十四話 談笑
その後二人は腹ごなしに王都をふらふらと、目の前に拡がる景色を楽しみながら歩いていた。
「あそこは本屋だよ」
数メートル先に掲げられている看板を指しながら読書家であるアダルに笑顔でそういうヴィリス。それを聞いた途端に、彼の表情は変る。それを見た彼女はやってしまったと言う表情をする。
「よし、行くか!」
行動は早かった。彼は早足でそこに向おうとする。しかしヴィリスの行動の方がもっと早かった。
「今本買ったら、余計な荷物が増えるから駄目だってば!」
そう言って彼の腕を掴んで動きを止めた。
「そうだな。これ以上重くするのは後で良いか・・・」
彼は両手に持つ服の入った紙袋に目を降ろす。
「そうだよ。ここは帰りにしよ?それよりさ、今は他の所を案内したいし」
口にしながら手を引いて、その場から離れるヴィリス。
「明鳥くんは本当に本のことになると熱いよね」
足を進めながら少し呆れた様な口調になるヴィリスにアダルは反論を返す。
「別にそこまでじゃない。俺はお前等と違って仕事をしていないからな。本は暇つぶしに読んでいるだけだ」
「説得力が無いよ!」
彼女は自分にだけに聞える声で呟いた。
「まあ、自覚はあるが」
その声はアダルにも聞えていたらしく、返答されてしまう。
「さっきのは冗談だ。そんな真剣に考え込むなよ」
「だったら真面目なトーンで言わないでよ」
疲れた様に肩を落とす。ヴィリスは彼の腕から手を離し、それを額に添えた。
「そういうわかりづらい冗談は明鳥君の数少ない欠点だよ?」
「俺の欠点なんて星の数ほどあると思うんだが・・」
少し小さい声でジジャクを口にする。アダル。その声はもちろんヴィリスにも届いていて、彼女は足を止めて振り返る。
「っ!」
そんな彼女に気付かずそのまま足を進めようとしたアダルは住んでの所で彼女の行動に気付き、足を止める。
「そうやって自己評価が低いところも悪い所だよ?」
アダルの顔に更けて、少しむくれた表情を見せる。
「君に感謝している人は沢山いるんだからさ」
そう言うと彼女は周りに目を向け始める。
「例えば、ここで生活している人達。この人達はこの王国に巨大な猪王が現れたことを知っている。何も無ければただ蹂躙されていたかも知れない命。それを明鳥くん。君が助けたんだよ? そのことをここに住んでいる人達は知っているの。みんな感謝しているんだよ。守ってくれてありがとうって」
優しい笑みを浮べながら双と委駆けるヴィリスにアダルは何も言い返せなかった。それを見たヴィリスはあ樽が分かってくれたと思い再び方向を変え歩き始める。しかし彼女は思い違いをしていた。アダルの中にあるのは感謝を受け入れる事は出来ないのだ。
「俺にそんな資格はないって」
「何か言った?」
自虐するように笑いながら呟く。少し距離が離れていたためその声を聞き取ることが出来なかったヴィリスは振り返りざまに聞き返した。
「何も」
首を振りながら足を進めだしたアダル。
「そっか。勘違いだったんだ」
自分の思い違いに気付いて、恥ずかしそうに笑う。
「誰にでもある事だ」
「そうだよね!」
アダルの肯定のことばに立ち直ったヴィリスは横に並んだ彼を見ながら、足を進める。
「何だよ」
しばらくの間。その体勢のまま歩き続けるヴィリスに、差しが二ずっと見られて小っ恥ずかしいくなったアダルは声を上げる。それに反応するように、ヴィリスは少し嬉しそうな声で返答する。
「いや、ね。今思い出したんだけどさ。私達二人でこうやって出かけるのって初めてだなって。前世も含めて」
「そ、そうなのか?」
少し首を傾げ、前世の事を思い出してみるアダルにヴィリスは言った。
「初めてだよ。今まで学校の行事で同じ班になることはあったけど。その時だって二人きりじゃなかったし。学校以外じゃ、遊ぶことはあっても、それでも数人集まってだから」
「そうだっけ?」
「そうなの!」
その返事にむくれた顔をアダルに見せる。
「とりあえず、前向いて歩け。危ないから」
アダルは少し焦った声で誤魔化すように注意を入れる。
「もう!」
そう言いつつも、彼女は彼のことばに従い、前を向いた。
「・・・・・・・・・。ねえ、覚えている? 前にも一度さ。こうやって歩いたよね」
彼女は顔を伏せ、前世を懐かしむ様に黄昏る。
「ああ、覚えているぞ。確か工場見学が終わってバスに戻るときだったか?」
「そっちは覚えているんだ!」
その言葉にアダルは鼻で笑う。
「何でだろうな・・・。そっちは覚えている」
不思議そうに首を傾げるアダルを見てヴィリスも「ふふっ」と含みのある笑い声をする。
「まあ、そうだよね。忘れられるわけ無いもんね」
「・・・・・。分かっていたなら聞くな」
疲れた様に肩を降ろす。彼女横目でそれを見て、口角を上げる。
「あの時の返答を求めているのか?」
「そう思うの?」
「完全に促しているだろ」
言葉を言い終わると、アダルは急に真剣な顔つきをする。
「まだ保留で頼む」
「あれから二百年経ったのに?」
からかうようにいう彼女はアダルに呆れた顔を見せる。
「ヘタレだね!」
「俺がヘタレじゃなかったら、その場で返答を返しているよ」
苦し紛れの抵抗の言葉を投げつけると。アダルの言葉に彼女は「なるほど」と口にしながら納得した表情をする。
「そうだね・・・・・」
その言葉からしばらくの間、二人は一切の会話をする事は無かった。ただ、無言のまま足を進めている。
「気付いているか?」
今までの軽快な声とは裏腹に重い声がアダルから発せられている。自然と表情もそれに釣られている。彼の問いかけにヴィリスはパッと見て分からないように小さく頷く。
「つけられているよね。明らかに」
「そうだな」
彼女の言葉にアダルも小さく頷く。
「広場からずっと感じていたが、どうやら偶然じゃ無いらしい。俺に向けて殺気を飛ばしたからな」
彼の額から一筋の汗が流れる。そのことで彼の言っていることの真実みが増した。
「私も感じていたよ。だからこうやって何気ない会話をくり返していたんだから」
彼女の手が少し震えているのをみたアダルは、きっと自分に向けられた殺気に彼女も当てられたのだと悟る。
「この後行く場所だが。人気の少ないところで頼む」
彼女にだけ聞える声で頼むと、ヴィリスは頷く。
「分かっていよ。そのために今向っているんだから」
その返答にアダルはきょとんとする。
「準備良いな」
「当然だよ。何せ本当なら夕方になってから行くつもりだったのを繰り上げて行くんだから」
少し残念そうに語る彼女は言葉をつづける。
「だけど、そんな贅沢言ってられないよね。私達をつけてくるって事は、それなりに危険人物かも知れないし。と言うか、殺気を飛ばせるところで危険人物は確定しているけどね。そんな人に町中で暴れられたら被害を受けちゃうし」
彼女は言葉を紡ぎながら、アダルに怪訝な目を向ける。
「ところで明鳥くん。心あたりは?」
つけられるには必ず理由がある。彼女はその理由がアダルにあると分とそれを言った。それに対しアダルは鼻で笑った。
「ありすぎてわかんないな。俺が離宮にいることを気にくわない王家の忠誠心の強い使用人や軍人。それか、今回猪王を仕掛けてきた悪魔種の誰か。案外お前のファンクラブか何かの会員って線もあるかもな。今、俺お前と買い物しているし」
その言葉にヴィリスは笑みを浮べつつ、首を振る。
「多分それは無いよ。そもそもファンクラブなんて無いし。もしあったとしてもさ私にも殺気を飛ばすはずが無いし」
彼女の決して自分の信奉者ではない事を確信しているような口ぶりで言い返す。それにはアダルも頷いた。
「そうだな。・・・・・・・まあ、誰に城だ。兎に角なるべく早くその場所に案内してくれ」
彼のことばに頷き、ヴィリスは先行するように足早になる。それについていくため、自然とアダルも足早になる。
「面倒な事にならなければ良いんだが・・・」
この何気なく言った呟きはこの後虚しく砕かれることになる。




