十六話 演技
フードの下にあった顔。それは明らかに人間の物では無かった。頬まで覆われた碧色の鱗。真っ直ぐで何を考えているのか分からない魚目。見た目年齢的にアダル等と同じ二十そこそこと言ったところ。手には先ほど襲撃してきた赤槍を持っている。よく観察すると、腕の部分が変な形で膨らんでいた。襲撃者の一人がその正体を現し、その姿にヴィリスは驚きを隠せない。しかしアダルは真反対に冷静だった。
「そうだな。だが、だからさっきの攻撃は納得と言えるな」
そんな事を言いながら、アダルは険しい警戒の目を海人の男から離すことは無かった。海人種は以上に腕力と脚力が発達した種族。生きていく上で毎日の様に移動のために泳ぐ海人種。それを疲れずに行なう為には発達した筋肉で無ければ行えない。
「それに、他二人の正体も分かったからな」
「分かった?」
未だ驚きをかくせないヴィリスはその表情のまま、アダルに聞き返す。
「ああ。まあ、何というか・・・」
アダルがその言葉を言っている最中、他の二人もフードを脱いだ。
「当たり前の同種族だよ」
二人ともフードの下は海人種特有の鱗に覆われた。顔が合った。一人は青い鱗で頭部にサメのような鋭利な鰭をつけた男。もう一人は赤い鱗で、癖毛の無い長い赤髪の女。どちらも男と同じ二十そこそこの外面をしている。アダルは警戒の視野を男から三人に広める。考え深く観察為るように三人を視野に納める。
「お前は何を考えている! いきなり襲うなんて聞いてないぞ!」
突如怒鳴り声がその場に響く。ヴィリスは呆然とした感じでその場面を見て場買ったが、アダルは視野を広くしていたため、その場面がよく見えた。声を上げたのは、鰭を頭につけた男だった。彼は言葉を言うなり、赤槍を持った男に詰め寄って。彼の胸ぐらを掴んだ。
「そもそもだ。俺たちは何であんな奴の尾行なんぞしなければ成らないんだ!」
「そこからかよ!」
赤槍の男が突っ込むと、鰭頭は額に青筋を立てた!」
「当たり前だ! 俺は何で尾行するのか聞いてないんだぞ!」
「私も聞いてない」
赤鱗の彼女も手を上げながら不思議そうな表情をした。
「あの人達って、何? 普通の人間じゃ無いのはわかるんだけださ。というか、普通に人間は咄嗟に翼を広げて飛んだりはしないから人間かどうかも怪しいけど・・・・」
言葉にしながら、彼女は訝しげに二人に目をやる。その視線にヴィリスは一瞬方を震えさせた。
「あっ? 本当に分からないのか?」
少し呆れながら赤槍の男は顔を上げて目を隠し、「やれやれ」と口にした。
「何がだよ!」
喧嘩腰で言い返すに鰭頭に赤槍の男はゆっくりとした動作で、指をアダルに向けた。
「多分だが。こいつだよ」
「だから、何がだ!」
どうやら頭に血が上っているらしく彼が何を言いたいのか全く伝わらないと言いたげに言い寄る。そこで赤槍の男は溜息を吐いて「言わせんなよ」と小さく呟いた後、今度はちゃんと言葉にした。
「だからこいつが王国を襲った猪王を撃退した巨鳥だよ」
彼は最後に小さく多分と付け加えるのを忘れなかった。その言葉に一番早く反応したのは、アダルだった。彼は一瞬目を見開く。しかし直ぐに冷静に思考して、ある考えに行き着く。奴等に自分の正体を知られると結構面倒な事になると。幸い、あちら側は未だ推測の域を出ていない。これはチャンスだと思い、上手く言い訳して人違いだと思って貰おうと言う考えを思いつく。それにはヴィリスの協力も必要になる。
「ヴィリス。そんな顔をするな。しらを切るぞ」
男の言葉に反応して、混乱したように目を右往左往している彼女に、小声でそういう。
「で、出来るの?」
不安そうに口にする彼女にアダルは頷く。
「ああ、多分な。だから、俺に話しを合わせろ」
「う、うん。でも失敗したら?」
不安そうに聞いてくる彼女にアダルは小声で答える。
「向こうは推測でこう言っているんだ。こっちが何を言おうとも大した事を言わなければバレない。いざとなれば魔術だって言えば大体ごまかせるだろう。だが、それでも襲ってきたら・・・」
「襲ってきたら?」
アダルはそこで悪い笑みを作り出す。「これ以上は言わなくても分かるだろ?」と言いたげな表情をする。それを見て、ヴィリスは一瞬体を震えさせたが、それも直ぐに収まった。溜息を吐いて困った様な表情をする。
「結局は闘う確率の方が多いって事でしょ。それって」
「でも、闘わなくてもいいっていう可能性も出て来た。それも割と高い確率でな」
にかっ! と笑うアダルにヴィリスは「もう」と少しの笑みを浮べて返す。
「それに・・・・」
アダルは視線を海人達に向ける。
「あれだったら、大丈夫だろ」
アダルに続いて彼らの方に目を向けるヴィリス。そこには今にも喧嘩を始めそうな程、一色即発の三人の姿があった。
「訳分からないこと言ってないで、本当の事を言え! 本当の理由があるんだろ!」
「だから、俺様は本当の事しか言ってねぇよ!」
「そんな訳無いじゃん。あんないかにも平凡そうな男のどこが巨鳥なのよ!」
最後の女の言葉にヴィリスは少し眉尻を上げる。
「あの人、失礼だね」
少し怒ったような声音で呟く。その声はアダルに聞えており、彼女の意見に首を傾げた。
「そうか? 俺はいかにも平凡だって自覚しているけどな・・・」
彼のその発言に、ヴィリスは鋭い目をアダルに向ける。その鋭さに、彼は想わず肩を揺らす。彼女はその目をすぐに止めて、溜息を吐いた。
「自己評価が低いよ。明鳥くんは・・・・」
最後の方は声が小さく過ぎてアダルでも聞えなかった。
「兎に角! あそこの男からはそこまで力を感じられない。本当の事を言え!」
「そうよ。だからさっき襲ったことを謝って、さっさと本当の巨鳥を探しに行くわよ!」
「だから彼奴だって俺の直感が言ってるんだよ!」
最後の言葉と共に赤槍の男はアダルの方に顔を向ける。
「お前、この国を救った巨鳥なんだろ!」
目をきらきらさせて大声で問いかけてくる男にアダルはあまり無い演技力をひねり出して、きょとんとした表情を作り出す。
「は、はい?」
「だから! おまえは巨鳥なんだろ!」
彼の問いかけに彼はしばらく呆然とした表情を作り出して間を開ける。
「人違いですよ」
間を空けた後、呆けた声でそういう。これには自己演出ながら完璧だとアダルは内心で自分を褒めた。
「えっ?」
「ほら、人違いじゃ無い! 間違って襲っちゃったこと謝りなさいよ!」
アダルの返しに赤槍の男は呆然とする。赤髪の彼女は責め立てる。
「いや。さっき翼出していただろ? 光の翼」
少し自信なさそうに言葉を紡ぐ彼にアダルは不思議そうな表情をしてから何か思い出したような顔をする演技を講じる。
「ああ、これ」
そういってアダルは光の翼を出し、指を向ける。
「そう! それだ!」
「これは昔巨鳥さまに承った加護付き宝物を媒介にして作った魔術ですよ。自分魔術師なんで」
少し謙遜した様に頭を低くした。
「・・・・・・」
興味深そうに翼に目をやる男の表情を見て、アダルは上手くいきそうだと直感で悟る。
「って、そんな訳無いな。危うく信じそうになった」
しかし現実はそう甘く行く物では無かった。彼の言葉は明らかにアダルが巨鳥である事を推測では無く確信していた。
「演技上手いな。だが、まだまだ詰めが甘い」
「な、何を言っているのか、分かりかねます」
それでも彼は演技を続け、他人のふりを続ける。赤槍の男は未だ道化を続けるアダルに向い呆れた声で言ってのけた。
「もうその演技を止めやがれ。段々腹が立ってくるぞ?」
「演技なんてしてません・・・」
最後まで言おうとした瞬間、男は再び赤槍を投擲してくる。アダルは咄嗟に回避行動を取るが、もう寸分違わぬ所にまで迫った赤槍を見て左右に逃げることでの回避は不可能と悟る。しかし彼は諦めたわけでは無く、膝を曲げて頭を低くする。アダルに体をつけていたヴィリスは彼に引っ張られる形で同じ体勢になる。彼らがその体勢になって直ぐ、アダルの頭上を槍が通る。コンマ0.1秒行動が遅かったらアダルの頭には槍が突き刺さっていた。
「ふぅん!」
声を上げて通過中に槍の柄をヴィリスを引き寄せている手とは反対の手で掴み、無理やり槍を制止させる。そこで体勢を立て直し、槍を投げた海人の男に殺意の宿った視線を向ける。それを目にした男は愉快そうに口角を上げる。
「やっぱり俺様の直感は正しかったな」
彼の目に映ったのはアダルの槍を掴んだ方の手だ。彼の手は本来の物に戻っていた。
「さあ、これでもう誤魔化せないぞ? それでも演技を続けるか?」
軽薄で人を食ったような笑みを浮べる男にアダルは周りに聞えるような響く舌打ちをする。




