれたな」
余裕の表情を浮かべて、皮肉っぽく言いのける。それを聞いたアダルは不満げな表情を浮かべる。
「防いだくせによく言う。嫌味を言うのはお前の趣味なのか?」
鼻で笑いつつ挑発的な言葉を紡ぐと、男は「はははっ!」と大声で笑い出す。
「確かにそうだな。今のは少し嫌味っぽかったな」
言葉の後に彼は再び笑う。しかしそれはすぐに収まり、にやけながら言葉をつづける。
「安心しろ。俺様にそんな趣味はない」
「あっそ」
興味無さそうに答えながら、アダルは両手を前に出して、戦闘態勢を構える。それを目にして、男は余計嬉しそう笑う。
「やっと、戦う気になったか」
その声からもアダルが戦いに応じてくれることを感謝するようなテンションが高い口ぶりだった。対照的にアダルは余計に警戒を強め、意図して気怠けな声で答える。
「仕方がなくやるだけだ。それにさっきも言った通り、こっちは休日を潰されて少しイラついているんだ。仕掛けた手前、その発散に付き合ってもらってもいいだろ?」
彼の言葉に男は軽快に笑いをする。
「いいぜ。とことんやろう。」
男の笑みが野生的で獰猛なものに変わる。男が仕掛けるつもりだと悟るアダルは不意に彼の後ろにいた二人に目をやる・
「で、そっちの二人はどうすんだ? こいつと一緒に俺を襲うのか?」
アダルの言葉に男も自分の後ろにいる二人に目を向ける。彼の言葉に鰭頭の男は疲れたように息をついて首を横に振る。
「お前は俺がどうにかしても戦えるような奴じゃない。それにそこにいる俺の駄主人はそういうものを嫌うからな。面倒だから俺はパス。勝手にやってくれ」
頭痛が酷そうな表情をして、手首を振る男。そんな彼にアダルは苦労性なんだなと同情の念を送った。
「私もいいや。そっちの子。なんかすごく危なそうだし」
赤髪の女もつまらなそうにヴィリスを見ながら答えた。アダルは彼女の反応が気になり、ヴィリスに目をやると、彼女は自分の肩を抱き込んで怯えるように震えた。そんなことなどつゆ知らずに、女は赤槍の男に近づいていく。
「だから少しは面白い勝負してよ? 暇つぶしになる程度に勝負を」
近づいてきた女は男に肩を回して、にししと笑いながら激励のようなもの送る。すると、男は鼻を鳴らして、自信満々と言いたげに胸を張る。
「任せておけ! 何せ俺様は最強だからな。必ずあいつを倒してそれを証明してやろう!」
「さっすが、次期王様。期待してるよ!」
そういうと彼女は男の胸を軽くたたいて、元居た場所に戻っていった。
「ヴィリス。少し離れていた方がいいかもしれない」
アダルはアダルで赤槍の男から目線を外さずに、後方にいるヴィリスに注意を呼びかける。
「うん。分かっているよ。頑張ってね」
少し声を震えさせながら、彼女はそう言って、さらに奥の方に進んでいく。
「何を頑張れっていうんだよ」
ため息をつきながら文句を言うと、男は笑った。
「お前は鈍感だな」
「ああっ?」
彼の言葉にアダルはドスの効いた声で返す。男はやれやれと言いたげに肩を竦めて、首を振る。
「まあ、いいか。今はそんなこと関係ないしな」
口にしながら、槍を両手で持ってた穂先をアダルの方に向けつつ体の重心を下げた。
「さあ、証明しようか! どっちが強いか」
「そんなものに興味はないが、俺の憂さ晴らしには付き合ってもらうぞ」
アダルは人化の解けた方の拳を突き出す。するとそこに彼の腕から発せられた光が集まっていく。それはやがて長剣の姿に形成されていく。
「即席の物だがいいだろ。これくらいは」
「ああ、俺様に合わせてくれたんだろ? 文句はねえよ」
言葉にしつつ、アダルはそれをもう片方の手でも握る。瞬間的にそちらも人化が解けたが今更そんなことで驚かない。左足を半歩前に出し、剣を体に隠すように水平に構える。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
アダルはその姿勢になってから深呼吸を繰り返して、相手の観察しつつ冷静に仕掛けるタイミングをうかがう。男の方もそれは同じだが、彼は終始獰猛な笑みを絶やさない。その間にらみ合いが続き、静寂の時間が流れる。それはこの公園では今日一番の静けさであり、嵐の猛威に襲われる前を思わせる予感させる静寂だった。
 




