六話 村、襲撃
目を覚ますと目の前には木の天井が広がっていた。若干の混乱を抑えながらアダルは起き上がる。
「! この感覚は・・・・」
起き上がると同時に寝床の柔らかさに懐かしさを覚え、それに手元に目を向け口角を上げる。
「ベットも二百年ぶりか。久しぶりのいい目覚めだ。前世でも今世でもこの至高の感覚には抗えないのか」
口にしながらアダルは微笑みを浮かべながら再びベットの中に潜り込んだ。
「別に急ぐたびでもないんだ。二度寝くらい許されるだろう」
徐々に微睡みに意識が支配されていく。そんな感覚を楽しみながら昨日食事を取った後の事を思い出していた。アダルとユギルはその後、宿屋を探してこの村で一夜を過ごした。部屋はアダルが久しぶりに一人で睡眠を取りたいという理由で別々の個室を取った。もちろんアルダの奢りで。王子に払わせる訳が無いし、彼の自尊心が年下に金を払わせるということが許せなかったのだ。
「ってこんなことはどうでも良い。さっさと寝よう」
目的を思い出し、彼は真備多を閉じた。徐々に微睡みが襲いかかる気持ちの良い感覚。それにアダルは抗うこと無く従う。
「おはようございます! ってあれ? まだ寝てる」
もうすぐ夢の中に落ちるという瞬間。扉を開けたユギルの声によって意識は戻された。
「起きてるよ!」
ゆっくりと体を起き上がらせ、不満げな目線を送りながら不機嫌な声でユギルに話しかける。
「あ、起きていたんですね。それは良かった。これからの予定を確認して起きたかったんで助かります」
しかし彼にそれは効かず、話を進められた。
「で、予定ってなんだ? それほど切羽詰まった状況じゃないだろ? それこそ今日中にこの村を出て行く程度しかないと思うがな」
「それがですね・・・・。ちょっと私的には少しまず状況でして・・・・」
ため息を吐き、未だ不満げにユギルを眺めるアダル。しかし彼はどうやらそれどころでは無く、目が泳いでいた。それに気付いたアダルは怪訝な表情を浮かべる。
「何かお前の不都合なことでも起こったのか?」
その言葉に彼は明らかな動揺を見せた。目はさらに泳ぎ、顔を背ける。その顔にも異常なまでの汗をかいていた。
「そそそ、そんなことは。なななな。ないですよ」
「そんな分かりやすい動揺。今時十代向けの小説でも見ないぞ。本当に何があった?」
呆れながらも心配する素振りを見せる。それをみてユギルは少したっめらいを見せたがそのことについて口を開く。
『「盗賊だ!!!!!!』
事は無かった。なぜなら外から怯えた叫び声が木魂してきたからである。瞬時にアダルは目つきを鋭くさせ、窓から外を覗く。二階に個室を取った為、村を眺める事が出来る。すると昨日盗賊を率いていた男が姿を現し、腰にある剣を抜き、天に掲げた。
『野郎共! 昨日の金髪を探せ! 必ずこの村にいるはずだ。あいつを見つけ出して昨日の礼をしてやる。探せ! 何が何でも探し出せ! どんな手段を使っても良い! 例えば・・・・こんな風にな!』
男はそう言うと近くで腰を抜かしている村の男の首に剣をそっと添えた。
『なあ! 昨日金髪の男を見なかったか?』
『し、知らない! 俺は知らないぞ!』
盗賊がその男を問いただした。男は怯えた様に返答する。それを耳にした盗賊は卑しい笑みを浮かべた。
『そうか。ならお前に用はない』
盗賊は男の首を刎ねた。瞬間、その男の家族らしき者達の悲鳴がその場に響いた。
「くっ!」
瞬時に窓を突き破り、その場に向う準備を始める。しかしそれはユギルに体を押さえられる事で阻止されてしまった。
「止めるな!」
思わず怒声を放つ。ユギル彼の顔を見て一瞬、怯えた表情を見せる。しかしすぐにそれを切り替え、真剣な顔つきにする。
「待ってください。もうすぐなんです」
「何がもうすぐなんだ?」
何を言っているのか分からず、思わず狼狽えるアルダ。そんな彼にユギルは変わらず、真摯な目で見つめる。
「誰が来るんだ?」
話を聞く気になったアダルはため息を吐き、言葉を発した。その言葉を聞き、ユギルは少し嬉しそうに彼から離れた。
「そんな顔を今はするなよ。非常事態は変わらないんだぞ」
外を親指で指しながら注意する。
「申し訳ありません。ですが貴方様にこれ以上負担をかけたくは無いのです。ですからこういうのはプロにまかせるべきです」
「人が死んでるのにか?」
「それでもです。それに貴方様があの盗賊達に対応したら、それこそ血の海になってしまいます」
その言葉を聞き、塾小逸して、それもそうだということに気付いた。
「それで、プロって言うのはどういう連中だ?」
「それはですね」
『おい、なんか馬の足音が聞こえないか』
外の誰かがそんなことを口にした。
「どうやら。来たようですね」
安心した表情を見せ、彼はベットに座り込んだ」
「誰が来たんだ?」
「分かりませんか? 盗賊を退治するはいつの時代も正義の味方と決まっているんですよ?」
馬の隕鉄音が徐々に大きくなる。それこそ室内からでも聞こえる程に。
「おまえがプロって言ったのは」
アダルは窓から外を眺める。そこには盗賊では無い、新たな人影の姿が確認出来た。
「はい、彼ら王立騎士団です」
馬にまたがり、甲冑を身に纏い、白のマントを靡かせる。その姿はまるで彼らが正義の代行者という事を表していた。
「いくぞ。お前の迎えなんだろ?」
彼らを一瞥して、アダルは扉の方に歩いて行く。
「はい。わかりました」
外に出ると、もう大部分の盗賊は騎士団によって捕まっていた。
「早いな。さすがと言うべきか?」
感心したように頷く。その様子を見たユギルは誇るように胸を張った。
「そうでしょう!。我が国の騎士団は大陸切手の手際の良さで有名なんです」
「まあ、いいさ」
アダルは不意にその場を歩いた。向ったのは先程死んだ男の死体の所。未だ死体はその場にあり、その周りには家族と思わしき者達が膝をついて号泣していた。そのうちの一人が近づいたアダルに気付いた。
「! お前。金髪の男」
その言葉に他の家族が気付く。そのうちの一人。十歳前後の少女が徐ろにアダルに近づいてくる。
「あんたのせいで。あんたのせいで! 父さんが死んじゃったじゃない!」
彼女は言いながらアダルの腹部を叩き出す。それを周りの人達はただ悔しそうに見つめる。
「あんたなんかが。あんたなんかがこの村に来なければ。父さんは死ななかったのに!」
その言葉が彼に重くのし掛かる。現実は厳しく、虚しい。自分はこの人を助ける事も出来なかったのだ。その事実に彼は顔を引きつけさせる。
「あんたなんかが。あんたなんか死んでしまえ! 死んで父さんに謝れ! 死ね! 死ね! 死ね。し、ね。し・・・」
彼女は叩きながらアダルに罵倒を浴びせる。それでも声が小さくなっていき、段々と叩く力が弱くなっていく。少女は叩くのを止め、膝をついてさめざめと泣いていた。するとアダルの近くに先程涙を流していた一人の女性が近づいてきた。
「すいません。貴方のせいでは無いとは思っているんです。しかし。この子はあの人にべったりだった物で・・・」
そういうと女性は少女の元に寄り添い始めた。それをアダルはただ見つめるしか無かった。
「くそ、離しやがれ! 俺に触るんじゃねえ!」
すると違う方向から汚い声が聞こえる。ゆっくりと振り返るとそこには先程男を殺した盗賊が騎士二人に連行されていた。それを見るしかない状況が彼にとってとても歯がゆかった。そのまま盗賊を見続けると彼の方がこちらに気付き、叫び始めた。
「てめぇ! 許さねぇぞ! 絶対に殺しに行くからな! 首を洗って待っとけよ!」
その言葉が耳に届くとアダルの中で何かが切れる感覚があり、思わず行動を起こしていた。右手を銃の形にして指先を盗賊に向ける。指先は瞬時に光を放つ。その光は真っ直ぐの軌道の末、盗賊の頭を打ち抜く。
「死んでも殺しに来れるんだったら来てみろよ。クズが」
いままでの彼では考えられないほど汚い言葉を放った。次にアダルは彼らを拘束していた騎士達ににらみを効かせた。
「人を殺しているんだ。其奴は極刑の死罪だろ? だったら今殺したって良かったよな!」
人を殺しそうな程の鋭い目線を送り、彼らは怯えていた。思わず首を縦にに振るほどに。それを確認すると、彼らを一瞥して少女に近づいていった。彼女の前で立ち止まると彼は膝を曲げ、彼女と同じ目線に立った。彼女が向ける侮蔑の目は耐えがたい物ではあったが、それでも彼は向き合い、そして彼女を抱きしめた。
「ごめんな。俺が居たばかりにこんな事態になってしまって。ごめんな。お父さんを救えなくて。ごめん」
その言葉を聞き、彼女は声を荒げて泣き出した。その泣き声はその場に響き、思わずアダルも涙を流しそうになるほどに。しかし涙は流さない。自分にそんな資格はないから。自分が出来るのはただ謝るだけ。たとえ許されなくても。それでも謝るしかないのだ。それこそが彼女らにできる唯一の贖罪なのだから。