十五話 強襲
「何だか少し懐かしくなるな。ここは」
アダルは周りの景色を目に知れながら、考え深いといった様子にその言葉を放つ。彼が目に入れていた景色。それは空を覆うほど生い茂った緑の葉が風で揺らめく景色だった。彼らが今いる場所は王都クリウス北部に設けられている森林公園だ。その広さは北部部分をそのまま公園にしたため、王都の4分の1の広さを持つ。迷わないように安全面で注意はしているが、もし迷ったら探すのに苦労する広さである。
「大森林みたいに魔物が出ることは無いと思うから、静かに安全に過ごせるように成っているよ」
そこのそんなアダルを見ながら微笑むヴィリスは彼にそういう。
「ここは凄いな。ここまで人為的に自然を再現できているとは思わなかったよ」
簡単の声を上げて、素直に賛辞の言葉を贈るアダル。
「ここは王都に住む子供達が安全に自然とふれあうために作られた場所だからね。出来るだけ忠実にしたかったみたい」
説明する彼女にアダルは納得したように頷いた。
「確かに、危なくないように所々整備されているな」
口にしながら彼が見たのは生い茂っている木々だ。それらには低い位置の枝が切り落とされている後が見受けられる。地面も怪我をしないようにとの工夫なのか、適度の長さの芝生が植えられている。その他にも様々な物が施されている形跡が見える。
「子供にとっては絶好の遊び場だな」
「そうだね。ここから子供の姿が消えることは無いのだけどさ・・・・」
曖昧な言葉を返すヴィリスにアダルは少しやるせない気持ちになる。
「だけどここぐらいしか、王都内で安全に対処出来る場所が無かったの」
必死に笑みを作ろうとした彼女の表情を目に為るアダル。ヴィリスの表情は微妙にいびつな笑みになっていた。
「何も闘う事が決まっているわけじゃ無い」
「それは楽観的すぎるよ・・・」
顔を俯け、自分の意見を否定するヴィリスにアダルは溜息を吐いて言葉を返す。
「そうかもな。危険人物である事は変わりない訳だし。だが、まだ可能性くらいはあるだろ。あっちの目的は戦闘では無く、誘拐かも知れないけどな」
その言い分に曖昧な表情をする。
「それって、結局闘うって事じゃ無いの?」
「闘わないさ。気絶させるだけだ」
「っ!」
彼の言葉にヴィリスは笑い声を漏らす。
「俺は当然の事を言っただけだと思うが。笑うことは無いだろ」
不満そうに言葉を漏らすアダルにヴィリスは笑いながら口を開く。
「だ、だって。それは結局闘うって事でしょ? それを否定して、同じ事を言ったんだもん。笑わない方が可笑しいよ」
言葉を言い終わると、ヴィリスは再び笑い出す。それを見て、アダルはやれやれといった風に肩をすくめる。
「分かってないな。ただ一方的に敵を倒すのは戦闘とは言わないんだよ」
「じゃあ、なんていうの?」
ヴィリスの疑問にアダルは返答を返す。
「ただ気絶させるだけだったら制圧って言うんだよ。良く聞くだろ? それは。だが、それで命を奪うとなるとそれは・・・」
そこで一度言葉を句切って、緑の葉に覆われた空を見上げる。
「虐殺と呼ばれる」
「・・・・・・」
その言葉にヴィリスは息を飲んで黙り混む。
「まあ、虐殺の定理なんて沢山有るしな。相手側が最初に仕掛けてきた場合、それは正当防衛って事にもなる」
彼の言葉を聞きつつも、彼女は口を開かない。アダルは内心でやってしまったと思った。自分は彼女のトラウマを思い出してしまったと。だから補足として先程の事を口にしたのだ。しかしそれを言っても彼女の反応は変らない。アダルは話しを変えようと口を開く。
「まあ、俺たちをつけている奴等の場合は制圧出来ないかもだが・・」
「えっ?」
突然弱気なことを口にしたアダルに、ヴィリスは驚く。それは先ほどまで罪悪感に縛られていた事を忘れるくらいに。
「それって、どういう・・」
事と言おうとした瞬間、アダルはヴィリスを自分の腕の中に引き込む。
「えっ?」
自分の状況が分かっていないヴィリスは呆けた様な声を出して、アダルの顔を見る。彼女は彼がどんな顔をしているのか気になったから咄嗟に彼の顔を見たのだ。
「今は喋るな」
彼女が見た表情。それはいつも見ている柔らかい物では無く、どこまでも勇ましく鋭く冷たい物だった。その視線は後方の追跡者に鋭く見つめ、口には一切の笑みを浮べることの無い表情。初めて彼のその表情を見たヴィリスは体の震えを感じとる。それを見て悟った。いよいよ追跡者達が仕掛けてくるのだと。そしてこれが彼の戦闘時の表情なのだと。
「来た!」
その言葉で現実に戻ったヴィリスは周りに注意を払う。しかしそれをやる前にアダルは自分の眩いくらいの光の宿った光を広げてその場を飛んだ。その早さはたった一回の羽ばたきで空を覆う緑の葉群に衝突しそうなほど早かった。しかしヴィリスはその光景を見ずに今自分たちのいた場所に目をやった。その目に捕らえたのは赤い槍が自分たちのいた場所に高速で飛来して、生い茂った芝生ごと地面を穿った光景だった。当然のごとく土煙が発生してその場をよく見ることは出来なくなった。ヴィリスは再び、アダルの表情に目をやると、彼の目線は眼下の光景では無く、槍を放った襲撃者の方向を向けられていた。
「凄い威力・・・」
ヴィリスは目線を眼下に戻して穿たれた地面を見る。彼女の声に反応してアダルは襲撃者に警戒しながら眼下に目をやる。
「そうだな。それ程の力を持つ奴等って事だ」
言葉にしながらその光景を目にするアダルは地面を穿った赤い槍を見た。三叉の鋭い矛に二匹の蛇の飾りが宛がわれた長槍。次の瞬間、アダルは驚きの光景を目に為る。なんと地面に突き刺さった槍が独りでに抜かれて、主の元に飛んでいったのだ。
「変な武器を持っている。それでいて、槍を投げるだけで地面を穿つほどの腕力の持ち主。お前の知り合いでそんな奴は存在するか?」
「するわけ無いよ! そんな人!」
そうだよなと呟きながら粒さを羽ばたかせて、どんどん高度を下げていく。
「降りるの?」
不安げに聞く彼女にアダルは頷く。
「空中は狙われやすいからな」
そう言って、彼は翼を消して急降下する。それにヴィリスは一瞬目を見開いたが、彼女自身、こういうのには慣れているため、直ぐに平常心を取り戻す。それ程高度が無かった為、二秒もしないうちに二人は着地する。
「何をしでかすか分からない奴等のようだ。油断は」
「そんなのはしないよ。これでも少しは強いんだから・・・」
槍を放った襲撃者が木陰から出てくる気配を感じ取り、アダルはヴィリスに警戒するように言おうとする。しかし言葉を遮られた。彼女も先ほどの攻撃で分かった様子だった。そんな彼女の表情をアダルは横目で見る。険しいまでも行かないが、明らかに警戒をしているのは分かった。それを見てアダルは何も心配することは無いと思い、彼女から目を離す。
「ぐわっははははは! よく避けたな。今のは完全に当ったと思ったんだが!」
愉快そうな男の笑い声が突如その場に響く。周りに木々があるためいつも以上に響いて聞える。その声がアダル等に届く頃、木陰から三人のフードを被った人物が出てくる。
「まあ、避けられてしまった物は仕方ない」
真ん中の人影が少し残念そうに言葉を吐く。その言葉は今さっき笑った声と同じ者だ。よく見てみるとか彼の手には先ほど自分たちに襲いかかった赤い槍が持たれていた。それを目にして、二人は一層警戒を強める。
「ああ、くそ。これ邪魔だな」
そう言いながら真ん中の人物がフードを取る。
「えっ!」
まさか襲撃者がフードを取るとは思わなかったヴィリスは間抜けな反応をする。しかし本当に驚くべき事はフードを取った後だった。その下にあった男の顔は明らかに人間の物では無く、本来なら地上にいるべき種族じゃ無い物だった。
「なんで。海人種が・・・」
あまりに驚きすぎて、彼女はただ呟くことしか出来なかった。
 




